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暁の歌、響け世界に2 《空の巻》  作者: John B. Rabitan
第6部 富士の霊峰
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6 古宮のパワー

 うどん屋は宮内さんと待ち合わせした神社から、歩いて五分くらいのところでだという。

 静かな住宅街の中の平屋造りの何の装飾もない箱のような建物が、駐車場の奥にぽつんと一軒ある。その中央にのれんのかかった入り口があって、それでその建物がうどん屋だとわかった。のれんがなかったらただの建築現場の事務所かなんかのように見えてしまう。入口の脇には飲み物の赤い自動販売機がぽつんとあった。

 店の裏手は草が生い茂る空き地で、この店に入り口前から振り返って見ると、民家の間に富士山が間近によく見えた。

 店内は広く、靴を脱いであがる座敷席とテーブル席があって、宮内も松原も外国人であるエーデルに気遣ってテーブル席にした。

 外はほとんど人の往来もない静かな町なのに、店内は割と混んでいた。

 注文はテーブルの上に設置されている伝票に印刷されたメニューに印をつけて、自分でカウンターまで持っていく。おひやもセルフサービスだ。注文ができたらまた自分で受取口まで取りにいかないといけない。まるで大学の学生食堂のようだ。

 エーデルはこの国のうどんは初めてだったので、宮内たちに勧められるままに肉天うどんを頼んだ。汁に入った麺のほかに肉、そして大きなてんぷらがついてくる。


「おお、グレート!」


 エーデルは思わず声を挙げていた。


「これは何の肉ですか?」


「心配しないでください。豚肉ではありません」


 ルックスからエーデルは白人ではないことはすぐわかり、どこの国の人かなどは聞きそびれていた宮内さんにも中東系の女性だということは分かっていた。だからあえてそう言ったのだろう。


「では牛? 羊?」


「いいえ馬の肉です」


「馬!?」


 エーデルは想定外の答えに驚いていると、宮内は笑っていた。


「この国ではみんな、馬の肉、食べますか?」


「いいえ。この町の独特の文化ですね。ほかにも二、三の場所を除いて、一般には馬の肉は少ないです」


「そうですか」


「それにこの町のうどんは県内でも『ほうとう』と並ぶ名物で、昔は客人をもてなす最高のメニューだったのです」


 たしかに店内を見渡すと、ほかの客は地元の人というよりも明らかに観光客と思われる人が多い。

 エーデルはそんな名物うどんを堪能した。面は少し硬い感じがしたが細く、初めて食べる馬の肉もまあまあだった。

 食器の片付けも返却口へセルフサービスで、支払いを済ませて外に出てから一度神社に戻って、松原の車に乗った。

 エーデルは同じ後部シートで、助手席に宮内さんが乗った。

 車は上下二車線の道を走ってすぐに前方にトンネルが見えたが、その直前の信号をある交差点を右折するように宮内さんは言った。

 曲がった道はぐっと細い道となり、景色もすぐに田園地帯のそれとなった。左手はせりあがって高台となり、右には向こうの丘との間のわずかなスペースに水田が広がっている。すぐに道は細い小川の川沿いとなった。

 こうして神社を出てから三、四分くらいで車は左折し、小川にかかる板だけの橋を渡ってそこの広場に車は停まった。

 降りた時、エーデルは頭がくらっとする思いだった。確かにものすごいエネルギーが充満している。

 広場の左右に小さな赤い鳥居があって、右の方は鳥居の向こうは大きな石碑、左の方は屋根のついた囲いの中に祠があった。しかし、そのどちらも目的地ではないことは、宮内さんから説明されるまでもなくエーデルにはわかっていた。右の石碑はともかく、左の祠からも微細なエネルギーしか発せられていなかったからだ。

 強いパワーはさらに奥の丘のふもとの森の中から感じられる。

 宮内についてそっちへ歩いて行くと、すぐに足元に小さな石の祠があった。三十センチくらいしか高さはなく、鳥居も何もない。


「先ほどのの神社がもともとあったのはこの場所なのです。四百年ほど前に、今の土地に引っ越しました」


 やはり神霊の活動は故地に強く残るものだろうかと思う。たしかに、興味本位で来てはいけないところだとエーデルも思う。

 宮内さんは足元の石祠の前に恭しく身をかがめ拝礼を始め、僧衣姿の松原やエーデルも同じようにした。


 再び車で神社に戻り、そこで宮内さんだけを下ろしてエーデルと松原は帰途に就いた。


「少し遠回りになりますけれど、違う道で帰りましょう。遠回りといってもほんの少し余計に時間がかかるだけですけど」


 松原はそう言って、今度は宮内さんが降りた後の助手席にエーデルを座らせた。


「今度は、左の方が景色がいいですから」


 そう言って発進した車はやはりいかにも観光地という感じの市街地を抜け、自然の中の道に入った。それでも沿道に建物は多い。


「そういえばこの町から、富士山のふもとまでバスが出ていたはずですけど、その道は車では行かれないのですか?」


 今度は助手席に座っているから、松原とも話しやすい。


「行かれますよ。でもあの道は、富士山に登る人しか通らないですね。富士山の近くまでたしかに車で行けますけれど、実は富士山の近づけば近づくほど富士山はあまり見えなくなるんですよ。きれいに見えるのは最初のところだけですね」


 そんなものかなとエーデルは思う。だから、疲れている松原に無理言ってそこまで車で行ってもらう気はエーデルにはなかった。

 それよりも、すぐに道の左側に大きな湖が見えてくるようになった。そのうち湖岸を道は走り、そして湖の向こうにくっきりと富士山が見えた。


「おお、アメイジング!」


 エーデルは大喜びだった。よく見えない富士山の真下まで行くよりも、ここから湖越しに見る富士の霊峰の方がはるかに美しかった。この湖は、三か月前に松原に連れて行ってもらった湖よりもはるかに大きかった。


「この湖が、五つある湖の東から二つ目、つまりこの湖から前に行った西の端の湖までの四つの湖が、太古は一つの大きな湖だったということになります」


 しばらく湖畔の道を走って、いったん湖が終わり、ちょっとした峠道を超えr津、すぐに次の三つ目の湖が始まった。今度はちょっと小振りだ。そこもまた見事に湖畔を道路は走る。

 その湖が終わったら道の左右は例の密林になって、やがて来た時の道と合流した。

 五つある湖のうちの四つ目は婆様の家から歩いていけるくらいのところにあり、そして五つ目が最初に行った、松原のいる寺からすぐの湖だ。

 行きは三十分、帰りは四十分だったので、十分だけ遠回りしたことになった。

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