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暁の歌、響け世界に2 《空の巻》  作者: John B. Rabitan
第2部 バイオ・フォトン
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4 レストラン「BORDERLESS」

 取り残された俺たちは、まずこれからどうするか考えた。


「さて、いつもの第二食堂はもう閉まっている」


 佐久間がチャコの背中を見送りながら俺たちの方を向いて言う。


「第一食堂なら遅くまでやってるけど」


「でも、あっちまで行くのもなあ」


 野口が言うのももっともで、第一食堂がある櫻会館はだだっ広い大学構内のずっと奥、体育館やグランドがあるあたりだ。


「あ、待って!」


 野口が突拍子もない声を挙げた。


「大学の食堂って、たしか授業のある日しかやってなかったんじゃ? もう夏休みなんだから、どっちもやってないよ」


 そういえば確かにそうだ。

 そこで俺は、大学の門から大通りを信号のある横断歩道を渡った向かい側にある洋食屋を指さした。


「あそこでいいいじゃん」


 ビルの一階に入ったガラス張りの壁のその店には、「BORDERLESS」と英文字で店名が表示されていた。隣はバイク屋さんだ。

 大学の真ん前にあるということは、この大学の学生をターゲットにしていることは明らかだ。俺も何度か言ったことがある。毎日毎日学食では飽きてしまうからだ。だが、そうしょっちゅう行くと貧乏になるので、たまにしか行ったことはない。

 昼はいつ行ってもうちの大学の学生しかいないという感じで、まるで学食の第三食堂といった感じだ。

 俺たちが入ると、まだ時間も早いせいかそれほど混んではいなかったけれど、やはり客はほとんど俺たちと同じ学生だった。

 店内はしゃれていて、食堂というよりカフェ・レストランといった感じである。だから女子学生だけのグループにも人気がある。

 もう少し時間が遅くなると、食事よりもワインやカクテルを楽しむための学生グループが来るだろうけれど、俺たちは残念ながらお酒は飲めない。池田と野口は一浪して入ってきたのだが、まだ誕生日が来ていない。

 一応全員が成人には達しているけれど、成人なのにお酒が飲めないという中途半端な年代なのだ。

 俺はここの名物のボーレス丼を頼んだ。この店のオリジナルの看板メニューで、茄子と豚肉の味噌で炒めたものがご飯の上に乗っている。キャベツやピーマンも少し加わっている。大丼を頼んだのでかなりのボリュームだ。俺と野口は同じボーレス丼で、佐久間はフライドチキン丼、池田は韓国風のカルバ飯を注文した。


「なんかもっと胡散臭いところだと思ってたけど、まあちゃんとした科学研究所のようだね」


 料理を待つ間、池田が水の入ったグラスを片手に切り出した。


「ただちょっと研究所にしては小さいし、あまりきれいじゃなかったね。まさかアパートの一室とは」


 佐久間も言う。俺は半分同調しておいた。


「まあ、あんなものだろう。でも、あの機械だけはすごかったよな」


 バイオ・フォトン測定器のことだ。


「でもさあ」


 佐久間がにやりと笑った。


「あんなふうに座ってキュウリに手を向けてただけで一万円もらえるなんて、結構いいバイトだった」


「俺に感謝しろよ」


 やはり薄ら笑いで野口が言う。


「何言ってんだ。おまえの家のポストにチラシが入ってたってだけのことだろ? しかも、一人で行く度胸ねえから、俺たちを巻き込んだだけじゃん」


 佐久間が笑う。池田が口を挟む。


「巻き込まれて一万円」


「「「それな」」」


 皆、一斉に笑った。


「でも三十分は結構きつかったぜ」


 池田がそんなことを言って研究所の話で話が盛り上がっていうちに料理が来た。

 俺はこのボーレス丼は当然入学してから初めて食べたのだが、たちまち病みつきになった。全体にかかっているたれが味噌ベースというのがいい。


「ところで、山下。朝倉とはやっぱどうなんだよ?」


 佐久間はフライドチキン丼を時々口に運びながら、俺を見て言う。


「またその話かよ」


 俺は苦笑。


「なになになに?」


 ほかの二人も興味深げに聞き耳を立てる。


「おまえなあ、みんながいるところでその話蒸し返さなくてもいいだろ」


 俺には佐久間が悪魔に見えた。だが、ほかの二人はにこにこ笑って、食事の手は止めないまでもほとんど身を乗り出しているような感じだ。


「俺たちも気になってたんだから」


 池田もまたそう言う。


「だからあ」


 ほとんど恋愛脳のこいつらには何を言っても無駄のようだ。俺の言葉をさえぎって、池田はインテリ顔のまままだ続ける。


「思うに、朝倉さんの方は完全にその気だと思うよ。でも、自分からは言い出せなくて、お前がコクって来るの、待ってんだよ。それがいつまでもうじうじしてると、ある日突然『この鈍感!』とか言って背中をばんと押して走って行っちまうぞ。そうなる前に壁ドンでも何でもしたれ」


 そんなシーンは俺もよく見る。見ると言ってもそれはあくまで二次元の中でだ。リアルの世界で見たことなどない。だから俺は池田に言ってやった。


「それ、アニメの見過ぎだろ」


「残念。俺、アニメとかは見ない人」


 じゃあ、実写ドラマか? でも今度は俺の方が残念。俺は実写ドラマはほとんど見ない人だ。


「とにかく、好きな子を手に入れようとコクったり壁ドンとかって、そんな獲得作戦とか攻略法なんて高校生のやることだ。恋愛はゲームじゃねえんだよ。気が付いたらいつの間にか隣にいたってのが本当じゃないか?」


 言っていて俺は、自分が歯がゆかった。だって、ついこの間まで高校生だったくせにという感じだ。でも、そのついこの間(・・・・・)がなんだか遠い過去のようにも感じる。


「まぁなぁ」


 野口が間延びした相槌を入れる。


「僕も片割れさんとは、気が付いたら隣にいたって感じだったよなあ」


 野口は自分の彼女を片割れさんとかいう。自分の片割れという意味だ。もしイケメン野郎がこんなこと言ったら気障きざだけど、とぼけ顔のひょろひょろ野口が言うとあまり嫌味に感じられない。

 野口の彼女を俺たちはあまり知らないが、顔は見たことがある。同じ大学の一年生だけど学部が違う。たしか教育学部だったような気がするけど、よくは知らない、野口とはサークルで一緒で、それでカップルになったらしい。

 野口が今回のハンドパワーの実験の話を持って来た時、自分の彼女はなぜ誘わないのかと当然その時点で俺たちは野口に聞いた。すると、野口の彼女は夏休みになると同時にさっさと帰省してしまったのだそうだ。新潟とか長野とかどっかそっちの方だったと思うけど、気にしてなかったので忘れた。


「まあ、とにかくいろいろ言ってくれても、俺にその気がないんだから。朝倉はただの友達!」


「おまえさん、田舎に彼女がいるとか?」


 野口が聞く。俺は顔の前で手を振る。


「いないいないいない」


 ふと、高校の後輩の宮﨑愛菜(あいな)の顔が浮かんだけれど、あの子が俺に好意を持っているらしいことを人づてに聞いているだけで、別に彼女でも何でもない。


「なんか怪しい。高校の後輩?」


「高校生?」


 野口に続いて、同級生だけれど浪人したせいで一つ年上の池田が少し驚く。


「それ、犯罪。ってかロリコン?」


「いやいや」


 佐久間が割って入ってくれる。


「山下は現役だよ。田舎の彼女が高三なら一個違い、年は離れてないよ。それに今では、高三で誕生日が来てたらもう未成年じゃないし」


 なんだかこいつら、勝手に盛り上がってる。もう放っておいて俺はボーレス丼の美味に浸ることに専念することにした。

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