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暁の歌、響け世界に2 《空の巻》  作者: John B. Rabitan
第5部 農業バイト
33/66

8 秋までのDistance

 それから毎日、今までよりもさらに三十分早く起きて、大翔君や佐藤君らとともに畑や作物にパワーを放射する日々が続いた。

 たしかに自分の手のひらから何かがが出ているということは目には見えないけれど、すごくエネルギーを感じる。

 アニメなどの異能力は相手に向かって放射すれば自分のエネルギーは消耗され、あまり使いすぎると最後は体力までなくなってへとへとになるものだ。でもこのパワーは逆だ。

 そのことを、大翔君にも言ってみた。


「ふつう、生体エネルギーは相手に放射したらエネルギーの消耗を感じるもので、アニメとかでもパワーを使いすぎて体力もなくなって倒れるなんてシーンがよくあるのに、このエネルギーは逆だね」


「そうでしょ、そうでしょ」


 大翔君もうれしそうだ。


「パワーを相手に送れば送るほどどんどん新しいエネルギーが入ってきて、体力を消耗するどころかますます元気になりますよね」


「そう、元気になるし気分も爽快になる」


 佐藤君も同じ意見だった。


 こうして作業の前に不思議な異能力の世界を味わった後、元気溌剌で一日の作業を務めた。

 でも、そんな日ももう終わりに近かった。そして彼らとの日々はあっという間に終わった。

 彼らは高校生だから、九月には新学期が始まる。結局彼らとここで同じ部屋でともに暮らしたのは十日ほどだった。

 俺は九月いっぱい大学は休みだから、あと二週間はここにいることになる。

 最後にもう一度、それぞれのバッジを出して並べてみた。それは全く同じものだった。

 そういえばあの天使のレイヤーのケルブが、このバッジの真相を知っているようなことを言っていた。いつかはそれを話してくれるとのことだった。


「実はここに来る直前に不思議な女の子に会ってね。同人誌即売会で天使のコスプレやってた高校生の女の子だけど、その子もこのバッジを持っていたんだ。で、このバッジの正体をどうも知っているようで、時が来たらそのことを話してくれるって言ったから、そのときは連絡するよ」


「ぜひ!」


 大翔君の目も輝いていた。佐藤君もうれしそうだ。


「なんだか話がアニメチックになって来たけど、そういうの嫌いじゃないです」


 こうして俺たちはLINEのIDを交換して別れた。


 それからの日々は、俺は、一人でも毎日早朝に畑に出かけて、キュウリさんや、そのあと収穫の始まったトマトさんに励ましと愛情の言葉をかけながら、手のひらからの生体パワーを送る日課をつづけた。

 部屋は一人になると寂しいので、先輩の根岸さんや谷口さん、土田さんの部屋に、ベッドが一つ空いているというので移った。

 今までのルームメイトの二人は高校生で俺が最年長だったけど、今度はみんな大人の人たちで俺が最年少だ。でも、みんな気のいい人たちだったので安心だった。

 土田さんと谷口さんはバイクで来ていたけれど、根岸さんは車だった。

 日曜日には駅の反対側にあるけっこう広い敷地の城跡の公園にみんなで根岸さんの車に乗り合わせて出かけたりもした。城門以外は白の建物は全く残っていないけれど、ところどころに石垣があることで城跡を思わせる緑に覆われた公園だ。

 観光地としてもかなり有名だそうで、たしかに多くの観光客がいた。この公園の崖の上の展望台から見下ろす雄大な川の流れは絶景だった。

 昼は駅前のそば屋で名物のそばを食べ、また先ほどの公園の入り口近くにある日帰り温泉の施設で温泉に入ったりもした。

 次の日曜日、俺がここで働く期間の最後の日曜日はちょっと遠出して、俺が新幹線を降りた町、避暑地のリゾートとして有名な町へも繰り出した。

 夏休み中よりは人も減ったというけれど、それでもものすごい人の出で、いちばんのショッピング街は身動きも取れないほどだった。建物も高原風のメルヘンチックな店が多い。

 ただ、いかにも地元の農業青年というふうの男四人ではどうにも場違いで、早々にそこは後にした。そして観光客に混ざって有名な滝を見たり、火山の噴火による火山灰でできた奇岩の広がる公園に行ったりもした。

 駅の反対側には巨大なアウトレットもあるとのことだったけれど、これまた男四人には無縁の存在なのでパスした。

 農場から車でわずか三十分の距離なのに、本当にこんな田舎の地方の真ん中に東京が引っ越してきたような不思議な空間だった。


 そして二週間もあっという間に過ぎ、俺は大学のそばのアパートに帰る日が来た。高原の町にはもう秋風が吹き始めているような感じがする。でもおそらく東京や俺が今住んでいる町などはまだ夏の続きで、秋までには距離があることだろう。

 根岸さんが車で駅まで送ってくれるというので、その車に乗り込んだ時、おじさんは何度も俺にお礼を言ってくれた。


「ありがとう。おかげで助かった」


 それから小声でつぶやいた。


「ウチの大翔がやってたけど、山下君も同じことをしていてくれたんだね。俺は野菜さんには堆肥による土作りに加えて愛情と言霊を与え続けてきたけれど、さらにプラスして生体エネルギーがとても大切だってわかった。俺にはそんな力もねえし、できないけど、また大翔に来てもらおうと思っている。いや、本当にありがとう」


 もしかして俺は、すごい力を手にしているのでは中と、ふと胸のバッジにTシャツの上から手を当てるのだった。



(「第6部 富士の霊峰」につづく)

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