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015 すれ違う悪鬼

 



 クラリッサの家を出たシルキィとフウカは、彼女に案内されて闇市を訪れていた。


 まだ朝だからか、客も店もまばらである。


 数少ない商人たちは、地面に布を敷いて、その上に様々な商品を並べていた。




「武器や本、薬草、食べ物に、呪物とかいう怪しい物体まで。色々売ってあるんだね」




 初めて訪れるシルキィは、興味深そうに商品を眺める。


 しかし商人は顔つきの悪い人間ばかりで、一人で来ていたら怖くて近づけなかっただろう。




「金があれば、プレゼントの一つでも買っておきたかったが」


「誰に渡すの?」


「シルキィだよ。出会えた記念に」


「ふふっ、出会えた記念かあ。何かかっこいいね、それ」




 シルキィの疑いが晴れたら、二人でこういう店を回ることもできるかもしれない。


 そんな平和な日々を夢見ながらも、彼女たちはある店の前で足を止めた。




「おっさん、元気してる?」




 クラリッサが店主に声をかける。


 顎髭を長く伸ばしたその男は、商品の壺を磨くのを中断して顔を上げた。




「あぁ? 何だ、クラリッサか。相変わらず顔色悪ぃな、薬はほどほどにしとけって言ったろ」


「売ってる人間が言うセリフじゃないって」


「どうせサミーが死んでから量を増やしたんだろ、じきにお前も死ぬぞ」


「どうせ娼婦なんて長くもたないんだから構いやしないよ。それより、この二人が聞きたいことあるんだってさ」




 店主は睨むように、ローブを纏い、フードを深く被ったシルキィたちを見る。




「誰だよ」


「知らないほうがいいかも」


「厄介事か。俺だって忙しいんだ、あんまり巻き込むなよ?」


「わーってるって。ほらシルキィ、聞いてみな」




 クラリッサに促され、シルキィは懐から鞘に入ったナイフを取り出し店主に見せる。


 クリドーの部屋から発見された、本物の(・・・)シルキィのナイフである。




「いいナイフじゃねえか。これがどうかしたか?」


「ここに売ってあるの、これの偽物なんだよね」


「さあどうだろうなあ、俺は安く仕入れた本物ってことで商売してるが」




 並べられた商品の中に、見た目がそっくりのものが混ざっていた。


 おそらくこれが、フウカの言っていた贋作のナイフだろう。




「最近、青い髪の男にこれを売らなかった?」


「青い髪ねえ……」


「ほら、アタシが前に愚痴ったことあるでしょ、また碌でもない男にサミーが入れ込んでるって」




 クラリッサがそう話すと、店主は何かを思い出したらしい。




「ああ、冒険者やってるっていう男か。冒険者で青髪……なら確かに買っていったな。そうだ、思い出した。女へのプレゼントにって、呪われたペンダントを買ったやつだ」


「呪われた……?」




 シルキィの横に立つフウカが、険しい表情で反応した。


 すると商人は何が楽しいのか、歯を見せて笑いながら話す。




「あの男、まだ生きてるのか? それとも呪いの餌食になっちまったから、行方を探してるのか?」




 クリドーの次にペンダントを受け取ったのはサミーだ。


 もちろん商人はそれを知らないが、クラリッサが憤るのは当然である。


 彼女に無言で睨まれ、商人は肩をすくめる。




「おっと、もしかして余計なこと言っちまったか」


「サミーはそのペンダントを奪われて殺されたんだ」


「つうことは、サミーに渡すためにあんな安物買ったのかよ。そんなに価値があるものだったのか? ああ言っておくが、売ったのは俺じゃないぞ。ちょうどうちの斜め前で店を出してるやつだ。今はいないけどな。曰く付きの装飾品を手に入れちまったっていうんで、早々に手放したがっててな。何も教えずに安値で売っぱらったらしい」


「そんなものを渡されて……それを奪うために、サミーは……」




 右手で左の袖をきゅっと強く掴み、唇を噛むクラリッサ。


 彼女の心情を察するシルキィだったが、今は商人からさらに情報を引き出すことを優先する。




「呪いって、どんなものだったの?」


「あの手のブツにはよくある話さ。過去の持ち主は、全員死んじまってるらしい。しかも、それはもう悲惨な死に方をしたらしいぞ。そんで、被害者の血が染み込んで宝石が赤くなった、って噂だ」


「その理屈だと、ペンダントを売った商人も死んでしまうはずだが」


「そうなんだよ!」




 フウカの指摘に、商人は嬉しそうに声を跳ねさせる。




「二日前から闇市に顔を出してないんだ。ひょっとして呪いに殺されたんじゃねえのってもっぱらの噂だ!」




 シルキィとフウカは、何が楽しいのかさっぱりわからず、苦い顔をする。


 なおもお構いなしに商人は語る。




「あいつも死んだ、サミーも死んだ。こりゃ呪いも本物に違いねえ。好きに相手を殺せるってんなら俺も手に入れたいところだが、手に入れた時点で俺が死んじまう。ははっ、まさに呪いって感じがして面白いよなあ」




 これにはさすがに、慣れたクラリッサもうんざりした様子で口を挟んだ。




「あんたの感想はどうでもいいわ。この子たちには、青髪の男にナイフを売ったって証言が必要なのよ。それがサミーを殺した凶器だからね」


「クラリッサさんの言う通り、できれば衛兵相手にそれを話してほしいんだ」


「衛兵ってお前……ここがどんな場所かわかってるのか? タダでは受けられねえなあ」


「だったら次に店に来たとき、アタシがサービスしてやるよ」


「薬中なんざこっちからお断りだ。もっといい女を連れてこい」




 無理難題をふっかけるつもりの店主。


 だがクラリッサは、あっさりとその条件を飲んだ。




「わかった、アタシが店で一番いい女に話を通しといてやる。それで話してくれんのね?」


「……本気かよ。約束だからな? 後からナシとか言ったらもうあれ売ってやらねえからな?」


「ちゃんとやるって」


「ならいい。衛兵が来たら、その男にナイフを売ったと証言する、それだけでいいんだな?」


「十分すぎるよ! クラリッサさんもありがとう」




 真っ直ぐに礼を言われ、彼女は少し照れくさそうにはにかんだ。


 これで闇市での用事は終わったが――シルキィもフウカも、ペンダントの件が引っかかっていた。




「なあシルキィ、ペンダントを売ったという商人に話を聞いてみてはどうだ?」


「実は私も気になってた。クリドーは目的があって、あのペンダントをサミーさんから奪ったはずだから、何かわかるかも」


「ねえおっさん、その商人ってやつどこに住んでんの?」


「お、見に行ってくれるのか。面倒で誰も行ってなかったからな、あんたらがやってくれるなら助かる」




 その言い方に、やはりモヤっとさせられるシルキィとフウカ。


 闇市で店を開き、クラリッサには安全ではない薬草を売るような男だ。


 基本的に悪人、ということなのだろう。


 シルキィたちはそんな彼から、ペンダントを売ったという商人の住所を得て、三人でそこに向かった。




 ◇◇◇




 そこは闇市から少し離れた住宅街にあった。


 クラリッサの家に比べるとかなり広い、立派な住宅だ。


 闇市で荒稼ぎして建てたものなのだろう。


 念の為、クラリッサが先頭を歩き、ドアノッカーを鳴らす。


 だがしばらく待っても反応はなかった。




「いないみたいね」


「ただの外出だったらいいけど……」


「人間の気配は感じられない。だが、中から血の匂いがするな」




 フウカの発言で、一気に空気が張り詰める。


 そして今度はシルキィがドアに近づき、鍵がかかっていることを承知の上で扉を押してみた。


 すると、あっさりと開いてしまう。


 中から少し冷たい空気が溢れ出す。


 その中には、シルキィとクラリッサにもわかるほどの血の香りが混ざっていた。




「本当に呪いが実在したっていうの……?」


「クラリッサはここで待っていてくれ。シルキィはどうする? 外に一人というのも避けたいが、危険な場所に二人で入るというのもな」


「私も一緒に行く。逃げるような状況なら、力になれると思うから」


「わかった、離れないように後ろについてきてくれ」




 シルキィはうなずくと、触れるほどの近さで先へ進むフウカについていく。


 玄関を進み廊下に出ると、さらに血の匂いは強まった。


 この先で、誰かが死んでいる。


 シルキィはそんな予感がした。


 一方で、フウカの表情はさらに険しくなっていく。


 そして彼女は廊下の途中で足を止めると、横にある扉に手を置いた。




「心の準備はいいか、シルキィ」


「う、うん……」




 シルキィだって冒険者だ、死体ぐらい見たことがある。


 それをわかった上で、フウカが前置きするということは――


 ヒンジが軋む音が、いつも以上に不気味に聞こえた。


 室内に充満していた空気は、他の場所とは比べ物にならないほど臭気で満ちていて、シルキィは思わず口元を手で押さえた。


 ただの血の匂いではない。


 ぶちまけられた内臓や脳など、中身(・・)の匂いだ。


 腐敗臭とは違うが、その新鮮さ(・・・)が生々しさを増幅させ、胃のあたりから気持ち悪さがこみ上げてくる。


 先に室内に足を踏み入れたのはフウカだ。


 シルキィは彼女の服をきゅっと掴み、背中越しに恐る恐る様子を見る。




「う……な、なに、これ……」




 商人が死んでいた。


 その妻も一緒に死んでいた。


 それがひと目でわかったのは、彼らの生首が二つ、壁掛け時計の下にぶら下がっていたからだ。


 髪でくくりつけられ、固定されているらしい。


 そして首から下は、部屋中に、まるで食い荒らされたように散乱している。


 飛び散った血が壁を彩り、ちぎれた大腸が絵画にへばりつき、腕が燭台に突き刺されてテーブルのど真ん中で立っている。




「腕が五本落ちているな」


「殺されたのは、二人じゃないってこと? あ……フウカ、あれ。暖炉の中!」




 シルキィが指差した先に、人間の頭部のようなものが落ちていた。


 なぜかその頭部だけが、入念に顔を潰された上で、軽く暖炉で焼かれている。


 まるで恨みを持っているかのように。


 おそらく商人の子供なのだろう。


 だがもはや、性別すらもわからないほどにぐちゃぐちゃにされていた。




「クラリッサさんに、衛兵に通報してもらうよう頼もっか」


「それがいいかもしれない。だがこれは――」


「何か気になることが?」


「これを見てくれ」




 フウカが指差した先には、人間の胴体が落ちている。


 首も手足も千切られ、腹は開き、心臓は抜き取られた悲惨な姿だが、女性のものであることはわかった。


 その亡骸をよく観察してみると、削がれた肉の断面に特徴があることがわかる。




「歯型? まるで噛みちぎられたみたい」




 シルキィはこの瞬間、フウカがいつに増して険しい表情だった理由に気づく。




「同族だからわかる。これをやったのは、オーグリスだ」




 フウカ以外のオーグリスが、この街に潜んでいる。


 しかし彼女は最後の一人だったはず。


 他にも逃げ出した者がいたのか。


 最初から捕まっていなかったのか。


 それとも、あの施設で完成(・・)してしまったのか。


 どれが真実であっても、この惨状を見るに、フウカとそのオーグリスはわかり合うことは出来ないかもしれない。


 仄暗い感情を抱き、曇っていくフウカを少しでも支えようと、シルキィは彼女の手を握った。


 暖かさを感じ、フウカは少し無理をしながらも微笑んでみせる。


 その時だった。




「だから入るなって! あ、ちょっと、やめっ――」




 玄関から、クラリッサが誰かと争うような声が響く。


 彼女を振り払い、屋内に侵入した強い殺気が、シルキィとフウカに迫った。




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[良い点] 15/15 ・何かきましたね。中ボスですかね
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