1 久しぶりの大学
長い夏休みも終わった。高校までだと夏休みが終わってもまだ季節は夏の続きだったけど、大学では本当に秋風が吹くころになって夏休みが終わる。ただその分、休みの始まりが遅かったけど……
信州での農業バイトから帰ってほどなくして、もう大学の授業は始まった。
久しぶりに会う面々、だがその中でも一人、チャコだけでは久しぶりでは済まない状況にあった。
あのバイオ・フォトンの実験で俺とチャコだけが強力なパワーを持っていることがわかり、同時に幸野美貴という女の子とともに不思議なバッジを持っていることが判明して以来、怒涛のように同じバッジを持つ人々が俺の周りに現れ始めた。
まずは大規模同人誌即売会で知り合った不思議な天使、というか天使のレイヤー、そして帰省した折の昔の後輩の中学時代の知り合いや同級生の彼氏、そして信州の農業バイトで共に働いていた男子高校生二人、これだけの人々が同じバッジを持っていたということに何か因縁を感じるし、そういった人たちがまるで糸を手繰り寄せられるかのように次々に登場したのも不思議だった。
もちろんすべてチャコにもその都度LINEで報告していある。
チャコが一番気にしていたのは、最初のコスプレイヤーだ。なにしろ彼女だけは、どうもこのバッジについて何かを知っているようなのだ。
詳しくはチャコと会った時に話そうと俺は思っていた。
だから大学の授業が始まるとすぐにチャコをつかまえようとしたが、それは何の努力も必要なかった。なぜなら。いつもともに行動している仲間が自然と集まるし、その中にチャコも必ずいるからだ。
「みんな久しぶりだなあ」
このメンバーはほぼ似たような授業を履修しているので、初日早々教室前の廊下で嫌でも顔を合わせる。その塊の中にさっそく俺は入って、そう声をかけた。
「おお、山下。元気だったか?」
佐久間が最初に俺に声をかけてきた。
「あれ! 山下! なに真っ黒になってんだよ。海に山にとめっちゃ忙しかったみたいだな」
池田も笑いながらつつく。
「違えよ。信州の田舎で農業生産のバイトやってたんだよ」
「ああ、そんなこと言ってたね。それで日焼けしてんのか。で、どんな仕事だったの?」
野口が聞く。
「キュウリやトマトの収穫とか、出荷とか。とにかく畑が広いからめっちゃたいへんだった。うちの大学のあのグラウンドくらいあるから」
「まじか」
すべてのいきさつを知っているチャコだけは、ただ笑って聞いていた。
それにしても四月の初めはみんな敬称付きで呼び合い、特に最初の最初なんか敬語で話していたこともあったなんて、今から思えばまるで嘘のようだ。今では高校時代の友達以上に打ち解けている。
ただ、俺はとにかくもどかしかった。チャコに報告しなければいけないことが山ほどある。だけどそれは、チャコと二人きりでないと話せない内容だ。
でもここでチャコだけ連れ出すと、とにかく俺とチャコの仲をいろいろと勘ぐっている連中だ。また大騒ぎしていじってくるに決まっている。それが本当のことならばこそこそと隠さないけれど、すべてはやつらの妄想なのだ。
だからと言って、実際のところを話すわけにもいかない。
俺は困惑した表情でチャコに目配せしたときに先生が教室に入るのが見えて、俺たちも慌てて教室に入った。
その日、アパートに帰ってから俺はチャコにLINEした。
――[やっぱ大学で例の話は無理だなあ]
[そうね。いつも池田君たちが一緒にいるものね]
――[俺の部屋……
そこまで打って、俺は文字を消した。
俺のアパートの前までならチャコはしょっちゅう来ている。でも、部屋に入れたことはない。やはり一人暮らしのアパートの部屋に女の子を一人で入れると、言葉は悪いけれど連れ込んだみたいでいやだ。
――[夕方にどこかで待ち合わせするしかないか]
その返事までには少し間があった。
[日曜日とかは? バイトとかある?]
――[しようとは思っているけど、まだ見つけてない]
[私も特に何もないけど]
その時、俺はひらめいた。閃いたら即実行。
――[チャコの住んでいる町まで行っていい? できればあの時にいた幸野さんも、一緒に話を聞いてほしい]
[そうね。幸野さんもいた方がいいね]
――[だろ。で、幸野さんにわざわざここまで来てもらうのも悪いし。幸野さんの家ってチャコの住んでるとこの近くって言ってたよね」
[うん、隣町]
――[じゃあ、集まれるかとか、いつがいいかとか聞いといて]
[了解]
しばらくしてからまたチャコからLINEがあり、次の日曜日で話がついたということだった。
さすがにチャコの家は家族もいるので遠慮されるから、とりあえずチャコの家の最寄り駅で待ち合わせて、適当な店に入って話をすることに決まった。
日曜日は天気が良かった。
もう半袖では肌寒い。
朝の九時四十分にはアパートを出てバスに乗り、最寄りJR駅から快速電車に約三十分乗ると、観光地としても有名な町に着く。そこが終点だ。その先への乗り換えはわずか三分で、その駅を過ぎてからは車窓の風景が一変して田園地帯のそれとなった。
驚いたことに、駅に到着した電車のドアは、俺の田舎の電車と同じように降りる人がボタンを押して開ける式だ。なんだか故郷に帰ってきたような気もする。
チャコはこんな風景を見ながら、俺の田舎を走っているような電車に乗って毎日大学に来ていることになる。この風景がチャコにとっては日常なのだ。
そしてまた約三十分で、チャコの家の最寄り駅だという駅に着いた。今まではずっと田舎の駅にばかり停車してきたけれど、ここは割と大きな駅だった。ホームは二本ある。しかしもう一本はJRではなく私鉄のホームで、ここは私鉄との乗換駅にもなっているようだ。
電車に乗った駅からここまでちょうど一時間、でも十一時の約束だけれど着いた電車は十一時より五分ほど過ぎていた。




