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014 逃亡者Bの愚行

 



 部下から、クリドーがペンダントを求めて尋ねてきたとの報を受け、アングラズは考え込む。




(あのペンダントと、赤い顔の化物……色が似てるってだけでこじつけるのは無理があるか? だが気になるな、少なくともあれは普通の装飾品なんかじゃねえ)




 幻覚でも幻聴でもなく、ペンダントは間違いなく喋ったのだ。


 持ち主はシルキィ。


 だが元は死んだ娼婦が持っていたという。


 捜査の際、衛兵がクラリッサから証言を聞いている。


 死んだサミーは男運が悪い、ペンダントが消えている、ペンダントは男からプレゼントされたもの、そう高いものではなさそうだった――大体そんな内容だったはずだ。


 結局、凶器と奪ったペンダントを持ったシルキィが捕まったので、本格的に調べる前に殺人事件自体は解決してしまったのだが。




「……わかった、ひとまず俺がクリドーってやつのところに持っていく。お前は下がっていいぞ」


「はっ!」




 アングラズは立ち上がり、証拠品が納めてある物置に向かった。


 扉を開くと、中には兵士が一人立っていた。


 どうやら荷物の整理をしているらしい。


 軽く会釈をして、目当てのものを探そうとするアングラズ。


 すると兵士が彼に呼びかける。




「もしかして、ペンダント探してます?」


「ああ、そうだが。何かあったのか」


「あれなら領主様が持っていきましたよ。大事なものだから自分で管理するって」


「ギュオールのやつが……」




 ギュオール――彼はイニティを治める中年の貴族であり、アザルド軍で居場所を失ったアングラズを引き抜いた張本人でもある。


 なのでアングラズは彼に恩があるのだが、その経緯に問題があり、かつ人間的に全く噛み合わないため、雇い主に対する敬意の類は持ち合わせていない。


 もっとも、さすがにフウカとシルキィを逃した失態は大きいので、嫌味の濁流を浴びせられる覚悟ぐらいはしていたのだが。




「脱獄の件については何も言ってなかったのか」


「ええ、むしろ上機嫌でしたよ」


「妙だな、ペンダントがそんなに重要だったってことか?」




 再び考え込むアングラズ。


 領主までもが興味を示すとなると、あの聞こえてきた声も重要な意味を持つような気がしてくる。


 さらに、それを取り返そうとする男の存在も、一気に怪しくなってきた。




(返却を餌に、色々聞き出してみるか)




 アングラズは似たような重さの袋を持ち出すと、詰め所の外で待っているというクリドーの元へ向かった。




 ◇◇◇




 当のクリドーは、詰め所の前で辺りをきょろきょろと見回しながら、挙動不審気味にアングラズの到着を待っている。




「まだ来ないのか……怪しまれてないよな、とっさの作り話だったとはいえ不自然ではなかったはずだ」




 サミーは娼婦だ。


 盗みぐらいはやったっておかしくない。


 クリドーはそんな下衆なことを考えて、衛兵に事情を話した。


 実際、風俗街近辺はイニティの中でも特に治安が悪いため、盗みが多いことに間違いはない。




「しかし、一縷の望みをかけて来てみれば、まさか本当にここにあるとはな。僕の運も捨てたもんじゃない」




 ペンダントの紛失に気付いたクリドーは、まず依頼人に会いに行こうとした。


 だがどんな言い訳を考えても、『失くしました』と伝えて許される未来が見えない。


 そこでまず、ペンダントがありそうな場所をしらみつぶしで探すことにしたのだ。


 もちろん一発で詰め所を引き当てたわけではない。


 まだか、まだかとそわそわするクリドーは、ようやく足音が近づいてくるのを聞いた。


 ただし――後ろ(・・)から。




「来るのってこっちでいいんだよね。監獄のほうに行ったほうがよかった?」


「話が通じるなら誰でもいいんじゃないかしら」




 接近する二人の女性の声を聞いて、クリドーの顔色が一変する。




(ファムとルーシュ!? 何であいつらがここにくるんだッ!)




 想定外の来訪者に、大慌てするクリドー。


 ローブのフードを被って顔を隠してみるも、あの二人相手ではバレてしまう。


 ひとまず近くの角に潜み、覗き込んで様子を見る。




(待て、あの二人は事情を知らないはずだ。シルキィのことを殺人犯だと思い込んでいる……ならば僕が隠れる必要なんて無いんじゃないか?)




 クリドーの認識としては、ファムもルーシュも事件について何も知らないはずだった。


 そしてシルキィとも、さほど仲は良くないと思い込んでいる。


 なぜかと言えば、ファムとルーシュの仲が良すぎるからだ。


 二人に比べれば、距離は遠い。


 だが――一般的な尺度でいえば、シルキィと彼女たちは十分“友人”と呼べる距離感であった。


 だからこそ、ファムは自分がやらかしたことを強く反省する。




「やっぱ怒られんのかなー……あーしだってわざとじゃないけど、まさかあのペンダントがクリドーのものとは思わなかったんだよぉ」


「正直に話せば怒らないでしょう。シルキィはわからないけれど」


「だよねぇー、そっちだよねぇー。せめて少しでも許してもらえるように、シルキィちゃんの疑いを晴らさないと!」


「ついでにクリドーの首根っこも抑えたいところね」




 そう言って拳を握りしめるファム。


 さらにクリドーの顔色は青くなった。




(疑われているぅぅぅッ! なぜだ、どこから――ってファムのやつ、ペンダントが僕のものではないと……まさかあいつが!? あいつが僕の部屋から持ち出して、シルキィに渡したとでもいうのか!? なぜ! 何のために!)




 実際にそれが起きたのがどういった状況だったのか、彼はまったく理解できなかった。


 だが重要なのは、ペンダントがシルキィの手に渡り、捕まった際に衛兵に押収されたという事実だ。


 しかし、自分を疑う二人と鉢合わせるのは、クリドーにとってあまりに危険すぎる。




(ファムは『盗賊』、ルーシュは自己強化も可能な『聖職者』。二人がかりで追跡されれば逃げ切れない……く、ここはやむを得ないが撤退するしかないか)




 クリドーは今回のペンダント奪取を諦めることにした。


 悔しげに唇を噛み、その場を後にする。


 そんな彼と入れ替わるように、アングラズが建物から出てきた。


 アングラズは、真っ先に目に入った女に尋ねる。




「なああんた、ここに青い――」




 そう言いかけた矢先、ファムは滑り込むように座り込み、額を地面にこすりつけ大声で叫んだ。




「マジで申し訳ございませんでしたぁぁあああ!」




「うわあ」とドン引きするルーシュに、「お、おう?」とただただ困惑するアングラズ。


 ファムは最初の勢いそのままにガバッと顔を上げると、早口でまくしたてる。




「シルキィちゃんが捕まっちゃったの、あれあーしのせいでもあってぇ! あのっ、たぶんペンダントがカバンに入ってたと思うけどっ、あれシルキィちゃんのじゃなくって間違えて入れっちゃったっていうか、元はクリドーの持ち物だったっていうかさあ!」


「ファム、そんな急いで話したって伝わらないわよ」


「じゃあもう一回――」


「いや、大体伝わった。なああんた、さっきクリドーって言ったな」


「そう、クリドー! ペンダントの元の持ち主で、あーしとルーシュとシルキィちゃんのパーティメンバーだったの! あいつ、持ってたペンダントを床に落としちゃってたみたいで。それを女物だと思い込んであーしが間違えてシルキィちゃんのカバンに入れちゃったわけ! もしかしたらそれがシルキィちゃんが捕まった原因なんじゃないかと思って、もしそーだとしたらあーしのせいでめちゃくちゃ迷惑かけちゃってるじゃん? だからどうしても初手で謝っておきたかったの!」


「……ああ、わかったわかった。そういうことな」




 ルーシュは、あの要領を得ない説明でよく理解できるものだ、と感心していた。


 そして落ち着きのないファムに替わり、冷静に語りはじめる。




「そのクリドーなんだけど、ペンダントと引き換えに大金が手に入るって依頼を受けてたみたいで――」




 手配書と、ギルドの受付嬢に託されたメモに関して、二人が持ちうる全ての情報をアングラズに伝えた。


 彼は難しい顔をしながらも、うなずき、相槌を打ちながら話を聞いていた。




「そーゆーわけで、シルキィちゃんは犯人じゃないと思う」




 ファムがそう締めると、アングラズは「ふぅ」と大きく息を吐き出した。




「実はな、さっきクリドーを名乗る男が俺を訪ねてきた。ペンダントを返してくれってな」


「え、さっきって――」


「ここで待ってるはずだったんだ。だが、実際にいたのはあんたら二人だった」


「入れ違いになってたってことじゃない」


「どーしてそれ先に言ってくれないわけ!?」


「名前を聞いたのもついさっきのことなんだ、いきなり疑えるわけねえだろうが。だが怪しいのは理解した、頭に入れとく」


「じゃあシルキィちゃんの疑いは……」


「それはまだだ」


「何でよぉ!」




 自分のせいでシルキィが死ぬようなことがあれば、ファムは自分で自分を許せなくなるだろう――ゆえに彼女は必死だった。


 しかし、アングラズにはまだ、シルキィが犯人だと確信できる理由が残っている。


 それを話そうとしたとき、道の向こうから兵士が走ってくる。




「アングラズさーん! 手配犯の現在位置、特定できました!」


「見つけたか、よくやった。案内しろ!」


「はいっ!」




 ファムたちを放置して、さっさと出撃しようとするアングラズ。




「待てっての、シルキィちゃんの話は!」


「あいつは犯行に使った血まみれのナイフを持ってたんだ。それがある限り犯人だってことに変わりはねえよ!」




 そう言い捨てて、彼は部下と共に闇市方面へ向かって走り去っていった。




「何よ、この頭でっかち!」


「落ち着きなさいよファム。そういう証拠があるのなら仕方ないわ」




 どうどう、と動物をなだめるようにファムの背中をルーシュが撫でる。


 それでもファムは「ふーっ、ふーっ」と興奮冷めやらぬ様子であった。




「犯人が血まみれのナイフ持ち歩いてるって、絶対おかしいじゃん」


「それは私も同感。ただ、思ったよりクリドーも用意周到なのね」


「そのやる気をパーティで動く時に見せてほしかったんだけど」


「ふふっ、ほんとよね。それじゃあ、わたくしたちはクリドーを追いましょうか。きっとまだ近くにいるわ」


「そーだね、本人をとっ捕まえれば、凶器のことだって吐くかもしれないし」




 標的をクリドーに定めたファムとルーシュは、アングラズの別の方角に駆け出した。


 一方、追われている本人は――




「いつリベンジするか……明日でもいいな。いや、それより腹が減ったな。どこかで酒と飯を調達するか」




 それに気づかず、のんびり食事のことなど考えている。


 それから数十秒後、かつての仲間に全力で追い詰められることを、彼はまだ知らない。




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[良い点] あら、勇者フルボッコ展開きます?
[一言] 脳のない逃亡者
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