2 初めての正月
拓也の両親は、その息子の帰省に庭にまで出て出迎えていた。
「拓ちゃん、おかり。いいとこに帰ってきたべ。明日大掃除だ」
「まあ、どうせこき使われるのは覚悟して来たからね」
拓也は冗談交じりにそんなことを言う母親に笑っていた。そして中に入ると、玄関で待っていたエーデルと目が合った。
「あ、エーデルさん、お久しぶり」
「お久しぶりです」
エーデルはこの国の方式でお辞儀をした。
「まあ、拓也、今日はゆっくり休め」
父親に言われて、とりあえず荷物を持って拓也は自分の部屋へ着替えに行った。
着替えが終わるとすぐに二階に上がって先祖を祀っている部屋に行って仏壇にお参りし、その次に婆様の部屋に挨拶に行く。
それからすぐに夕食となった。
「今のお住まいからここまで、どれくらいかかるのですか?」
食事がてらにエーデルは聞いてみた。
「普通だったら車で二時間もあれば着くんだけど、今は年末の帰省ラッシュで高速もかなり渋滞していましたからね。実は朝けっこう早く出たんだけど、今着いたって感じですよ」
「ええ? そんなに?」
帰省ラッシュのことはテレビのニュースで見て知識としては知っていたけれど、実際にこんななのかとエーデルは驚いていた。
「それで、婆様から聞いているけど、エーデルさんは宮下文献を読んだんだって?」
エーデルがすぐにでも聞きたいと思っていたことだったけれど、先に拓也の方から話題を振ってくれた。
「エーデルさんはそれはもう熱心に文献を読んでいましたよ」
にこやかに婆様も口添えしてくれる。エーデルは肩をすくめた。
「でもやはり難しい。わからないこといっぱいです」
「だから拓也、年末は何かとばたばたするけど、年が明けて落ち着いたらゆっくり解説して差し上げなさい」
婆様から拓也への指令という感じだ。
「でも拓也さん、理科の先生でしょ? そう聞いていたから、夏に会った時は何も聞きませんでした」
拓也は笑った。
「確かに、僕が教えている生物や物理は太古の歴史とは関係ないようだけど、学問はみんなどこかでつながっているんだ」
そのひとことひとことがエーデルの胸に突き刺さった。
その日の夜は、拓也は久しぶりに会う家族とビールを飲みながら談笑していたので、エーデルは遠慮して席を外した。
一夜明けると、正月の二日前だ。
今日は正月のための特別な飾りつけをする。
拓也とその父とでひと抱えの松と竹、そしてまだ花は咲いていない梅の木を縛り、庭で何やら飾り物を作っている。
「これは何ですか?」
興味深げにエーデルはその作業を覗き込んだ。
「ああ。これは門松っていって、正月にくる歳神様を迎えるためのものだべ」
「門松の『か・ど・まつ』という言霊は、『神様の土』で「神土」、つまり神の国の到来を『待つ』という意味があるんですよ」
父の説明に拓也が付け加えた形となった。
やがてできた門松は二体。これを玄関前の左右に対にして置く。
「あら、どこかで見たことありますね」
エーデルは少し考えていた。
「そうそう、あれあれ」
エーデルは玄関に入って、すぐそばの靴箱の上に置いてあった大きめのポスターを持ってきた。
「これに書いてあるのと同じですね」
しかし、微妙に違う。ポスターの方は竹の上が斜めに切られているけれど、今目の前で完成した実物の門松の竹は上が平らに切られている。しかもその上に梅の枝が刺してあるというかたちだけど、絵の方は梅は竹のいちばん下。松との境目に少しあるくらいだ。
ポスターに描かれた二基の門松の間には、この国の国旗の棹が二本、交差してデザインされている。
「このポスターは何ですか?」
エーデルの興味は、むしろそっちへ移った。
「ああ、最近ではこの門松を実際に作ったりして立てる家も少なくなりましてなあ、それでその代わりに役所が全部の家にこのポスターを配って、門松をたてる代わりにこのポスターを貼れってことらしいけど、うちは本物の門松を立てるからそんな門松ポスターはいらねえべだ。エーデルさん、欲しければそのポスター、差し上げますだ」
「え、ほんとうですか?」
エーデルはうれしそうな顔をして、両手でポスターを開いてみていた。
「でも、門松が少し違います」
エーデルは先程気づいた相違点をいくつか指摘した。
「そもそも、梅は神様の世界、竹はご先祖のいる世界、松はこの世を表してます。だから上から梅、竹、松の順にしないといけないのに、梅が下に来ているものははっきりいって逆です。つまり、今が逆の世であることの象徴でしょう。梅があるのはまだいい方で、今の一般の家庭の門松は、梅がない方が多いですね」
拓也が心なしか少し強い口調で説明した。逆の門松を立てている世間一般の人への憤りさえ感じられるほどだ。
「上が平らなのは?」
「それは昔」
今度は拓也の父が口を開いた。
「この地方の殿様と隣の国の殿様が戦争して、この国の殿様は敗けて殺された。その時勝った方の殿様が、敵の首をこのように切り落としたぞって竹を斜めに切った門松を流行らせたって話だべ。その殿様が将軍になって、そんな竹を斜めに切る門松を流行らせたそうだ」
「それじゃあ、切られた方の殿様の国だったこの地方では、斜めに切った竹を飾りたくありませんよねえ」
「だから、この地方では竹を斜めに切らねえ家庭が一部ある。もう四百年以上昔の殿様だけど、この地方にはいまだにその殿様を慕ってる人は多いべな。でもほかにも、平らに切ると口が開かないから金が出て行かにゃあって、商売をする店とかは平らに切る場合もあるしな、まあ本当のことは分かんねえべえ」
「いや、それがですね」
またしても拓也登場。
「そもそも竹を斜めに切るという発想は、これで敵を突き刺すためなんです。その敵というのは」
「敵というのは?」
「鬼です。でも、超太古の文献を見ればわかりますが、鬼の正体は実は神様なんです」
「え? それじゃあ、斜めに切ったものはまずいですよね」
「そうなんです。まずいんです。神様への反逆ですね」
「そんなことも、正月になったら古文献を紐解きながら、ゆっくりと話しましょう」
「せひ」
エーデルは嬉しそうに笑った。




