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暁の歌、響け世界に2 《空の巻》  作者: John B. Rabitan
第7部 彩実祭
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7 ようやく集結

 俺は声を張り上げて、互いを紹介した。とにかく人が多くて、まだ中のお祭り騒ぎしている広場よりはましとはいってももう十分喧騒の中だったから、声を張り上げないとよく聞こえないからだ。

 まずは俺とチャコ、そして他大学ではあるけれど大学生である美貴や杉本君がほかの五人の高校生を案内する形で、学祭の中を回った。案内すると言っても本学の学生である俺やチャコでさえ、初めての彩実祭なのだ。その意味では、初めて学祭に来る高校生たちと状況は変わらない。ただ、校舎の入りとかキャンパス内の道を知っているというだけだ。

 これだけ歩き回っても、俺は知り合いには誰とも会わなかった。それだけ、おびただしい人の数の中を歩いていたということになる。


 そして昼食がてらに、いよいよ今日の本題であるケルブの話を聞こうということになった。だが、これだけの人数が集まって落ち着いて話ができる場所は、学祭である今日という日の学内には見つかりそうもなかった。

 ちょうど昼時でもある。

 ここは一度外に出て、一般のレストランなどを探したほうがよさそうだ。


「だったら、サリゼがいいよ。この人数で入れるのはあそこしかない」


 チャコが言う。確かにそうだ。

 日曜の昼時だから、どこの店も混んでいると思う。だから、座席数はあってもこの九人という人数だったら入れないか、分散して座らせられる可能性もある。

 それでは集結した意味がない。空腹を満たすことだけが目的ではないからだ。

 その点ファミレスの「サリゼ」なら座席数も半端ないし、混んでいてもこのくらいの人数なら入れる。しかもあそこは、九人が一度に座れるスペースもある。

 場所も正門を出て歩いて四分くらいだ。

 まずは今回の会合のメインである天使ケルブに聞いた。


「サリゼ……」


 ケルブは一瞬ふっと笑ったけれど、うなずいた。


「まあ、いいでしょう」


「ここのサリゼは、静かで落ち着けますよ」


 それから俺は大声でみんなに一度大学を出てサリゼに行くことを告げた。異論をはさむものはいない。

 俺たちは学祭の喧騒を逃れて正門を出ると、そこから急に日常となった。だが、日常になったのは俺とチャコだけで、ほかのメンバーにとってはまだまだ特殊な日の続きだろう。

 正門を出て左の方、つまり駅とは反対側に向かって俺たちはぞろぞろと歩いた。

 もう今日が初対面の人たちも少しは打ち解けてきていて、談笑しながら歩いている。

 大学の構内が途切れてすぐに道の左側にコンビニが見えてくる。そのコンビニ・キブンイレブンの向こうがサリゼだ。

 こっちの方角から行くと、店の側面を通り過ぎた向こう側が入口だ。

 果たして店内は半分くらい人が入っていたけれど、満席ではないようだった。

入口の台の上の紙に代表者として俺の名前を書いて、人数を九人と書いているその途中でウエイトレスが来て紙をのぞきこんだ。


「九名様ですね。どうぞ」


 俺たちは全く待たされることもなく、席へと案内された。

 駅から遠い店舗なので客層は地元の人か、車で通りかかった家族連れなどがメインだ。普段は夕方になる当地の大学の学生も結構いるけれど、学祭の今日は学生の姿はあまりなく、むしろ学祭に来場したと思われる人々のグループがいくつか見えた。


 ロングソファーにケルブを中心に女子五人が座り、その前のテーブル二つくっつけて、向かい合って残りの四人の男子が椅子に座った。

 各自で割と大きい写真メニューを見て、注文を決めた。今はそれを備え付けの紙に記入してボタンを押して店員を呼び、紙を渡すシステムになっている。

 俺が全員の注文を聞き、これも備え付けのペンでその料理のメニュー番号を書いて数量を書いた。それぞれドリンクバーもつけた。

 ランチメニューだと五百円のワンコインで済むが、残念ながら今日は日曜だ。ランチメニューはやっていない。だからみな単品でドリアやパスタ、ハンバーグなどをそれぞれ注文していた。

 紙を見て復唱した店員が行ってしまうと、各自で席を立って、ドリンクバーに飲み物を取りに行った。

 そして全員が戻ったのを確認して、ケルブが口を開いた。


「私は智天使ケルブ。皆さんがお持ちの楯の形をしたバッジについて、今日はお話をしたいと思います」


 皆雑談をやめて、ケルブを凝視した。


「皆さんはいつの間にか、知らない間にこのバッジを持っていたのでしょう?」


 誰もが思い当たることなので、全員でうなずき合っている。別に誰も動揺していなかった。おそらく俺がケルブに話したのだろうくらいにしか思っていないからだろう。

 だが、実は俺はケルブにはそのことは全く話してはいない。


「今日は皆さんに、どこでこのバッジを持つに至ったのか、またなぜこのバッジを持つことになったのか、そしてこのバッジを持っている意味、そういたことをお話ししたいと思います」


 一つ年下のはずのケルブが、何だからものすごく高尚な人のように思えてきた。


「でも、この場所でお話しするのは困難です。ですから、皆さんにはこれから場所を移動していただきたいと思います」


「え? 今入ったばかりなのに?」


 俺がさすがに口をはさんだ。


「食事が終わってからですよねえ」


 杉本君が付け加えるように言う。しかし、ケルブは首を横に振った。


「いいえ。今すぐにです。別にここは出ません。食事はそのあとでいいのです」


 誰もが「?・?・?」という顔をしていた。


「これから皆さんは、異世界に転移してもらいます。だいじょうぶ、私が責任をもってまたこの場所にお戻ししますから」


 皆は互いに顔を見合わせる。――キター――と俺は思った。あのケルブのSNSの垢の自己紹介文にもあった、強烈な中二病がここで発動される。

 でも、もしケルブの中二病に付き合わせるためにわざわざ栃木や信州からこの人たちを呼んだのだとすれば、俺の責任だなと、俺はふと考えた。


「だいじょうぶです。康生先輩の責任にはなりません」


 え? 俺、何も口に出していないのになんでケルブは……?

 俺は呆気に取られていると、ケルブは凛としていった。


「皆さん、目をつぶってください。そして、心を落ち着かせてください」


 ここはとりあえず、言われたとおりにしようと思った。目をつぶる前に、入り口から風船を持った小さな女の子づれの家族が入ってくるのが見えた。どうやら店員に案内されて、こちらの近くの席の方に向かってくるようだ。

 壁の時計を見たら、十二時十五分だった。


 俺は目をつぶった。


 するとケルブが何か詠唱のようなものを唱え始めるのが聴こえた。


「【われら今五官を断って肉界を去り、宇宙大霊の波と一蓮托生、肉体は消えてゆく、消えてゆく、消えてゆく。我ら今霊成型(ひながた)のみ、霊成型のみ、霊成型のみ~】」


 詠唱はまだ続いている。だけどなぜか無意識に、俺の体はグラグラと揺れ始めた。頭がくらっとする。

 そのうち何かに引っ張られるように、頭の上からすっと抜けて、ものすごい勢いの上昇感を感じた。


(「第8部 異世界探訪」につづく)

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