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暁の歌、響け世界に2 《空の巻》  作者: John B. Rabitan
第8部 異世界探訪
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4 消えた少女

 俺は目を開けた。

 そこはファミレス「サリゼ」の客席だった。

 周りを見回すと、一緒にこの店に入った連中……そしてさっきまで一緒に異世界を探訪していたメンバーが、転移する前と同じように座っている。彼・彼女らも目を開けて、しきりにあたりを見回していた。

 すると、小さな女の子を連れた家族連れが入口から俺たちの席のそばを通り抜けて、案内されるままに近くにボックス席に座った。それは俺たちが異世界に転移する直前に、ちょうど入り口からが入って来るのを俺が見ていたあの家族連れだ。

 壁の時計を見た。十二時十五分だ。

 一瞬の夢を見ていたのか……あれだけたくさんの世界を見て、そしてケルブともいろいろと時間をかけて問答したのに、戻ったら一分も時間が経過していない。

 誰もが言葉を失って、ただ茫然と無言で座っている。誰もがあまりの衝撃に、頭の中が真っ白になっているようだ。俺とて例外ではなかった。

 しばらくして、やっと重い口を開いたのは杉本君だった。


「今の何だったんだ?」


 それをきっかけに、ピアノちゃんや大翔、美貴の順でようやく言葉を発し始めた。


「やだ、ガチで異世界に行ってたんですよね、私たち」


「どうなってるんでしょう?」


「え。まじ? どういうこと?」


 ってことは、俺一人が一瞬の白昼夢を見ていたわけではないということだ。


「みんな、同じ世界に行ってたんだよな。雲に乗って、地獄を見学して、それからずっと天国まで」


 俺が確かめるように言った。


「「「たしかに!」」」


 みんな口々に言う。だけれども、たった一瞬の時間で同じ体験をした……いや、したように錯覚させられた……合理的に考えると……


「ケルブちゃんの催眠術? 集団催眠とかいう…」


 チャコがそう言って自分の隣のケルブを見た……見たけど……いない!


「あれ? ケルブちゃんは?」


 最初からケルブはいなかったかのように、ソファー側に女子四人、テーブルをはさんで向かい合う椅子に男子四人の、合計八人しかいない。

 女子の方のソファー席はテーブルを二つつなげて、本当は四人がけのところに五人で座っていたのだから、かなりきちきちだった。でも今は、ゆったりと四人で座っている。

 各自のテーブルの前にはおひやと、それぞれがドリンクバーから持ってきた飲み物のコップたカップが置かれているけれど、ケルブがいた席にはそのようなものは一切ない。

 入店して着席と同時に、ウエイトレスは人数分のお冷を持ってくる。だから、俺たちは九人で入ったのだから、ウエイトレウスはお冷を九つ持ってくるはずだし、実際にそうしていた。だけど、今のテーブルの上にはお冷のグラスは八つしかない。もし最初から八つしか持ってきていなかったら、「一つ足りません」とクレーム付けたはずだ。

 そもそも入り口の名前を書く表にも俺ははっきりと九人と書いたし、ウエイトレスからも「九名様」と呼ばれた。

 俺は急に胸騒ぎがして、スマホを出した。

 画像アプリで、ケルブを撮った写真を探した。

 ない!

 あの同人誌即売会で撮ったケルブの画像は見事に消去されている。

 そこでSNSを開いた。自分のプロフィール画面を出してフォロワーのところでケルブの名前を探す……これもない!

 そこで、SNSの「キーワード検索」の窓に覚えていたユーザー名を直接打ちこんでみた。


 ――「@Angel_Sophia」の検索結果はありません――


 今度はLINEのトーク履歴や友だちリストを見たけれど、そこからもケルブの名前は消えていた。

 本来なら、俺自身が消さない限り消えることはないはずだ。

 しばらく言葉が出なかった。


「どういうこと、どういうこと、どういうこと?」


 チャコも美貴も唖然としている。そして恐る恐る確認するように、全員を見た。


「ケルブちゃんっていたよね」


「いた!」


「うん、いた」


「いたよ」


「いました」


 みんな口々に同じ答えだ。


 そこへ注文していた料理が、次々に来た。そして八人分の料理がテーブルの上に並んだところで、ウエイトレスは言った。


「ご注文はおぞろいでしょうか」


 俺がみんなの注文を取りまとめたのだから、ケルブが何を注文していたかも覚えている。ケルブはペペロンチーノを注文していた。


「あのう、ペペロンチーノは頼みませんでしたっけ?」


 俺はウエイトレスに聞いてみた。彼女は伝票を一応確認してくれた。


「いいえ、それはご注文になっていませんが。追加でご注文の場合はまた注文用紙でお願いします」


「あ、いえ、だいじょうぶです」


 ウエイトレスが行ってしまってから、俺はメニューでもう一度ペペロンチーノのメニュー番号を確認した。その「PA03」は間違いなく記入した記憶がある。東京03なんて市外局番を書きながら連想していたからだ。


「もしかして」


 俺はゆっくりと口を開いた。


「ケルブって、最初はただの中二病少女だと思っていたけれど、もしかして本物の天使だったのか……」


 同席していたメンバーは、誰もが目を見開いた。


「たしかに。翼を広げて飛ぶところも、ついさっき僕らはみんな目撃している」


 杉本君が言う。みんなうなずく。


「そう、ついさっきまで一緒にいた。そして、私たちを異世界に召喚して、そしていろいろと案内してくれた。でも今はいない」


 美貴も興奮気味だ。


「そうですよね。生々しく、さっきまで一緒にいた感があります」


 ピアノちゃんも言う。


「てことはですよ。あのケルブって子が本物の天使だったのなら、俺たちが異世界へ行ったのも本当で、あの世界も本当にあって、見たものもの全部本当ってことになりますよね」


 大翔の言葉に、隣の新司もうなずく。


「そうだよな。あの体験の記憶はついさっきの記憶なんだ」


 新司が言うと、誰もが共感してうなずいていた。

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