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暁の歌、響け世界に2 《空の巻》  作者: John B. Rabitan
第5部 農業バイト
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5 おじさんの境遇

 予想通り、毎日が過ぎるのは本当に早かった。

 あっという間に一週間がたって、最初の休日となった。午前中はずっと部屋のベッドで寝ていた。目が覚めると、テレビはないのでスマホをいじって、世間の情報とかを手に入れていた。

 午後は近くに割と大きな寺があるので見に行こうと、大翔君が誘ってくれた。俺は快諾し、大翔君や佐藤君と三人で連れ立って出発した。

 最初は農場の脇の車が走るような道を左手に他家の畑を見て歩いていたけれど、五分くらい歩いて左に折れた道は細い道だった。そこに民家が二、三軒あったけれど、農場の「ハウス」からすればここが隣家ということになる。

 しばらく行くと道はずっと細くなり、一応舗装はされているけれど車は通らないだろうと思われるような林の中の道となってそこを進んだ。

 すぐにぱっと視界が開け、レタス畑の中を道は続く。見晴らしがよく、盆地越しにはるか遠くに横たわる山脈がよく見える。

 一度だけ二車線のちゃんとした車道に出てそこを歩いたけれど、時々思い出したようにしか車は走っていなかった。

 すぐにまた道は折れて背の高い青々とした草が茂る空き地やレタス畑の中を歩くうちに、寺の伽藍配置図の看板が見えた。

 ここに来るまでに見た民家は、あの最初に見た二、三軒の家だけだった。

 そこまで約三十分、歩きながら大翔君から、あのおじさんについていろいろと話を聞いた。


「叔父さんは僕のお父さんの弟なんだけど、親戚の中でも変わり者でしてね」


 その話によると、元は県庁所在地の市の方で会社勤めのサラリーマンをしていたらしい。でもバブルが崩壊したころに、まだ若かったおじさんは会社を辞めて今の畑を購入して、奥さんと一緒にここに移り住んできたのだという。そして当時はまだ珍しかった有機農法を始めて、最初はなかなかうまくいかないで苦労したみたいだけど、試行錯誤を繰り返してなんとか有機農法による農場経営を軌道に乗せたということだ。


「叔父さんが苦労していたって頃は僕はまだ生まれてなかったから、この農場の主人として羽振りのいい叔父さんしか知らないんですけど」


 大翔君はそんな話をして少し笑った。

 やがて三門が見えてきた。三門といっても二階の部分などない小さなものだったけど、石段を上った上の境内だけはやたら広かった。それでも、寺の建物は三つしかなかった。小さな本堂と観音堂、そしてこれもまた小さな三重塔がただ広いだけの境内に点在している。

 背の高い杉木立に囲まれている境内は蝉の声だけがけたたましいけれど、人は一人もいなかった。ここは全く観光地化されていないらしい。

 境内には三本ほどの太い幹がひとまとめになってしめ縄が張られ散る巨大な杉の木もあり、「神代杉」という看板が立っていた。その周りには、直接触れないようにと柵があった。

 本堂自体はかなり古いということは分かるけれども、その小ささはそこら辺の町中のお寺と変わらない。それでも境内が広いので、「大きなお寺」ということにはなるのだろう。

 案内板によると寺の創建は用明天皇の時代というから、由緒はかなり古い。用明天皇とはたしか厩戸王の父だから、飛鳥時代ということになる。もちろん建物はその時のものではないだろうけれど、建物が小さく少ないのに境内がだだっ広いのは、創建当時はもっと巨大な寺のお堂がかなりたくさん並んでいたからかもしれない。

 ほかに源頼朝や松尾芭蕉も参拝したという本堂で一応お参りして、少しゆっくりしてから俺たちは帰途に就いた。


 おじさんの境遇は、次の日からも作業をしながら、おじさん本人の口から時々語られた。

 このころになると、最初はなんだか壁があるような感じだった長期の先輩作業員ともいろいろ打ち解けて話をするようになった。

 皆大学をすでに卒業しており、一度は就職したけれども辞めた土田さん、最初から就職もせずにアルバイト生活を続けていた谷口さんなどいろいろだ。

 最年長の三十歳の根岸さんは本気で有機農法の農場経営を志しており、その修行のために来ているという。

 そして肝心のおじさん――吉田さんだが、大翔君の話の通りもともとはサラリーマンだったけれど、まだ二十代の時に会社を辞めてこの土地を購入して農業を始めたのだという。


「あんときはバブルがはじけて会社は倒産、俺のような若造は真っ先に首切られた。でも、今から考えればそれが幸いだったんだよな」


 作業の休憩時間に畑のへりの思い思いのところに座って休んでいると、近くの木材の上におじさんは座って、遠くを見つめるような眼で俺たちに話してくれた。


「今ここに来てる土田君や谷口君とちょうど同じ年ぐらいだった。前にいた会社は食品の輸入を手掛ける商社の子会社だったけれど、だからこそその当時の日本の食料自給率の低さに唖然としたもんだ。こんなに外国に頼っていては、何かあったときに大変なことになると思ったんだ」


 大変な時代だったんだなと思う。


「そんな時バブルがはじけて会社も倒産して、俺はここで脱サラして農業始めようと思った。脱サラっていうとかっこいいけんど、実際は失業したから職探しだべ。俺たち夫婦にはその時子供がなかったから、今もいねえけど、ある程度は気軽なものだった。この土地も、ほとんど作物もできなくなった土地だってことで、バブルがはじけたこともあってかなり安く手に入れたんだ」


 その時は話はそこまでだった。だが、話には続きがあった。

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