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暁の歌、響け世界に2 《空の巻》  作者: John B. Rabitan
第8部 異世界探訪
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5 甦った記憶

 すでに注文した料理はテーブルに並んでいるのに、みんな食事も忘れているかのような感じだ。


「もう一つ不思議だったのは」


 チャコが言葉を目を挙げて言う。


「康生君以外はみんなケルブちゃんとは今日が初対面だったでしょ。それであの正門のところで初めてみんな集まったときに康生君が軽く一人一人をみんなに紹介したけど、でもそれくらいで名前覚える? ふつう」


「でも、学祭の展示を回ってるときとか、ここに来るまでの間も、ケルブちゃんてもうみんなの名前を覚えてて名前で呼んでたよね」


 美貴もつけ加えた。


「それに私はニックネームのチャコ先輩って呼ばれた。康生君は私を紹介するとき、朝倉由紀乃って本名しか言ってなかったよね。事前に私の通称がチャコだって教えてた?」


「いやいやいや、教えてない、教えてない」


 俺は首を横に振った。ピアノちゃんがこっちを見た。


「私もピアノって呼ばれた」


「僕たちなんて、大翔、新司って下の名前を呼び捨てでしたよ」


 そう考えるとみんなにとっては不思議だろう。並行世界の記憶を取り戻していた俺以外は。


「でもなんで」


 ひかえめに、美穂も口を開いた。


「なんであの世界に行く前と帰ってきた後では、時間がたっていないんですか」


 そのことに気づいていたのは、俺だけじゃなかったのか。いや、誰でも気が付くか……。

 そこで俺はみんなに言った。


「ケルブも言ってたじゃないか。あの異世界は時間も空間も存在しない世界だって。時間のない世界に行ってきたんだから、俺たちの体感でかなり長い時間あの世界にいたとしても、実際にはい分一秒たりともこの世界では時間は経過していなかったってことだよな」


「やはりケルブの言っていたことも全部本当のことなんだ」


 俺がつぶやくと、杉本君はテーブルの上に並んだ料理を見た。


「とりあえず食べましょう。話は食べながらでも」


 誰もがそれには賛成だった。

 俺は「柔らかチキンのチーズ焼き」を頼んでいたので、ナイフとフォークでそれを食べ始めた。

 皆それぞれ食事をしながらも重い口調で、ついさっきの異世界体験の話をしていた。だけども、食事中ということもあって、あの生々しい地獄の光景に触れるものはなかった。

 だが不思議なことに、ここでウエイトレスのお姉さんに注文の紙を渡していた時の方が、この世界的にはこっちが本当の「ついさっき」なのだ。

 その「ついさっき」の記憶の中には、今は跡形もないケルブが間違いなくいた。

 その時、俺はふと気づくことがあって、半分蒼白になりながらナイフとフォークを荒々しく置いた。そして、自分のシャツの胸のあたりに手を置いて、シャツの内側の感触を確かめた。

 そして、ふうとため息をついた。


「あ、あった」


 バッジは確かにあった。


「バッジ?」


「うん」


 ほかのみんなも自分のバッジを確認し、それがまだ存在することに安心の表情をしていた。

 あんなに瞬く間に見事にケルブが、自分が消えただけでなく自分のいた形跡まで消し去っていたのだから、いらぬ心配をしてしまったわけだ。


「いや、このバッジまで消えてしまったら、あの天使ケルブが僕らを異世界に召喚してまで伝えようとしたメッセージが意味なくなってしまいますからね」


 杉本君の言う通りだ。

 俺がケルブから与えられたアカシックレコードとかいう記憶によると、俺やこのメンバーの中で今高校生の人たちは皆、チャコからこのバッジを渡されている。


「じゃあ、チャコはなんでこのバッジを持ってたんだ?」


 俺が聞くと、チャコは首をかしげた。実は俺は並行世界での体験の記憶をすべてアカシックレコードからケルブによって与えられていたので知っていたのだけど、わざととぼけて言ってみた。


「さあ。並行世界での話でしょ? わかんない……あ、待って!」


 チャコは目を挙げた。


「あの天使に見せられた映像を今思い出したら、なんとなく頭の中に甦ってくる」


「私も!」


 美貴も食事の手を停めて、続けて言った。


「待って、待って、待って、待って。私は、知らない若い男の人から……今は知らないけど、あの世界ではよく知っていた人? 先生?」


「私がもらったのも先生からって感じ?」


「でも、それ以上は分からない」


 俺はケルブから自分の記憶を与えられたのだけど、それは同時にチャコや美貴の記憶でもあって、見ていただけの二人も何となく記憶を取り戻したのか……。

 俺はあの映像であの場にいたピアノたち二人と大翔たち二人を見ると、この四人もまた何かしら気づいたように唖然としている。

 でも、彼・彼女らの記憶の甦生はそこまでが限界のようだ。


「あの映像で、そこにいた人が『これはただのバッジじゃない。ものすごいパワーが秘められているんだ』とか言ってたよねえ」


 美貴が言うと、皆うなずいた。

 そこで俺が代表して、俺とチャコと美貴がとある研究機関でバイオ・フォトンの実験を受けたことをほかのメンバーに話した。

 大翔と新司には何となく言っていた気もするけど、ほかの三人には初めて言うことだ。


「その研究所の人は俺たちのバッジを見て、これは一万二千年前に太平洋に沈んだムー大陸にあったムー帝国の国章だって言ったんだ」


 そこへ大翔が言葉をはさんだ。


「ムー大陸? じゃあ、パワーもそのムー大陸から? 僕たちもそのパワーを感じて、そのパワーを畑の作物に放射していました。野菜さんたちはそれで成長も早く、新鮮な野菜に育つんです」


「俺もそれ聞いて、一緒にやってた」


 俺がそんなことを付け加えると、杉本君が俺を見た。


「でもこのパワーって、気功とは違うのかなあ」


 そこで俺は説明した。


「あの例の研究所には本職の気功師の人も実験サンプルとして来たって言ってたけど、俺らの数値はその本職の人たちよりもはるかに上だって」


そんな時である。


「あ、危ない!」


 チャコが店内の遠くの方を見て、叫んだ。

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