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暁の歌、響け世界に2 《空の巻》  作者: John B. Rabitan
第1部 世界スメル協会
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5 ミヅラホ

 礼拝を終えた人々は、皆そのままスロープを降りてくる。ここから先は行かれないようだ。

 エーデル姫は、小さな子供を連れた家族連れの中の人のよさそうな父親と思われる男性をつかまえた。


「こんにちは。ここの神様はどういう神様ですか?」


 実はWEBサイトである程度の基礎知識は得ていたが、この国の人の口から直接聞きたかったのでエーデル姫はこの国の言葉で尋ねてみた。彼女を外国人観光客だと思った男性は微笑んで、親切に教えてくれた。


「太陽の女神さまです。この国の人々全員の先祖で、いちばん格が上の神様ですよ」


「どうもありがとう」


 エーデル姫も微笑みを返し、そのスロープを昇ってみた。すぐに上に着く。

 人々が礼拝をしているスロープの上には左右に塀がある例の不思議な形の門があり、その向こうには今度は屋根のあるしっかりした造りの門があった。屋根はまるで草で覆われているようだ。

 壁も柱も何の装飾も着色もない地のままの木材で造られている。だが、その門をくぐることはできず、その手前で人々は立ったまま礼拝をしている。門の扉は開いているが全体に白い布の幕が駆けられていて、その向こうは見えない。

 その幕を見た時、またエーデル姫は身震いがした。

 これはまさしくイェフディの神殿だと思った。現代ではない、あくまで古代イェフディだ。

 ホウドース王の第二神殿が破壊された後にその跡地に作られた現在のイェルシャラインの神殿は、あくまでムスリムの寺院である。一部の像に嘆きの壁といわれているところ以外は、古代イェルシャライン神殿の面影はない。それだけでなく、イェルシャラインの旧市街全体がアラビックの文化が濃厚で、ムスリム圏の中にあることをどうしても実感してしまう。

 イェフディの古代神殿はイェルシャラインの博物館の復元模型から、その片鱗をしのぶことができるくらいだ。

 だが、今目の前にある神殿は、古代イェルシャラインの神殿を彷彿させると、エーデル姫は魂で感じたのである。さらにこの中の神殿がどんな形か実物を見ることができないが、すでに彼女は事前にWEBサイトでその画像を見ている。同じく着色もない木材で造られた実にシンプルな神殿の姿だ。

 そう、ここは神殿というよりも、もっと古い幕屋という言葉がぴったりと来る。WEBで得ていた情報では、この神殿の隣には同じ広さの空き地があり、二十年ごとにその隣の地とこの地で神殿は常に新しく作り替えられるというのだ。

 エーデル姫も、白い幕の前に立ってその中の神殿の方に霊的意識を向けた。

 たしかに清浄な気とともにものすごい霊圧を感じる。そして太陽の女神というだけあって降り注ぐような光の束をも全身に受けるのだった。

 ヤヴァン神話でいう太陽神アポロの化身かとも思ったが、どうも違う。

 この国はギリシャ神話と同様に多神教の国だから何でも神といってしまうが、それでも間違いなくかなり高次元のエネルギー体とこの神殿はつながっているようだ。

 だが、『宇宙創造の唯一絶対神』ではないようである。


 神殿を後にしたエーデル姫は、参拝を終えた人々がそのまま来た道を戻って行く群れと、参道から外れて森の中へ入っていく小道へ向かう群れとに分かれていることに気づいた。

 一瞬のひらめきと好奇心から、姫はその森の中へ向かう人々と同じ方向に行ってみることにした。

 今度はかなり細い道で、そこに人々はひしめき合って歩く。ここも白い小さな石も敷き詰めているがほとんど固めてあって、平らな道のようだ。

 ただ、明らかに人工のアスファルトとは違った。彼女はこれまではずっとアスファルトの上しか歩いておらず、この国の土を未だに直接踏んではいなかった。

 時々あるスロープは自然の石を組み合わせた石段となっている。そして左右に時折、小さな神殿があった。いずれも着色のない木で造られており、先ほどは見えなかったメインの神殿をミニサイズにしたようなものだ。

 やがてものの五分も行くと少し広いところに出て、何段かの幅の広い石段の上に新たな神殿があった。

 人びとの足はその前で止まっていた。拝礼しているというふうではなく、神殿を囲むように黒山の人だかりとなっている。

 中から厳かな音楽が聞こえた。かなりの数の人で人垣ができているので中をのぞくのは困難だったが、なんとか背伸びをしてみてみると、中では何人かの神官が整列している様子がちらりと見えた。

 すると高らかな声で祈りの言葉を節をつけて歌うように読み上げているらしい神官の声が聞こえた。その言語は明らかにこの国の言葉ではあるがどうも古語らしく、エーデル姫には聞き取れなかった。

 ただ、ところどころ耳に残ったのは、自分の組織である世界スメル協会の「スメル」という言葉が何度も出てきたのと、「ミヅラホ」という単語だった。しかも、明らかに「ミヅラホの国」と言っていたような気がする。すると、国の名前だろうか……。

「ミヅラホ」、それはイェフディの民の間で言われているある言い伝えで、やがて時が来たら東の太陽が出る国である「ミヅラホ」からメシアが来るということになっている。

 しばらくして、その神官たちが列をなして出てきた。人垣を作っていた人々は散会し、拝礼する者や帰途に就くものとバラバラに動いている。

 神官の列だけが整然と一列になって歩いて行く。その服装はまたエーデル姫にとって興味深いものだった。

 もちろん外観はこの国特有の伝統的服装だが、頭には大昔のイェルシャラインの祭司のような被り物をかぶり、手には長細い木の板を持っている。そして長く伸びた袖の先にひもを垂らしていた。それもまた古代祭司の服装を彷彿とさせた。

 その一団が言ってしまった後もミニ神殿に残り、いろいろと雑用をして動き回っている神官もいた。こちらは先程の列の神官よりももっと簡略化した伝統衣装を着ていた。


「こんにちは」


 エーデルは思わず声をかけた。神官は動きを停めて、エーデルのそばに来た。


「先ほどのお祈りの言葉ですけれど」


「はい」


「何か『ミヅラホの国』と聞こえました。そのような国がありますか?」


「ああ、はいはい」


 神官はニコッと笑った。


「『ミズホの国』ですね。この国のずっとずっと古い時代の呼び名です」


「この国ですか? それは、太陽が出る国という意味ですか?」


「いえ」


 神官は少し首をかしげた。


「そういう意味だとは聞いてないですねえ。ただ、かつて隣の国の皇帝にこの国の大王がこの国を『太陽が出る国』と書いて、隣の皇帝から怒られたなんて話は聞いたことありますけど」


「そうですか? どうもありがとう」


 エーデル姫がにっこり笑うと、神官は深々とお辞儀をした。


「今日はようこそお参りくださいました」


 そうして神官は行ってしまった。確かに礼儀正しい国である。

 ただ、エーデル姫はその話に考え込んでしまった。

「ミヅラホ」は実は「ミヅホ」で、「太陽が昇る国」という意味はないけれど、この国は大昔に自らを「太陽が昇る国」と称したことはあったらしい。


 とりあえずエーデル姫は、この広大な神殿を後にした。

 高次元の霊光はひしひしと感じたけれど、自分の任務に関して特に得た情報はなかったような気がする。

 ただ、気になったのは、太陽が昇る国とこの国はかつて称していたらしい。すると、やはりもっと東……そういえばここから東にあの神々しい霊峰はある。


 そこへ行くべきだというひらめきが、エーデル姫の中にあった。

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