3 並行世界の記憶
――神様がいないのなら、天使である私は誰に遣わされたのでしょう?
たしかに……
――皆さんの世界が三次元とすれば、この世界は地獄から天国まで皆四次元です。人間の魂が住むところですから。でもさらにその上に、五次元、六次元と高次元界があるのです。今はまだ皆さんをそこにお連れすることはできませんけれど、いずれはそこに戻ってもらいます。今は大千三千世界が危機的状況にあって、何とか打開しなくてはならない。そのためにはあなた方の魂の力が必要なのですけれど、今はまだ申せません。
そんな、もったいぶられたら気になってしまう。
――あなた方の仲間は、これだけではありません。まだ出会っていない人も数人おります。特に高い山のふもとの緑の木々の大海原の中に住むお方、そしてそのお方のお孫さんは偉大なる魂、いずれ皆さんも縁生の糸を手繰って巡り会うでしょう。
孫がいる人なら、高齢の人だよなあ。
――そして、そのための必須アイテムが、皆さんがお持ちの楯の形をしたバッジなのです。
そうだ、その話を聞くために俺たちは集まったんだ。
俺と同じ想念が、ここにいるみんなからも発せられている。
――今申したその山のふもとの木々の大海原の中に住むご老女が、このバッジにエネルギーと直結するパワー線を結んで配布したのです。もちろんその方のお孫さんが皆さんに手渡したパターンが多いでしょう
誰もが顔を見渡した。どうやって手に入れたかわからない、いつの間にかあったとしか言いようのないバッジが、そんな山のふもとのお婆さんにもらったなんて、誰の記憶にもそれはなかった。
――皆さんが、このバッジを手に入れたのは、皆さんの世界でのことではないのです。一つの世界にはさまざまな運命の分岐点があって、そこで別の選択したらという『if』の世界が存在しています。それを並行世界とかパラレルワールドとかいうのですけれど、皆さんはその並行世界の方でそのバッジを手にしています。
いきなりそのような話を聞いて、誰もが混乱していた。だが、普通の生活の中でこの話を聞いても、オカルト的なあるいはSFの話と片付けてしまって本気にはしなかったと思う。
だけれども、今は十分にあり得ない世界にいてあり得ないものを見てきた。それは俺たちの普段の世界ではあり得ないということに過ぎず、実はそのすべてがあり得たのである。
――でも「if」の世界って、ものごとは一切必然であって偶然はあり得ない。過去に「もしも」はあり得ないということをどこかで聞いたことがあるような気がするのですけど。
杉本君が念を発する。たしかに俺も聞いたことがある。どこで聞いたのかは思いだせないけれど。
――人の人生にはいくつかの選択肢が与えられ、そのどちらを選ぶかで違った並行世界が展開していくのです。運命は自分で切り拓くものとよく言われるのはそういうことです。しかし、絶対に越えられない定めがあります。だからこそ一切が必然となるのです。皆さん、リンゴが乗ったお盆を持っている人を想像してみてください。お盆の上でリンゴは自由に転がることができます。それが「運命」です。「運命」は自分で自由に選ぶことができます。でも、お盆を飛び出すことはできない。その飛び越えることができないお盆のふちがいわゆる「宿命」です。そして、そのお盆を運んでいる人の意志はこれはもうリンゴにとっては絶対的なもので逆らうことはできません、それを「天命」というのです。
妙に納得してしまう。
――ですから、皆さんが自由意志でどの並行世界を選ぼうとも、特に特殊な魂である皆さんは「宿命」には逆らえずに、その使命である大仕事をしていただかなくてはならない。ただ……
ケルブの念に、少し陰りが感じられた。
――本当ならばみなさんの活躍も、これからの大仕事も、並行世界にいる方の皆さんにしてもらう予定でした。でも、事情が狂いました。それは私のミスでなんです。私のミスで、並行世界の住人をこちらの世界に入れてしまった。そこから話がややこしくなりまして、皆さんにも混乱を与えてしまいました。特に私がいちばん謝らなければならないのが、康生先輩、あなたです。
――え?
俺は一瞬唖然とした。
――これからあなたの記憶をお与えします。人の魂は実は一〇パーセントしか顕在化していません。後の九〇パーセントの潜在意識は実在の世界に種魂として置いてきています。何万年にわたる魂の再生転生の過程におけるすべての記憶が、未来の記憶に至るまですべてその種魂に刻まれています。それをアカシック・レコードというのですけれど、今からその一部をお見せします。
すると、ケルブの頭上あたりで巨大な動画が再生され始めた、空中スクリーンだ。しかも3D。
それをみんなで見ている。
映像の中にはチャコがいる。だけど今より若い。まだ高校生の頃だろうか?
どこかのキャンプ場の小屋のようなところで、チャコはTシャツとジャージ姿だ。
「みんな、集まって」
そのチャコが呼び集めるので、それを囲んだのは、あれ? 俺じゃないか……。チャコが高校生なら俺も高校生? でも、高校生の頃の俺とチャコは互いに見ず知らずの人だったはずだ。
さらに集まっている人々を見てビックリ。
ピアノちゃんに美穂、そして大翔と新司だ。なんでみんなすでに知り合いで、そして集まっているのか……。さらにはその場に美貴もいる。ただ、杉本君の姿は見えなかったが、代わりに見知らぬ男性がほかに三人いた。
そして驚くべきことに、チャコが差し出した手のひらには例の楯のバッジがいくつも乗っていて、俺たちは皆一人一つずつそのバッジを受け取っている。
これが、あのバッジを手に入れた瞬間だったのか……
チャコと美貴はすでにもう持っているようだ。
なんだか頭がくらっとした。
「これはただのバッジじゃない。ものすごいパワーが秘められているんだ」
見地らぬ男が、そんなことを説明している。
映像はそこまでだった。
――これが皆さんの並行世界の一部です。
俺たちはさらに呆然としてしまった。
――私の手違いで、本当はこの並行世界にいるべきだった康生先輩を今の世界に引っ張ってしまった。ですから康生先輩には、並行世界の記憶をすべてアカシックレコードからお見せします。
ケルブは両手を頭上で合わせゆっくりとその手を開いていった。向かい合った両手のひらの間にはじわじわと光の玉が生じて、手を開いていくにつれその玉は大きくなった。それをさっと俺に向かって投げた。
すると、俺の意識の中に目くるめく一連の記憶がよみがえった。
並行世界では、高校二年生の初めに父の会社は倒産、両親はとうとう離婚した。
そして父とともに引っ越して転校したのが……なんとチャコの学校……チャコとは同じクラスで、その学校で入った部活が超古代文明研究会。その部員が美貴やピアノ、美穂、大翔、新司だった。そしてケルブもそこにいた。
杉本君はクラスメートで、俺が並行世界に転移する直前に入部する意思を告げたことしか知らなかった。
だから、ここにいるメンバーとそれぞれ初対面の時に、既視感があったのだ。チャコの住んでいる町に行ったときのデジャヴ、それも当然だった。だってそこは、俺が住んでいた町でもあったのだ。
――あらためて皆さんには、聖使命が告げられるでしょう。それは私からではなく、さらに高次元の方からの指令がやがて降ることになります。私からはこれ以上のことは言えません。そろそろ皆さんは、元の世界にお帰りください。
すると俺たちの体につながっていた銀の糸が光り出した。そしてそれに引っ張られるようにい急に体は下降を始めた。




