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暁の歌、響け世界に2 《空の巻》  作者: John B. Rabitan
第6部 富士の霊峰
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1 二つの古文献

 ほんの二、三日の滞在のはずだったが、もう三か月が過ぎていた。

 エーデル姫がこのおツル婆様の家に来たのはまだ梅雨明け前だったが、もう秋の気配が濃厚になっている。


「エーデルさん、デンフォレで頼んでた本、来ましたよ」


 車の音がして、しばらくして玄関に入ってきた松原がそう叫んだのも三か月前。

 エーデル姫は――いや、もはやこの国では「姫」という称号は不要のようだ――エーデルは大喜びで玄関まで走り出た。

 作務衣さむえと呼ばれる僧侶の作業着姿の松原の手の中には、分厚い書籍が二冊あった。


「どうもありがとう、待っていました」


「これで間違いないですよね」


 表紙には英文字で「The KOJIKI」、そして「NIHONGI」と書かれていた。


「OK! ありがとう」


 この本に関しては、エーデルがここに来たばかりの夜、夕食の席でこの国の歴史が知りたいと言ったことに端を発していた。彼女が住んでいたミツライムではそういった類の本はなかなか手に入らない。ネットで調べても、断片的なページしかヒットしない。

 あのGreat teacher Mr.Wikiyでもこの国の歴史はごく簡単に触れているだけで、しかも彼女が一番知りたい太古史に関しては、考古学的な見地に基づくごく簡単な記載があるのみだった、

 だから、この国の歴史、特に太古史がわかる本がほしいと婆様に言った。婆様の息子さんがすぐに松原に相談してくれた。

 松原はさっそく二冊ほどの本を持ってきてくれた。だがそのうち一冊はこの国の言葉、しかも古代語で書かれていて読んでも全く意味が分からなかった。もう一冊に至ってはすべてが隣の国の文字で書かれている。


「これらの古文献は、古代の時点で書かれた歴史の本です。


 そう言われても、エーデルにはお手上げだ。


「せめて英語で書かれたものはないですか?」


 まさかアラビートゥやイブリートゥで書かれたものはないだろう。英語ならあるかもしれないし、この国の古代語で書かれたものよりはましなはずだ。

 松原はさっそくスマホで調べてくれていた。


「英訳、ありますね。高いですけれど」


 松原が見ていたのは世界的規模の有名な通販会社であるデンス・フォレスト社のこの国の法人のページだ。エーデルにとってもおなじみの社名だったが、松原たちはその社名を短く「デンフォレ」と呼んでいた。

 値段を見るとたしかに高い、一冊はハードカバーで一万円もする。もう一冊はペーパーバックだけれどやはり三千円以上だ。つまりハードカバーは四百ポンド、ペーパーバックでも千三百ポンドはする。目の玉が飛び出るような金額だけれど、カードで買えば支払いはスメル協会が持ってくれていることになっている。

 だから、松原がスマホを捜査して注文を申し込む捜査をしてくれているが、支払いはエーデルが自分のカードにしてくれと、カード番号を教えていた。

 その「デンフォレ」から商品が届いたという。それにしても、今彼女が滞在しているおツル婆様の家のある集落が鬱蒼とした「デンス・フォレスト(密林)」の中にあるのだからおかしなものだ。

 そしてその二冊を読むのに、三か月もかかってしまった。

 もちろん、彼女がこの家に三か月も滞在することに、婆様はなんら不快なそぶりも見せず、むしろ歓迎していた。婆様の息子夫婦も、エーデルには親切だった。


 本の内容はおもしろかった。「The KOJIKI」の方は物語的記述で、話も興味深く、引き込まれるように読み入った。もう一方の「NIHONGI」は事務的な記録で、書かれている内容は「The KOJIKI」とほぼ同じだが、「諸説」も併記したりして、客観的な記載に思われた。

 ただ、彼女の気を引いたのはいちばん最初の方、そのあたりは「神話」で片づけてしまっていもいい部分だが、天地創造についてごく簡単に書かれている。それはモーセの「トーラー」の第一章や第二章に当たる部分だが記載は実に簡素だった。むしろそのあとのこの国がいかにして生まれたかの話の方がおもしろい。

 この国に来て最初に行ったあの西の方にある大きな神殿で祀られていた太陽の女神さまも登場した。ギリシャ神話に通じるところもある。

 だが、何か物足りなさを感じるエーデルだった。


 そして秋風が吹くころ、つまり、エーデルがこの二冊の古文献を読み終わったあとで、その胸の内を食事の席でおツル婆様にエーデルは告げた。

 なんと、婆様はそれを聞いてニコニコ笑ってうなずいていた。


「そうだろう、そうだろう」


 婆様ほどの人が肯定するのだから。自分の疑問は当然なのかとエーデルは嬉しかった。婆様はさらに続けた。


「その二冊の本はこの国の人なら誰でも知っている有名な古文献だけどもな、こと天地初発や神代のことに関してははっきり言ってダイジェスト版といってもよいのです」


 エーデルの目がさらに輝いた。


「ではもっと詳しい文献があるのですか? 我われの民族にはモーセという聖者の著した『トーラー』という書物の最初の『ベレシート』の冒頭に通じるものがあるのです」


「ああ、それは」


 一緒に食事の卓についていた婆様の息子が話に入った。


「わが国ではキリスト教の『旧約聖書』の『創世記』という形で知られていますね」


 エーデルが少し怪訝な顔をしたので、息子はその部分だけ英語で言った。


「おお、Old TestamentのThe Genesisですね。その通りです。それと同じくらい詳しいものがありますか?」


 すると、婆様は突然高らかに笑いだした。


「いやいや、あれもかなりダイジェストですね。『神』は七日でこの世を創造あそばされた、そう書いてありますよね」


「はい。そのとおりです。驚きました。よくご存じですね」


 婆様はさらに笑っていた。


「実はあれは実際の七日ではなく、七つの段階ということで、その一日が実に何万年もの時間なのです」


「そんな文献がこの国には?」


「あります。我が家にも」


 ただ驚くエーデルを前に、婆様はまだ笑っていた。

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