3 天使ケルブ
「そのもう一人というのが順序は逆になるけど、夏休みに入って最初に知り合った人なんだけど、だけどこのバッジの謎の鍵となる人かもしれないんだ」
「え? そういう話は最初にしてよ」
チャコが詰め寄る。でも、俺はどうしてももじもじしてしまう。だが思い切って二人を見た。
「俺、毎年大型同人誌即売会に行ってるんだけど」
「ああ、あのオタクの祭典ってやつね」
美貴はさらりと言うけど、そのさらりと言った言葉がさらりと言っただけにずきゅんと突き刺さる。
「康ちゃん、オタクなの?」
チャコに言われて俺はかたずをのんで、こわごわうなずく。
「そうなんだ。知らなかった」
意外にもチャコもさらりと言う。
「へえ」
美貴もなんだか笑顔が増している。
「私も結構好きよ。アニメとかよく見るし、ラノベや漫画にも夢中になるし」
嬉しそうに言う美貴に続いて、チャコも目を輝かせた。
「なんだ、もっと早く知っておけばよかった。私もそういうの嫌いじゃないし」
「ええ?」
これじゃあ意を決した意味もない。
「ってかさあ、康ちゃん、もしかしてオタばれして私たちにドン引きされるって思った?」
俺はゆっくりうなずく。チャコも美貴も声を挙げて笑った。
「オタクを隠して、ばれたらドン引きされるなんていつの時代の話よ。康ちゃんって案外考え古くない?」
「そう、たしかに昔はそうだったみたいよね。でも今じゃあ日本が世界の誇るポップカルチャーよ。ちゃんとした趣味なんだから堂々としていればいいのよ」
「そう。釣りが趣味ですとか、音楽鑑賞が趣味ですとか、盆栽が趣味ですとかいうのと一緒じゃない?」
「盆栽?」
最後が引っ掛かるけど、それ以上は突っ込まないことにした。そんなことよりももっと大事な、話さなければならないことがある。
「それで、話を戻すと」
二人はまた真顔になって、俺を見た。
「その同人誌即売会のコスプレエリアで天使のコスプレをしている子を見つけたんだ。それまでコスプレイヤーの撮影なんて興味がなかった俺だけど、その子には思わず足を止めた。それがこれ」
俺は羽織っているだけでボタンは止めていなかった羽織シャツの胸のあたりを少しめくって、その下のTシャツにつけていた例のバッジを示した。
「その天使が手に持っていたアイテムの楯が、このデザインだったんだよ」
「「ええっ!」」
声を挙げたのは二人同時だった。チャコがさらに身を乗り出す。
「で。聞いたの? その楯のこと」
「いや。それどころか、その子は俺の顔を見てはっきりと『康生先輩』って言ったんだ。もちろん、全く初対面なのに」
「知り合いとかじゃなく?」
「うん。でも追及する前に『なんでもないです』みたいな感じでごまかされて、その時は写真を撮ってきただけ」
俺はポケットからスマホを出して、画像アプリを起動し、あの時の写真を探して二人に見せた。
「「あ」」
俺はその画像のこの手の楯を見せたかったのだけど、二人ともその天使の顔にくぎ付けになっている。
「たしかに知らない子なのに、なんかどっかで会ったことがあるような」
美貴が言っている傍らで、チャコは息をのんでいた。
「私なんか、なんでか心臓がドキッとした。え? なんで? でも、知らない子よねえ」
「それよりも、ほら」
俺はその手の楯が写っている部分を親指と薬指でピンチアウトして拡大して見せた。
「本当だ。バッジの楯と同じだ」
「それで、そのあとは?」
チャコがせかすので、俺はとりあえず画像を元のサイズにした。
「その時はそのままだったけど連絡先聞いておいたので、あとで写真を送ったときに楯のこと、聞いてみたんだ。そしたら」
「そしたら?」
「なんとこのバッジの画像が送られてきたんだよ」
「ってことは、その子もバッジを持ってるってこと?」
「ということになるよな。それで、このバッジのことは『時が来たらお話ししなければならない。また会うことになるでしょう』とか書いてあた」
「なにそれ? じゃあ、この子は何か知ってるってこと?」
「なんかそんな口調だよね」
チャコと美貴は顔を見合わせていた。そしてチャコが言う。
「私たち三人って、みんなこのバッジをなんで持っているのかわからないのに持ってたってことは同じだよね」
「そうそう、どこかで買ったとか誰かからもらったとかそんな記憶も覚えもなくって、気が付いたらいつの間にかあったって感じだし、そうよね」
美貴も同調し、それから俺を見た。
「帰省先やバイト先で会った、バッジ持った人たちもそうだったのよね?」
「うん。みんな判を押したように同じことを言っていたから不思議だったんだ。一人としてなぜ持っているのか知っている人はいなかった。唯一の例外じゃないかと思えるのがこの子」
俺はもう一度、スマホの画像を二人に見せた。
「その後、連絡は?」
チャコが聞く。
「一応LINEのID交換してるけど、連絡はない。あの後俺も帰省とか信州でのバイトとかでバタバタしてたから、特にメッセージのやり取りもしていない」
「でもさあ、なんかこの子の方が私たちに何か伝えようとしてるって感じじゃない? だったら、きっと連絡来るよ」
「時が来たら?」
「そう、時が来たら。それに、こっちからもいつでも連絡はできるのよね?」
美貴に言われて、俺はうなずいた。
「でもなあ、実はSNSのこの子の垢、覗いてみたけど結構中二病入ってるって感じだよ。バッジのことも中二病的妄想じゃなかったらいいけど」
「でも、同じバッジを持っているってことだけは確かよね」
「この子、いくつ?」
美貴が聞く。
「LJKって言ってたから、一個下の高三」
「てことは私たち三人以外はみんな高校生?」
「いや、俺の同級生の彼氏は大学生だな。学年は聞いてないけど。あとは全員高三だ」
「みんな受験生じゃん。集まるのは、なんか来年の受験終わるまで無理かなあ?」
「うん」
俺は少し考えた。
「状況分かんねえしな。まずは進学かどうか。あるいは推薦で早くに決まったり、専学とかもあるし。とりあえず、例の天使ケルブのことも含めて、もう少し様子見だな」
この日の話はここまでということになった。
この後、美貴はバイトがあるというので、ここで解散だ。
美貴の家は私鉄沿線だというので三人でエスカレーターで三階まで上がって、鉄道の駅の連絡通路に出て、手前のJRの改札を通り越したところにある私鉄の改札口まで俺とチャコで彼女を見送った。
JRの改札は今来た方へ戻ることになる。そっちの方へ俺は戻ろうとしたけれど、チャコの家は直進してこの駅の西口の方だということを思い出した。
「チャコの家は、ここからどれくらい?」
「普通に歩いて十分くらいかな? のんびり歩いたら十五分くらいかかるかも」
「そか。じゃあ、明日学校で」
そんな会話を交わしてからチャコと別れ、俺はJRの改札の方へと戻った。




