2 いつか来た町?
ホームから階段を上がった上が改札で、人通りも多い。
すでにチャコと幸野さんは来ていた。
「わざわざ遠くまでごくろうさま」
チャコがおどけて言うと、俺も笑った。
「なに言ってんだよ。こんな遠いところから毎日通っているチャコの方が、よっぽどご苦労さまだよ」
そして隣の幸野さんを見た。
「お久しぶりで」
「ああ、すごい焼けてる」
やはり幸野さんもそこをついてきた。
「あとでわけは話すよ」
「とりあえず食事しながら。まだ早いかもだけど」
チャコが言うので俺は賛成した。
「朝早かったから、もうおなか減ってる」
「そこのデパートのフードコートあるから」
チャコに促されて歩き出した。
改札を出て左の方は、そのまま駅に隣接するデパートの三階につながっているようだ。
その反対の右に行くと私鉄の改札の前を通って西口となる。
「私の家は本当はあっちなんだけど」
チャコが示したのは西口の方だった。
その時俺は、奇妙な感覚を覚えているのに気が付いた。
この駅も、そして通路の窓から見える景色も、ものすごく既視感があるのだ。
もちろんこの駅に来るのは初めてだし、来たことがあるわけがないので気のせいといえばそれまでだけど、どうも不思議な感覚だった。
チャコの家があるという西口とは反対の東口の方へ行く通路の突き当りの左手に、デパートの入り口がある。右に折れると東口につながる階段だ。
デパートの入り口近くにある案内板で、このデパートは都心部にも負けないような八階建てだということを知った。おそらくこのあたりで一番高い建物だろう。
入ったところはデパートの三階で、婦人服や婦人雑貨売り場だった。チャコはそこを抜けて、俺と幸野さんをエスカレーターの方へと連れて行った。デパートの入り口に近い方は上りエスカレーターだったけど、チャコはエスカレーターの反対側まで行き、下りのエスカレーターに乗った。
フードコートは二階にあるらしい。果たしてエスカレーターでワンフロア下っただけで、まずはインドカレーの店舗が目の前に現れる。その前を右に行くと右手にフードコードの客席エリアが広がっている。
客席エリアは広いけれど、店舗はインドカレーの店とあともう一つ店舗があるだけだ。もう一つの店はたい焼きやたこ焼きの店だけれども、いかにもついでにという感じでラーメンやつけ麺、そしてドリンクも販売しているという感じだった。規模はこっちのたい焼き屋の方がインドカレー店よりも大きい。
普通はセンタッキーのようなフライドチキンの店やマグロナルドのようなハンバーガー屋さん、あるいは松野家のよな牛丼の店があってもよさそうだけど、その姿は見えなかった。
チャコと幸野さんはインドカレー、俺はタイ焼きやで特製塩ラーメンを注文し、一つのテーブルについた。同じテーブルで別々の店の料理を楽しめるのが、フードコートの利点だろう。
日曜日だけあって店内はかなり混んでいて、家族連れも多い。家族連れが多いということは、自然に走り回る子供も多いということだ。
いかにも地方都市という感じで、俺が住んでいるアパートや大学のあるあたりと同じ県内だというのが不思議な感じがする。
それぞれの注文したものがそろったところで、まずは食事がてらに雑談から入った。
お約束通り俺はこの日焼けのわけを、幸野さんに話した。
「へえ、農業バイト? そんなのがあるんだ」
初対面の時とは違って、幸野さんもかなり打ち解けている。聞くとチャコとはしょっちゅうLINEや電話で話しているという。
「実はこのバイト先でのことが、今日わざわざ呼び出したことにも関係してくるんだけど」
「え? なになに?」
幸野さんは目を光らせて聞き入っていた。
「ちょっと待って。順番に」
俺は一瞬ためらった。
いちばん最初の天使のコスプレイヤー・ケルブのことを話すには、まず同人誌即売会の話からしないといけない。つまり、俺がオタクだということが一気にばれてしまう。このことは、チャコも知らないのだ。
チャコには逐一報告していたと言ったけれど、実はこのコスプレイヤーの天使ケルブのことだけは、何かと気恥ずかしくて省いていた。
だけどここがいちばん重要なだけに言わないわけにもいかないが、とりあえず最後にということにした。だからだいたい食事が終わったころを見計らって、俺はまず帰省の話から始めた。
帰省先で、自分の高校の女子の後輩の中学時代の友達と知り合ったが、その二人の女の子が例の楯の形をした不思議なバッジを持っていたことから話し始めた。
「やっぱりその子たちも、どうやって持ってるか知らないでいつの間にかあったってこと?」
幸野さんの問いに、俺はうなずいた。
「え? 私たちと同じだね」
幸野さんはチャコと顔を見合わせていた。
「それだけじゃないんだよ」
俺はやはり高校時代の女子の友人の彼氏も、同じバッジを持っていたことも話した。
「でも、持ってたとしてもなかなかそれ、わからないよねえ」
たしかに幸野さんの言う通り、バッジを持っていることを互いに知ったというのも不思議ないきさつだ。
「私たちだってねえ」
チャコが俺を見る。
「私たちだって四月の初めに知り合ったのに、お互いにバッジのことを知ったのは夏休み直前で、それまでそんなの関係なく普通に友達グループの一員同士だったんだもの」
「たしかに」
「で、農業バイトでの話って?」
「実は、一緒にバイトしていた地元の高校生の男子二人が、やはりバッジを持っていたんだ」
「ええ? そういうことってあるんだ。なんかめっちゃ不思議」
「でしょ。ってかそれだけじゃなくて、その二人は俺たちと同じようなパワーも持ってて、もう実際に畑の作物にそのパワーを放射してたんだよ、毎朝」
驚いている顔の幸野さんに、逆に俺から聞いた。
「ところで幸野さんは」
「あ、美貴でいいよ」
「私もとっくにそう呼んでるから」
チャコもそう言うので甘えさせていただいて、
「じゃあ、美貴はあのバイオ・フォトンの実験のその後の結果はどうだったの?」
「私たちと同じくらいの数値だったって」
美貴本人が答える前に、横からチャコが答えた。美貴からはまた質問だ。
「あとの帰省中に会った人たちは? パワーについては?」
「いや、それは聞かなかった」
「ねえねえねえねえ、思ったんだけど」
美貴の口調が変わった。
「みんな一度全員で集まりたいよね」
「でもそもそもみんなどこに住んでるの?」
「後輩の友達は栃木、バイトで会った二人は長野、友達の彼氏だけは東京にいるらしいけど」
「じゃあ、ちょっと厳しいかな? しかもお友達の彼氏さん以外は高校生なんでしょ?」
「うん」
「栃木県と長野県じゃねえ」
俺はそろそろ意を決して、一番肝心な存在の話をしなければならなかった。皆が集まるとなると、その中心になるべき人物がいるのだ。
「実はもう一人いるんだ」
俺が話し始めると二人は「え?」という顔で一斉に俺を見た。




