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暁の歌、響け世界に2 《空の巻》  作者: John B. Rabitan
第6部 富士の霊峰
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3 赤い鳥居の神社

 しばらくは両側を緑に挟まれた国道を車はひた走りに東に向かっていた。特に右側は車の中から見ていてもわかるくらい鬱蒼とした、どこまでも続いていると思うような奥深い密林で、左は緑の斜面が小高い丘となってせりあがっていた。

 だがそのうち、道路全体が高架線になって行って密林の上を跨ぐ形となり、その密林が本当に遠くまで果てしなく広がっていることを目視できた。それは決して平坦ではなくて起伏があり、車の進行で時々低くなったときにそのはるか向こうに例の円錐形の霊峰・富士のお山がはっきりと見えた。まるで巨大な青いピラミッドのようだ。

 再び道が密林の中に入ると、木々に遮られて富士の山は見えなくなった。

 その間、道の両側とも建造物は全くなかったけれど、ほんの時々駐車スペースを持つレストランや休憩所のような建物はあり、多くの車や観光バスが駐車場には停車しているのが見えた。

 ほどなく道の両側の視界が開け、見通しがきくようになった。右側の密林は終わったらしい。

 たしかに松原の言う通り、右側がよく見えるシートに座って正解だった。

 このころから民家やレストランのような建物も道の左右に点在するようになり、遠くの山もよく見える。もちろん右の窓からは富士の山が時々姿を見せるようになり、もはや頭を出しているというふうではなくその全貌がよく見えた。

 そうなると、本当に巨大な山だということがよくわかる。

 そしてエーデルにははっきりと、その山からものすごい霊圧のパワーが発せられているのが感じられた。

 助手席に座っているならともかく、エーデルは運転する松原の真後ろの席にいることになるので、互いの会話は少なかった。

 車が進めば進むほど建造物は多くなり、道路の交通量もかなり増えていた。


「このあたりから、富士登山のためのバスが出ているんですよ」


 松原の言葉に、三か月前に自分が乗ってきて途中下車してしまったバスが、降りずに乗っていた場合の執着地点がこのあたりだったのだということをエーデルは知った。

 高速道路の入り口をスルーして、なんだか大きなジェットコースターや観覧車がある遊園地を見たころには、建物もかなり増えてきた。


「あの遊園地は、いわゆる絶叫系のアトラクションで有名ですけどね」


「セッキョーケー?」


 その言葉の意味がエーデルには理解できないようだったが、彼女は聞き流していた。

 それからあと車が入って行ったのは市街地というにはほど遠いけれど、それでも大きな集落だということは分かるエリアだった。最初はほとんどなかった信号もこの辺りでは増えてきて、車が赤信号で停められることもしばしばだ。

 それでも民家やレストラン、あるいはオフィスか何かの建物はほぼ二階建てで、三階建て以上はまれだ。決して密集してはおらず、それそれの敷地の空間を挟んで建っている。

 そんなカントリー・タウンの中に道は続き、時々信号を左折したり右折して、町を通り抜けたのではないかと思われる頃に、車はあるスペースへと侵入した。

 そこはエーデルがこの国に来てから最初に行ったあの西の地方の広大な敷地を持つ神殿と同じ形の、でも色は真っ赤に塗られて神殿の門=鳥居があった。

 敷地はそんなに広くはないけれど、一般の民家の庭よりかははるかに広かった。

 婆様の家を出てから約三十分、その敷地へ侵入した車はそこでブレーキがかけられた。


「着きましたよ」


 見渡すとそこはわずかな木立に囲まれたいかにも聖域という感じの場所だが、その外界と厳然と区切られているわけではなかった。道一つ隔てて一般の人々が暮らす普通の住宅街で、生活感が溢れている。

 いくつかの石でできた時代の古さを感じさせる宗教的モニュメントもあり、独特の雰囲気もあった、

 その庭の奥に神殿と思われる建物がある。しかし、あの西の神殿のような仰々しさはなく、普通の平屋の古い民家の一面が参拝場所のようになっているだけだ。


「これ、神殿ですか?」


 エーデルは松原に尋ねてみた。


「神殿……まあ、そうですけど、あまりそういうふうには言わないですね。我われは神社と呼んでいます。この国古来の神道の神社です」


 松原は少し苦笑いをしていた。

 建物はちょうど松原が修行をしているという仏教寺院の本殿と同じくらいの規模の小ささだ。


「こちらでお祭りしているのは、あの富士のお山の女神様です。実は」


 松原は少し声を落とした。


「おツル婆様の守護神だそうですよ。だからここの宮司さんも、おツル婆様には頭が上がらないのです」


 西の大きな神殿の神様は太陽の女神さま、そしてここは富士の山の女神様……、


「この国は、女神様、多いですね」


 エーデルの言葉に、松原は笑った。


「そういうわけではないですよ」


 神社の前には屋根のついた手を洗う場所があって、水がめに向かって龍の形をした水道から水が流れ出ている。さらにはまた別の、壁のない柱だけで支えられた屋根のついた舞台のような建物もある。

 そして神社の左側には垂直に並ぶ形で、赤いトタン屋根の平屋の建物があった。こちらは普通の家の羊であり、松原が向かっているのもそっちの方だ。

 エーデルがその後ろをついて行くと、すぐに赤い屋根の建物に着いた。そしてその玄関の前に、一人の頭の白い初老の男性がニコニコしてこっちを見て立っていた。


「宮内さん……ですか?」


 松原が声をかけると、男性はさらにニコニコした。


「あなた方が、おツル婆さんから話が合った方々ですね」


「はい」


「申し訳ない。私の方から声をかけるべきだった。実はこの町では、宮内という姓は非常に多くて、今は私しかいないからよかったですが、町中で『宮内さん』って呼んだら、何人もの人が振り返って返事しますよ」


 男性は今度は声を挙げて笑った。服装は普通の洋服だ。


「この神社の宮司さんも宮内さんだ。今は普段ここにはおられずに、お住まいのお宅の方におられますけど」


 つまり、目の前の宮内さんが玄関の前に立っている建物は、無人のようだ。てっきりこの建物が、宮内さんの家だとエーデルは思っていた。


「おツル婆様からは僧侶の肩が外国の肩を連れて来ると聞いてましたから、私はすぐにわかりましたよ」


 そう言って宮内さんは、エーデルを見た。


「外国から勉強しに来ておられるそうですね。素敵なお嬢さんですな」


 どうもエーデルのことを留学生か何かだと思っているらしい。


「私の家に行きましょうか。歩いてすぐですから」


 宮内さんがそう言うので彼について、松原とエーデルも歩きだした。車はこのままこの神社の境内の駐車スペースに停めておいてだいじょうぶだという。


「着きましたよ。さ、どうぞお入りなさい」


 本当にすぐだった。一分も歩いていない。松原について、エーデルも靴を脱いで玄関から上がった。

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