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暁の歌、響け世界に2 《空の巻》  作者: John B. Rabitan
第5部 農業バイト
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2 土作りは人造り

 

 そのうち、おじさんが戻ってきた。

 おじさんは俺たちの座るテーブルのそばに立って、話し始めた。


「では説明を始めっべ。おらが、いや、私がこの農場を経営する吉田だけんどよ、みんな“おじさん”としか呼ばねえから“おじさん”でいいよ。“お兄さん”でもいいんだけどもよ」


 いやいや、それはちょっと無理があるでしょ。


「で、だいたいのことは、佐藤君は大翔はるとから聞いてっかな?」


 おじさんの甥っ子のクラスメイトは、佐藤という名らしい。その佐藤君は静かにうなずいた。


「まあ、だいたいのことは」


「そっか。で、山下君は全く初めてだよな」


「はい」


「うちの畑は、あとで見てもらうけど、それで見てもらったらわかると思うけど、とにかくだだっ広い。俺と女房の二人ではとても収穫や出荷は無理で、それでいつも毎年この時期に人を雇っている。半年ぐらいいてくれる長期の人が三人、これは後で紹介するけど、ほかに夏休みだけ学生さんにも来てもらってるんだ。それが大翔に加えて今年は佐藤君と山下君に来てもらった」


 おじさんは一気にしゃべる。


「そんで、うちのやり方はちょっと特殊でな。徹底した無農薬の有機農法、これが一点。でもそれだけじゃなくて、作物に愛情をかけ、時には言葉をかけている。キュウリさんもトマトさんもレタスさんも、みんな意思があって心があって魂があんだ。作物だけじゃねえ。畑さん、土さんもそうだ。作物は人間が作るんじゃねえ。土さんが、つまり自然がはぐくんで育てる。人間はその手伝いをするだけだ。人間が作物を作ってるなんて思いあがった考えは捨てるべえよ。自然は至って善,至善なんだよ」


 かなり熱が入った演説のような内容だけど、おじさんはそれを淡々としゃべるので押しつけがましくはなかった。ただ俺としては、初めて聞くような考え方なので少し驚いていた。でも、一つ一つが納得できる。


「ま。ご託並べててもしょうがねえから、実際に畑を見てもらうべ」


 おじさんがそう言うので、俺たち三人はおじさんについて外に出た。

 畑は歩いてすぐだった。木々の間の土の道を少し歩くと、視界がぱっとひぃらけた。

 あまりのその広さに、俺は思わず息をのんでいた。その中央の土の通路を、おじさんは歩いて行く。俺たちもそれについて行くと、何やら四角い木の囲いがいくつも並んでいるところがあった。

 あたりを見回すと、またこれが雄大な景色である。畑のふちはそこだけ背の高い針葉樹が一列に並んでいて、まるで北海道の原野のようだ。北海道には行ったことがないけど。

 そして背後は例のわずかに煙を噴く山が、その雄姿を見せて俺たちを覗き込んでいる。ほとんど木々はない山のように見える。

 おじさんは人の背丈ほどもあるその木の囲いをぽんぽんと叩いて、俺たちの方を向いた。


「山下君、これは何かわかるかい?」


 そう聞かれても、木の囲いの中はどうも土のようなものが詰まっているようにしか見えない。


「なんか、いい匂いがしますね」


 ただの土の香りというよりも、微かに芳香を放っている。


「これは堆肥たいひだよ。畑の肥料、肥やしだね」


 話によると有機農法ということで、化学肥料は一切使わないということだったが、肥料は使うらしい。


「化学肥料とは違うんですか?」


「いや、全然違う。化学肥料は使わねえから有機農法なんだよ」


 おじさんは笑いながら、説明を続けてくれた。


「これは自然の肥やし。有機農法は化学肥料とか農薬とかに頼らないで、自然の力だけでやる農業だ。そのために大事なのはまず土作り、そして土作りは堆肥作りから始まる。君たちも明日からまずはこの堆肥作りから始めてもらう。これはもう完熟してるからいい香りがするけれど、最初は大変だぞ」


 さらにおじさんは愉快そうに笑う。おじさんの甥っ子という大翔君はよく知っているようで、やはりにやにや笑っている。

 ほかを見渡してみると一面のキュウリ、そして向こうの方はレタスといかにも高原の畑という感じだ。


「この土みたいなのが野菜の栄養になるんですか?」


 俺は聞いてみた。


「そういうことじゃねえんだな。追々(おいおい)話してくけど、この堆肥を土の中に埋めると土の中のたくさんの微生物さんたちがこの堆肥を食べて活発に活動してくれて、そんで土を柔らかくして肥えた土にしてくれるんだ。こうして土が作られていく。その土が野菜を育てる。決して人間が野菜を作るんじゃねえ。まずは土を作る。その土が作業する人をも育ててくれる。だから土作りは人造りでもあるんだな」


 そのあと、畑で作業していた五人ほどの若者を、おじさんは呼んだ。皆二十代くらいの男性ばかりだ。


「この農園で長期で働いてもらってる人たちだ。みんないい人だから仲良くな」


 たしかにみんな笑顔で名を名乗ったけれど、一度で覚えられるはずもない。

 俺と佐藤君も簡単な挨拶をした。大翔君はもう顔見知りのようだ。

 実地の見学はとりあえずそれだけということで、俺たちはロッジの集会室に戻った。

 そのあとは、実務的な話だった。作業は時間で区切り、時給は九百円。ほかの一般的なアルバイトと変わらない。でも住居費と食費はとられないから、それを考えるとかなり高給かもしれない。

 週に一回は休みだから、ここでゴロゴロしていてもよし、近くに観光に行ってもよしということだった。

 ロッジの中は今いる集会所が食堂でもあり、入り口をはさんで反対側が寝室だ。

 俺たち三人で一部屋で、ベッドが三つあった。ほかの部屋は先ほど畑で会った長期の従業員の部屋だそうだ。

 その中間の、入り口のところへ二階に上がる階段があって、その階段の上はおじさん夫婦のプライベートエリアだから上がらないようにとのことだった。

 夕食は五人の長期の人と俺たち三人がともに食堂で取った。談笑しながら和気あいあいと楽しい食事だった。



 夕食後の行動に制限はなかった。

 だからといって外に行ってもそこは果てしない大自然があるだけでコンビニもないし、自販機もない。町に行くにも交通手段はないし、結局どこにも行けない。


「夜、外に出るのは自殺行為ですよ」


 そんなことを大翔君も言う。


「タヌキさんとかサルさんとか、イノシシさんもいますし、ひどいときにはクマさんも出ます」


 小学生じゃあるまいし、なんでいちいち動物に敬称つけるのだろうと思っていたけど、外出することに関してはその言葉に従った方がいいようだ。だいたい外は真っ暗で何も見えない。

 だから室内で話をするか、スマホをいじっているしかない。だが、案の定、Wi-Fiなど飛んでいない。だからあまり使いすぎるとギガが足りなくなる。

 この日はとりあえず旅の疲れもあって、俺は早々に寝ることにした。


 こうして俺の農業バイトの第一日が暮れていった。

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