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暁の歌、響け世界に2 《空の巻》  作者: John B. Rabitan
第8部 異世界探訪
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7 二つの回想

 俺以外の全員がバスでJRの駅に行くので、そのバスを見送ってから俺はまた学内に入った。キャンパスはまだ依然としてお祭り騒ぎの真っ最中だけどなんだか別世界のような気がして、俺はその人混みの中を通り抜けてまっすぐに駐輪場に向かった。

 そして自分の自転車にまたがると、とにかく喧騒を後にした。

 アパートに戻ると、着替えもそこそこにベッドに身を投げ出した。

 まさかガチでこんな体験をするなんて思ってもみなかった。

 異世界をリアル体験してしまった。

 二次元の絵ではなく実写3Dの、バーチャルではないリアル体験だ。

 これは同時に体験した俺を含めた八人の間だけでの共通体験で、他人に話してもまず信じてはもらえないだろう。中二病にされてしまうのが落ちだ。

 いや、自分自身でもまだ自分がガチで中二病になってしまったんじゃないかと勘繰ってしまう。もし一人で体験したのならそう思うだろう。

 だが、同じ体験を共有した仲間がいる。

 チャコも言っていたように、あのケルブという女の子(天使?)が集団催眠の催眠術をかけたのかということもあるけれど、ケルブは異世界よりの帰還の後にはいなくなっていた。完全にいたという痕跡まで消えていた。

 だから集団催眠ならケルブが存在していたところから始まらなければならない。俺たちみんなにケルブの記憶があるからだ。

 でも、ケルブはいなくなっていた。つまり、初めからケルブなんていなかったのかということになる。そうなると、いなかった人が自分をいたように思わせる催眠術をかけるなんて不可能だろう。

 催眠術というのは存在している誰かがかけないとかからないのだ。存在していない人がかけることなんかできない。

 そう考えると、頭がこんがらがってきた。

 そしてもう一つ、俺だけの体験もある。

 俺たちはみんな並行世界の一部をケルブの出した空中動画によって垣間見たけれど、俺はその並行世界の記憶がすべて与えられた。

 今の世界と並行世界の分岐点は、親父の会社が倒産したかしなかったか、そして両親が離婚したかしなかったかだ。

 親父の会社は倒産を免れ、両親も離婚の危機を脱して俺はそのままさくら川高校で学び、卒業して今の大学に来た――これが今の世界での記憶だ。

 だが親父の会社が倒産し、両親が離婚したというところで分岐した並行世界では、俺は柏木南高校に転校し、母親や妹の美羽とのつながりは断たれた。そしてその柏木南高校は今でもチャコの母校だけど、俺もその学校で美貴やピアノ、美穂、大翔、新司、そしてケルブも同じ部活にいた。

 彼・彼女らもまたそれぞれの人生の分岐点があって、並行世界では同じ高校に通っていたのだろう。

 例えば美貴も受験の朝に老婆を助けたことによって第一志望だった柏木南を受験できず、今行っている大学の付属の私立高校に入ったと言っていたけれど、その老婆を助けなかったのかあるいは追試が認められたのかして柏木南高校へ入ったという並行世界への分岐点があったことになる。

 ほかのメンバーもきっとそうだ。あるいはもっとずっと幼いころに分岐点があった人もいる可能性もある。

 俺の並行世界での記憶は、高校二年生の文化祭で途切れている。おそらくその時に、何らかのアクシデントで今の世界にスリップしたのかもしれない。

 つまり俺は少なくとも高校二年生の四月から十月までの間だけ、二つの記憶を持つことになってしまった。

 しかし、今の世界での高校二年生の時の記憶も、時の流れで風化していてあまりはっきりしていない。

 さらには異世界でケルブから記憶が与えられたときは鮮明な記憶だったのに、今は並行世界の記憶もこの世界での記憶と同様に時間の経過による風化を感じるから不思議だ。

 そして気になるのはこれからのこと。まずは今高校生である四人が来春に東京の大学に無事進学してくることを待つことにはなったけれど、ただ待っているだけでいいのかとも思う。


 ――高い山のふもとの木々の海の中に住む老婆……


 そのものが聖使命を伝えてくれるということなのだろうか? 思い当たる節はある。新たに得られた並行世界の記憶の中では、部活の顧問でクラス担任だった若い教師の実家に夏休みに行った。そこに先生の祖母がいた。そして、俺たちのバッジのことも知っていた。

 高い山……先生の実家は富士山の麓だった。その樹海の中の集落に先生の実家はあった……。

 その先生からもいろいろなことを聞いたはずだったけれど、今はよく思い出せない。

 異世界では鮮明に覚えていた。

 おそらくあの時は肉体がなく魂のレベルで直接聞いていたのだけれど、こちらに戻ってからは記憶は肉体の脳に刻まれるので、鮮明さが薄れてしまうのだろう。

 やはり物質としての肉体の脳には限界があるようだ。

 そして気になるのは、あの並行世界で入っていた部活にはもう一人男子の同級生がいた。名前は……思いだせない。ただ、かなり体格のいい男子だった。それともう一人、上級生の、いわゆる「部長」がいた。

 その二人は今の自分の周りにはまだ現れていない……と、思う、たぶん。


 よく月曜日は学祭の片付け日で授業はないので、火曜日に俺は大学へ行くと、いつものところでいつもの時間に池田や野口らいつものメンバーと会った、当然その中にチャコもいた。

 チャコは外面的にはいつもと変わらない様子だった。

 昼になってそのメンバーで、学内の第二食堂に向かった。その時、固まりの最後を俺が歩いていると、隣にチャコが来た。

 そしてほかの友人の目を気にしながらも俺の耳元で囁いた。


「ねえ、あれって夢じゃなかったよね」


 俺ははっとした。チャコがそう聞いてくるってことは、俺にとっても夢じゃなかったことの立証になる。そしてチャコも同じことを考えていたようだ。だから俺は言った。


「夢じゃないよ。あの異世界体験は」


「だよね」


 チャコはうなずいた。

 俺は妙な感覚になった。今までチャコは大学に入ってから知り合った大学の友人だった。でも今はそれとプラスして、高校時代の同級生にもなってしまったのである。

 あの映像を見てチャコも少しずつ並行世界の記憶が甦ったようだったけど、俺のようにはっきりと完全に取り戻したわけではないようだし、だからまだ俺のことを高校時代の同級生とは見ていないだろう。

 あくまで、高校時代の二人は全く見ず知らずの他人だったことになっている。

 それ以降も、チャコといる時はたいていほかの友人もともにいたので、なかなかあの日のことを語るチャンスはなかった。

 ただ、チャコだけではなくあの日のメンバーでLINEグループを作り、頻繁に連絡しているが、その誰もがあれ以来はただの従来通りの日常を送っているだけのようだった。


(「第9部 竹下古文献」につづく)

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