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暁の歌、響け世界に2 《空の巻》  作者: John B. Rabitan
第1部 世界スメル協会
6/66

6 霊峰の麓

 鉄道の終着駅付近の案内書で紹介された四つ星ホテルに、エーデル姫は宿泊した。割と大きな観光ホテルで、駅から歩いて八分ほどだった。

 翌日の早朝にはもう、さっそく例のこの国の最高峰の霊峰に向かって出発だ。

 プライベートラインの特急列車で高速鉄道に乗り換えのできる終点まで戻り、高速鉄道の首都の方へ向かうホームに彼女は立った。

 来るときはいちばん早いパターンの列車に乗ったが、今度は高速鉄道の中の駅のすべてに停まる列車を選んだ。それでも一応特急列車だった。あの霊峰が一番近くに見えたあたりで駅を一つ通過したが、その駅で降りたかったからだ。

 たしかに高速鉄道だけあってさすがに速度は速いが、なにしろちょこちょこ停まるのでもどかしかった。そこでさらに上位の特急の通過追い抜きのために五分以上停まったりしているから余計に歯がゆい。

 結局その駅までは、昨日来た時に首都からかかった時間と同じだけの時間がかかった。

 降りた時はもう昼近かった。だがこの日は曇っていて、昨日はあれほど間近に堂々と見えた山も今日は雲に隠れて全く見えなかった。

 駅の案内所で、山に近づく交通機関について尋ねた。案内に出た年配の女性はあまり英語が上手ではないようで、エーデル姫はこの国の言葉に切り替えた。


「お山に登るのですか?」


 少し不審そうな様子だ。


「いいえ。近くまで行けたらいいのです」


 やっと納得したように、女性はうなずく。


「それならばだいじょうぶです。実は山開きは今から十日後でして、今行っても登れないのですよ」


「ヤマビラキ?」


「登ってもいい期間が始まるのが十日後なんです」


 つまり七月にならないと、登山はできないということらしい、もっとも登るつもりも装備もないエーデル姫にとっては、それはどうでもよかった。ただ、近くに行ければいいのだ。


「ここから一番近い登山口まで行くバスがあるのですけれど、残念ながら山開きまでは運休、お休みです」


 エーデル姫の顔が少し曇った。


「では、バスはないのですか?」


「ほかのバスでお山の北の方へ行けば、反対側の登山口に行くバスは一年中あります。登れませんけど」


「登れないでもだいじょうぶです」


 そして彼女は、顔を輝かせた。

 女性は霊峰の北側へ行くバスを案内してくれた。もうすぐの発車で、本数が少ないからそれを逃したら何時間も待つようだ。

 エーデル姫は笑顔で礼を言ってから、慌ててそのバスに乗り込んだ。このバスの終点でバスを乗り換えるのだそうだ。

 バスの中でエーデル姫は、財布からこの国の通貨の紙幣を一枚取り出してみた。この国に来てからずっと支払いはカードで済ませていたけれど、やはり現金がないと困るので空港に着いたときに若干の米ドルをこの国の通貨に両替しておいたのだ。

 その中の一枚の裏側に、あの霊峰がデザインされていたのを思い出した。

 湖か何かのような水面に姿を映す冠雪のある霊峰の絵だが、反映がどうも違うのが気になっていた。

 隣の席に座ってきた観光客らしい年老いた紳士が、エーデル姫がのぞき込んでいる紙幣を見た。


「ああ、その景色が描かれたところ、知ってますよ」


「え? 本当ですか?」


 話しかけてきた老紳士を、エーデル姫は見た。


「このバスが通りますよ。お山の北側にある五つの湖のいちばん西です。でも今日は曇っているから、見えないかもしれませんがね」


「ああ、でも行ってみたいです」


 それからその老紳士と、いろいろと話をしていた。前の席に座っているのが彼の妻と娘だそうだ。娘ももう結構な歳である。エーデルの国のことも少し聞かれたので、観光客のふりをして現在住んでいる国の話を差しさわりのない程度しておいた。


「いいですな、ピラミッドやスフィンクス、ぜひ行ってみたいものですけどもう年ですしな」


 老紳士はひとしきり笑った。

 そうして一時間半ほどバスに揺られたころ、老紳士は言った。


「次ですよ。どうしますか? 行ってみますか?」


 終点まではまだ間がありそうだけれど、エーデル姫はとりあえずバスを降りることにした。ここからなら終点までバスは結構本数はあるという。老紳士に礼を言ってバスから降りたところは、何の変哲もないただの集落だった。ただ湖を示す標識はあった。

 紙幣の図柄の場所までは歩いて一時間ほどかかるというので、タクシーを拾うといいと老紳士は言っていた。バスもあるかもしれないけれどよくわからないとのことだ。

 だが、車はかなり多く走っているけれど、タクシーは来そうもなかった。

 とりあえず標識通りに、湖の方へ向かって歩いてみる。

 バスが走って来た道からだと左に折れる形になるが、割と大きな道だ。

 自然の中に時々建物が点在しているが、右側にいくつかレストランも見えた。左手には湖も見えてきたころだ。湖といっても本当に小さなものだ、湖の向こうは低い緑の山に囲まれており、本当に山と緑が多い国だ。

 雄大な景色はあまりないけれど、自然が実に繊細なのである。

 エーデル姫はレストランの間に、小屋のような建物の店を見つけた。サンドイッチなどをテイクアウトできるような感じの小さな店で、看板には「コーヒー、ビール、フーヅ、ソフトドリンク」などとすべて英語で書かれており、「TAKE OUT OK!」とあった。

 エーデル姫はそこでサンドイッチとグレープジュースを頼んだ。三角に切ったサンドイッチ二つと使い捨てプラスチックコップに入ったジュースが若いお兄さんから渡された。


「お姉さん、どちらから?」


 陽気な笑顔で英語で聞かれる。エーデル姫も微笑みを返し、住んでいる国の名前を答えた。


「あれ? だいじょうぶかな? ポーク入ってるけど」


「だいじょうぶ。私、ムスリムじゃないから」


 実はイェフディムも豚肉は食べないのだが、エーデル姫たちスメル協会の人々はこだわらない。

 エーデル姫はサンドイッチとジュースを持って、向かいの駐車場の一角になんとか座るところを見つけて、湖を見ながら遅い昼食を取った。

 そして紙包みとコップをごみ箱に捨てると、再び彼女は歩きだした。

 するとまた右側に、木立に囲まれて風情のある建物を発見した。

 神殿ではないけれど、伝統的なその造りは何か宗教的な建物のようだ。

 どうも仏教の寺院らしい。それほど大きくはないけれど、好奇心から彼女は吸い込まれるようにその寺院に入っていった。

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