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暁の歌、響け世界に2 《空の巻》  作者: John B. Rabitan
第8部 異世界探訪
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2 相応の世界

 そこは暗くて冷たい、ほとんど光のない世界だった。悪臭も漂っている。それでも果てしなく広いのは同じだ。

 そこで俺たちは、初めて「人」を見た。

 互いにものすごい武器で戦いを繰り広げている。五~六百人程度の人々がひと固まりとなって、別の塊とぶつかって殺戮を繰り広げているのだ。血しぶきが飛ぶ、悲鳴が重なり合ってこだまする。だけれども彼はどんなひどい殺され方をしても死なない。死なずに立ち上がってまた戦い続けるのだ。

 そして充満している波動は憎悪、怒り、不満、嫉妬……それらのぶつかり合い。

 見ると、美貴も美穂も、みんな縮み上がって一緒に悲鳴を上げて球の中に座り込んでいる。


 ――ここにいる人たちは喧嘩早い人、復讐心の強い人、満足することを知らずにいつも不満ばかり言っていた人……


 ――僕たちの姿はあの人たちには見えないのですか?


 大翔の素朴な疑問だ。すぐにケルブの返事が念で飛んでくる。


 ――下の世界のものからは、上の世界のものは見えません。あえて姿を現そうとすると、彼らには我われは光の塊にしか見えないでしょう。その光は彼らにとってまばゆく、きつく、皮膚がはがされるほどの苦痛を伴うものなのです。


 次の世界は男は五~六百人の全裸の女に囲まれている。女は同じくらいの数の男に囲まれている。しかし彼らは決してその状態を楽しんでいるわけではない、男は囲まれた女たちに、女は囲まれた男たちにものすごい憎悪と恨みの念をもってただひたすらいたぶり続けられている。


 ――あの人たちは性欲のために異性を不幸にした人たち……


 次は一面真っ赤な色の池だ。しかしただ赤いというだけでなく、それは本当のどろどろとした生臭い血の池だった。その中に多くの女がうごめいてもがき苦しんでいる。そしてその体には池の中から五~六百匹の虫が這い上がって、その体を蝕んでいる。


 ――あの女たちはふしだらな女たち。自分の体を金で売っていた人たち……


 そして、ものすごい勢いで燃え上がる炎の世界。そこでも多くの人がその体を焼かれ、もだえ苦しんでいた。どんなに火で焼かれても、彼らはもう死ねない。死ねないだけに苦しみが延々と続くのだ。


 ――あの人たちは自らの怒り、うらみ、嫉妬の心が炎となって自らの身を焼いているのです


 ほかにも一切の食事ができずに飢餓で苦しむ世界、動物に生まれ変わって這いずり回る世界と、次々に現れた。


 ――人を苦しめて財を蓄え、それを社会に還元したり奉仕しようともせずに贅沢を極めた人はあの飢餓の世界に、そしてそれぞれのゆがんだ性格がそれぞれの性格の動物なって物質の世界に再び転生したりします。巧妙に人を騙す人は狐に、図太く嘘を言う人は狸に、執着の強い人は蛇に、人の欠点ばかりを嗅ぎまわっていた人は犬に、……


 なんだか体中が震え、止まらない。いろいろな意味で。


 ――一切が相応なのです。彼らは決してその罪によって裁かれて、罰としてこの世界に転生させられたわけではありません。自分の魂のレベルに相応の世界に引き寄せらてて、いわば自ら選んでこの世界に落ちたのです。ですから、懲り懲りするまではこの苦しみは続きます。なぜこの世界で来なければならなかったのか、その一瞬のサトリだけが彼らを救います。


 罰ではない……たしかに、この世界ではかつて想像していたように鬼や悪魔がいて人々を罰しているわけではないようだ。鬼の姿など全く見ていないし、鬼が人々を切り刻んでいるなどという光景はない。


 ――いわばこの世界は、人々が自分の想念によって作り上げた世界ともいえます。そしてこの世界で苦しんでいるような魂と同じレベルの魂の人が、皆さんのいる世界で肉体に入っていても、同じような世界で苦しんでいるでしょう。いわば「この世の地獄」というものです。この世界の現象が皆さんの世界で物質化しているのです。ですからこの世界と皆さんの元の世界は写し鏡、表裏一体なのです。


 ようやく俺たちを包んだ球は上昇して、元の明るい世界に戻った。隣の球の中で、チャコが号泣しているのが見える。ほかにもおびえた表情、まだ震えが止まらない人もいる。

 すると球は消え、最初のように俺たちは雲の上に乗っていた。

 すぐに雲は、今度はエレベーターのように垂直に上昇を始めた。

 そしていろいろな階層を通過した。

 あの地獄ほどではないけれど、ずっと重労働を続けている人たちの世界、それが上の世界肉とだんだんと軽労働に変わって行き、やがては読書や修養くらいできる世界へと変わって行く。世界全体がどんどんと明るくなり、暖かくなってくる。

 ずっと上に行くと、もう人々は労働などなく、のんびりと優雅に暮らし、音楽や芸術を楽しんで、遊んで暮らしている。だが、上に行くにつれてその世界にいる人々の数が少なくなっていくのにも気づいた。


 ――ここが天国なのか……


 みんながそう思った。胸が熱くなり、感動が込み上げて、自然と涙が頬を伝わる。それでも心は果てしなく落ち着いていた。


――皆さんにはザーッとご覧に入れましたけれど、階層は二百以上もあります。階層ごとの交流はできません。全く同じ心と想念の人が同じ階層で暮らしています。でも、この世界はサトりの世界です。サトればスーッと上に上がれます。


――でも、同じ想念の人だけで生活していたら、サトるのは難しいですよね


 チャコの想念だ。


――その通りです。それに対してあなた方の住む世界は精進努力の世界。あなた方の世界にも階層がありますけれど境界は曖昧で、それらが同じ空間に混在し、いろいろなレベルの魂が肉体に入って生活しています。いわば雑居状態です。それだけに厳しい修行の場でもあると同時に努力すれば報われる世界でもあります。


 そう言われてみればそうかもしれないけれど、努力しても報われない場合もあるよなあ……なんて思っているとまたケルブの念が伝わってきた。


――これで異世界探訪は終わりです。


 やがて、俺たちは元の果てしない草原に戻っていた。


 ――あなたがたはこの世界の片鱗を見たにすぎませんが、それでもここがあなた方の世界と密実一体、一蓮托生に連動していることが分かったと思います。


 ――どうして私たちをわざわざこの世界に召喚したのですか?


 美貴の疑問ももっともだ。


 ――皆さん、そう思っていますね。あなた方の魂は特別な魂なのです。今はまだ詳しく言えませんが、普通の人の魂はこの世界と皆さんの元の世界とを行ったり来たりしています。あちらの世界で赤ちゃんとして生まれて、成長し、成人して魂の修行をする。少しでも魂のランクを上げるように、そして魂の汚れを洗い落とすために。そして死んだらまたこの世界に転生してきます。そして一定期間この世界で修行して、またもとの世界に転生するのです。赤ちゃんとなって。人の魂はその輪廻転生の繰り返しなんです。ですから、あちらの世界では人の命はせいぜい八十年から百年といわれていますけれど、魂はもう何万年と生きています。約八十から百年でこの世界に転生してきて、次にまたあの世界に転生するるときは、あちらの世界では三百年ほどたっています。


 ――それは誰が決めるのですか? 神様ですか?


 ――そういえば


 杉本君が別の疑問を抱いた。


 ――地獄にも鬼も悪魔もいませんでした。そして最後はずっと上の世界、みんなが平和にのどかに暮らしている明るくて暖かい世界、あの世界が天国なのでしょうか? それにしては神様もいませんでしたね。


 ――たしかに、この世界には神様はいません。あちらの世界でさまざまな宗教をやってきた人は、こちらへ来れば神様に会えるということを頼りの綱にしてきてがっかりする人もいます。この世界には、神様どころか宗教もありませんから。


 ――では、神様は存在しないのですか?


 ――いいえ


 ケルブは首を横に振った。

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