7 仏教寺院で出会った青年
落ち着いたたたずまいで、人もいなくて静かだった。
寺院の本堂と思われる建物は、普通の民家と変わらない大きさだ。屋根は三角に近い瓦の屋根で、正面の木の扉は閉まっていた。扉にはシンボルマークのようなものが二つ付いていた。その向かって右に、近代になってから新たに作られたと思われるような玄関があり、さらには現代住宅とつながっている。そこが僧侶の住居かもしれない。
なにしろ今まで、仏教というものに接したことは一度もないエーデル姫だった。だから、その寺院がどうなっているのかは興味があった。
しばらく本堂の前の狭い空き地をうろうろしていると、住居の扉が開いて中年の男が出てきた。一見作業着のように見える茶色い服装だが、上半身はこの国の伝統服のようだ。下は同じ色のズボンで、頭髪の短さからこの寺の僧侶のようであった。
エーデル姫と目が合うと、僧侶は少し頭を下げた。
「ようこそおいでくださいました。仏様にお参りしていってください」
エーデル姫も頭を下げた。
「こちらは仏教の寺院ですね。中は見られますか?」
「いやあ、それがですね」
僧侶は苦笑のような笑顔を見せた。
「うちは禅寺ですから、見せるようなものはないのですよ。仏様も厨子の中ですし、そこの木の扉の外からお参りしてもらってます」
僧侶の言葉のところどころが分からないけれど、それが仏教特有の言葉らしい。禅といえばずっと長いこと座って瞑想し、修行をするくらいの知識はあったし、この国の禅はヨーロッパでも割と有名なのだ。
エーデル姫が少し落胆したような顔をしていると、僧侶はまたお辞儀をして行ってしまおうとしたので、慌ててエーデル姫は呼び止めた。
「あの」
「はい?」
「この場所」
エーデル姫は財布から、紙幣を出した。そして霊峰がデザインされている面を僧侶に見せた。
「ここは遠いですか?」
「ああ」
納得したように僧侶はうなずいた。
「歩いたら結構あります。弟子に送らせましょう」
そう言って僧侶は、誰かの名を呼んでいた。
「はい」
呼ばれて出てきたのは、でっぷりと太った若い僧だった。年配の僧侶と同じような形の服を着ているが服の色は黒い。その若さからまだ修行中の人のようだ。
「この方を展望台まで車でお連れして差し上げて」
「はい」
若い僧はエーデル姫を見た、その瞬間、その青年僧の目が大きく見開かれた。動きを止め、驚いているような表情をしている。
だが、その驚きはエーデル姫も同じだった。
二人はしばらく無言で、目だけでなく口までぽかんと開けて互いを見ていた。
「どうした?」
「あ、いえ、なんでもないです」
僧侶を振り返って若い僧は慌てて言うと、エーデル姫を見てやっと少し愛想笑いを浮かべた。
「ご案内します。参りましょう」
そう言って寺院の庭に止めてあった車へと、エーデル姫を案内した。
「実はまだ運転免許を取ってから四ヶ月くらいしかたっていませんから、しっかりとどっかにつかまっててください。それからシートベルトも」
車は発進した。
たしかに車だと五分くらいしかかからないところに、展望台があった。そこまでは曲がりくねった湖畔の道路で、湖が車の中からもよく見えた。やはりかなり小さい湖だ。
湖は小高い山に囲まれている。
「本当だったらあの向こうにお山が見えるのですけれど、やはり今日は見えませんね」
青年は残念そうに言う。
「やはり冬でないと無理ですよ。今はこの国は雨が多い時期なんです」
「雨季……ですか?」
「そういう言い方もできますね。ですから、今はお山が見える日も少ない」
青年は苦笑した。
「そう? それは残念です」
エーデル姫はもう一度、財布から紙幣を出して、霊峰のデザインと実際の風景を見比べた。その絵からすると、もし晴れていたら霊峰は景色の中でかなり大きい存在として見えるはずだ。
「本当はそのお札の絵は、この裏手の山を登ったところからなんですけれど、行ってみますか?」
「どれくらいかかりますか?」
「車では行かれないので、車はここに置いて歩いて登ることになりますけれど、一時間もかからないかなあ」
エーデル姫は、笑って首を横に振った。
そして、また青年僧をじっと見た。相手もエーデルを見ている。
「「あの…」」
二人が声を発したのは同時だった。
「あ、どうぞ」
青年が先にエーデルに言葉を譲ってくれた。
「あのう、あなたは、とても輝いています。体の周りが」
「え?」
青年は驚いていた。
「見えるのですか?」
「はい」
「いやあ、僕もです」
今度はエーデル姫が首をかしげる番だ。
「あなたのオーラはとても明るい色で、それも厚い」
「あなたも同じ」
「そうですか。だからさっき初めて会った時に、びっくりした顔をされていたんですね、僕も驚いていたんですけど」
「普通の人のオーラは二~三センチくらい。でもあなたは三十センチくらいはあります」
「あなたもじゃないですか」
二人は笑った。互いに運命的なものを感じていた。エーデル姫はこの人こそ、探していた人かもしれないと思った。
まだ断定は早いけれど、ある程度は自分がこの国に来た目的などを話してもだいじょうぶな人なのではないかとひらめいた。
「私はこの国に、人を探しに来ました」
「え? そうなんですか? 何か手掛かりはあるんですか?」
「いいえ。なにもありません。どこにいるのか、どのくらいの数いるのか、今は何をしている人たちなのか」
「一人の人じゃないんですか?」
「はい。私の民族とこの国の民族、長い歴史を超えてその二つの文明を一つに合わせる時なのです。そうしないと、世界が大変なことになってしまう」
青年は急に神妙な顔になった。エーデル姫もいつしか真剣だ。
「あなたのオーラが厚いのは、仏教の修行のお蔭ですか?」
「いいえ。仏教とは関係ありません! 僕はあのお寺で修行をさせられていますけれど、あれは父が無理やり知り合いの坊さんに僕を預けたのです。でも僕は仏教の僧侶などになる気はない」
これはエーデル姫にとっては意外だった。だがたしかに、あの寺院で最初に会った年配の僧侶のオーラは普通だった。すると青年の方から、目を輝かせた。
「あなたが探しているのが僕かどうかはわかりませんけれど、でもあなたのお話を聞いてあなたに会っていただきたい方がいます。私の本当の師匠です」
「どこにいますか?」
「車ならすぐのところですよ。その婆様は高次元の生命体とコンタクトしている方です。その方もさっきのあなたと同じようなことを言っていました」
「仏教の人?」
「いいえ、宗教とは関係ありません。おツルさんというその婆様は宗教とは関係なく宇宙の意思と交流し、メッセージを受けている方です」
「ぜひ、お願いします」
エーデル姫は即答だった。もうひらめきどころかはっきりした声で、そのおツルさんという人に会うべきだと胸に響いてきた。
二人はまた車に乗り込んだ。
「ところで、私はエーデルといいます。あなたは?」
運転する青年にエーデル姫は聞いた。
「僕ですか? マツバラです」
車は二人が出会った寺院を通り越して、先ほど乗ってきたがバスが走ってきた道にぶつかると左に折れ、バスが走り去った方角へと向かった。