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暁の歌、響け世界に2 《空の巻》  作者: John B. Rabitan
第1部 世界スメル協会
8/66

8 おツル婆様

 バスの路線の道はすぐに森の間をくねりながら走るようになった。特に道の右側はただの森というよりもものすごく木々が密集した密林で、もはやジャングルといってもいいくらいだった。そんな密林が延々と続く、どれくらい奥が深いかは道を走る車からはわからなかった。


「これから会う人があなたの……なんですか……シショ?」


「はい。師匠です。先生って感じですかね。さっきも言ったように坊主である父から僕も坊主になって寺を継げと言われいつもけんかしていました。僕は坊主になんかなりたくないって。でも父は無理矢理にさっきあなたを車に乗せたあの寺に僕を預けたのです。本当ならば僕は家出してでも絶対に抵抗するつもりでしたけれど、その寺というのがなんとここ、僕のお師匠さんの婆様の住む村のすぐそばだと聞いてあの寺に来ることを承諾したのです」


 込み入った話になると、エーデル姫にはまだ言葉がよく理解できない。ただ、あることが引っ掛かって首をかしげていた。


「あのう、この国の仏教の僧侶は結婚しますか?」


「はい。普通に結婚して家庭を持ちますけれど、何か?」


 エーデル姫は軽く首を左右に振った。この国以外の仏教の僧侶は生涯独身だという知識は、エーデル姫も持っていた。だから不思議だった。

 そんな話をしながら密林沿いに走ること五分、つまり例の展望台からは十分くらい走ったあたりで車はスピードを落として右折し、密林の中に入っていく狭い道へと入っていった。

 今度は両方がジャングルで、しかも道が狭いので木々は容赦なく間近に迫っている。

 だがすぐにぱっと前方が開け、村落に出た。

 周りを密林に囲まれた狭いエリアに、何軒もの家が小ぢんまりとひしめき合っている。ほとんど人を見ない静かな集落だった。

 やがて一軒の家に、マツバラという青年は車を入れた。

 車の音を聞いて出てきたのは、中年の女性だ。ただ、婆様と呼ぶには若すぎる気がする。


「あれ、サトルちゃん、しばらくだべ」


「婆様は?」


「おるよ」


 マツバラに続いて車から降りたエーデルを見て、その女性は驚いた。


「あらまあ、外国の方? どうしよう、私ゃ英語しゃべれにゃあ」


「だいじょうぶですよ、言葉はペラペラです」


「いえ、まだ勉強途中です」


 エーデルは少しはにかんで言った。


「あれまあ、本当だ。上手だこと」


「この方は」


 マツバラはエーデル姫に、興奮して騒ぐ女性を紹介した。


「婆様の息子の奥さんだ」


 エーデル姫は頭を下げた。


「エーデルです。よろしくお願いします」


「婆様の話をしたら、会いたいって」


「だったら早くあがって」


 奥さんに案内されてエーデル姫は、マツバラとともに家の中に入った。この国のしきたり通りに入り口で靴を脱ぐ。

 案内された奥の部屋の前で、マツバラは中へ声をかけた。


「婆様、お客様です」


「ああ、どうぞ」


 中から甲高い声が聞こえた。

 マツバラが扉を開けると、部屋の中央の車椅子に座っていた老婆がよろよろと立ち上がった。

 その時、エーデル姫は思わず自分の目を覆った。

 オーラが厚いなどという騒ぎではなかった。部屋の中央にものすごい光の塊があって、その光圧がもろに全身にぶつかってきたのだ。

 だがエーデル姫は慌てることなく霊的意識のボルテージを下げていくと、光の中から一人の温和そうなにこやかに笑んでいる老婆の姿が浮かび上がってきた。

 その神々《こうごう》しさにエーデル姫は思わずひざまずき、老婆の右手を自分の両手で包んで口づけをした。


「エーデルさん。ようこそおいでくださいました」


 本当ならばここはびっくりして言葉も失うところだろう。まだ名乗ってもいないのに自分の名前を知っている。来訪も知っていた。マツバラという青年があらかじめ携帯電話で連絡をしていたというそぶりもなかった。

 そしてエーデル姫はゆっくりと言った。


「おツル様、今日私とあなたがここで手を取り合ったということは、人類史上大変意義深いことでしょう」


「その通りです。ですからお待ちしていたのですよ」


 婆様もにっこり笑って、そしてゆっくりと元の車椅子に座った。エーデル姫も立ち上がった。

 そんな意外な成り行きに、エーデル姫をここに連れてきた張本人であるはずのマツバラは呆気に取られて、ただぽかんと口を開けて突っ立っているだけだった。

 エーデル姫は部屋の中にあったソファーを勧められ、マツバラとともに座った。それと向かい合うように婆様は車椅子を動かし、向かい合っていた。

 そして先にエーデル姫の方から、この邂逅が人類の未来にいかに大きな意味があるかということを、滔々と話していた。


「私たちイスラエルの民とこの国の方々とは、長い歴史の中でこれまで融合することはありませんでした。イェフディムの民とは、今のイッスラエール共和国の国民という意味でも、イェフディー人という意味でもありません、ましてや自らを正統と称するヤハドゥートゥでもありません」


「ほう。つまりは、アブラハム、イサク、ヤコブの霊統を継いでいる人たちという意味ですね」


 エーデル姫が言おうとしていたことを婆様が先に言ってしまったので、エーデル姫は一瞬言葉を失っていた。


「そ、その通りです……。これまで別々に発展してきた相反する二つの力を十字に組むときに……」


「この世にエデンがよみがえるのです。追放されたエデンの園に還るのではなく、この地上がそのままエデンの園になるのですよ」


「その通りですわ」


 エーデル姫の目に涙さえ浮かんできた。

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