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塵芥のレゾンデートル  作者: ガリアンデル
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第四幕 ガルガーノの酒場

 灰色山脈(グレイ・ウォール)────。

 月を穿つが如くに高く聳える山々と、その峨々たる稜線は月の狂気に満ちていると言い伝えられている。

 その麓、狂気の山を背後に高壁に囲まれた赫奕(かくえき)たる要塞都市。


 死と栄光の巡る街、アーカム。


 深淵を孕んだ迷宮は尽きる事の無い財貨を餌に探索者達を陶然させ、飽くなき|略奪と死闘《ハック&スラッシュ》へと臨ませる。


 不覊暗渠(アビス)に呑まれ、消えゆく者。

 財宝と赫赫たる栄誉を手に、帰還する者。


 死と栄光が混沌を成し、昼夜を問わず街中の酒場の灯と喧騒が消える事は無い。


 繰り返される探索と饗宴の日々。


 眠る事の無い街はいつしか“黄金の街” と呼ばれる様になった。

  


 ◇



 『ガルガーノの酒場』


 放縦の徒たる探索者達においての梁山泊が、この酒場である。


 日は高く、真昼間だというのに酒場の賑わいは通りにまで漏れ出し、街の経済が迷宮によってその殷盛を極めているのだと通りを行く人々に知らしめている。

 酒場は探索者達が交々としており、財宝を前に笑いながら大酒を喰らう者、神妙な顔を突き合わせる新人探索者達、暗い表情の二人組────


 そこへ、そのどれでもなく場違いに薄汚れたローブを纏った人物が一人入ってきた。


 酒場に入るなり、何かを探す様に周囲を見渡していた。探索者達が囲む卓の幾つかをその目に捉えるも、目的のモノは見当たらない。

 精養士の少女メイレは、昨夜出会った“武士”の男アマギリを探し、酒場へと足を運んでいた。

 入り口近くでそうした素振りを続けていると、それを見つけた女給が人物へと声を掛ける。

「誰かお探しですかー?」

 ひらひらとした布で露出の多い衣装を纏った若い娘が出てきて商魂旺盛な声でメイレへと話しかけた。

 女給の娘は開いているのか閉じているのかも分からない糸目でメイレを軽く品定めすると、つまらなそうに『ふぅん』と鼻を鳴らした。

「あの──」

「おおっとォ!」

 メイレが質問を口にする前に、女給は掌をメイレの眼前に広げ、大袈裟に言葉を遮った。それがどういう意味かは一応の探索者であるメイレにも分かった。

 人探し、物探し、口添え、紹介、情報料、つまりは“追加サービス”。女給はこう言っている。

『自分に何かさせるなら“手間賃(チップ)”を払え』と。

 酒場では正式では無いが、探索者同士の仲介業みたいな事もしていた。

 ……とは言え、相手は見窄らしい格好をした少女。女給も過度な期待はしていない。

 

「あの、少ないですが……」

 言ってメイレは握りしめた銀貨を女給の手に握らせる。想像していたよりも重い感触に、女給は掌の上のモノに目を見開いた。

 そこには銀貨が七枚。女給はすぐに『困りますよー』と、言おうとして少女の方を向いたが、それっきり閉口してしまった。

 少女の目が本気だったのだ。たかだか人探しにこんな目をする探索者はいない。

「今はこれが私の命の価値です──!」

「う……」

 メイレの気迫に押され、女給は思わず後ずさってしまった。

 女給は糸目を微かに開き、改めてメイレを検分し、この少女の事を思い出した。


「あららら……()、冴剣の一党にいた精養士ちゃんじゃないですか〜」

「私を知ってるんですか?」

「そりゃもう」


 ……自分を知っている。

 あの一党で唯一生き残った自分を。

 “不吉”として忌避され、どの一党にも入れず、はぐれ者である自分を。


 ──またあの目で見られる。

 

 メイレの視線が昨日までの様に地面を彷徨い始めようとした所、女給がメイレの手を掴んだ。

「えっ……!?」

 メイレは固く掴まれた手に驚き、顔を上げると予想外に迫って来ていた女給の顔にもう一度驚くこととなった。

 その顔は先程までの様に飄々としておらず、開かれたその目は獲物を前にした肉食獣の様に鋭い。

 『ただの女給では無い』

 そう思わせるだけの貫禄があった。

 

「さてさて、手間賃で銀貨七枚も頂いちゃった以上、相応の働きをしますよ?」

 気圧され言葉を見失っているメイレをよそに、女給は表情を戻した。

 

 すると────


「うわーはっはっは!! 面白いのぅ!」

 酒場の誰よりも大きな声が響いて、メイレと女給は声の方へと視線を向けた。

 その時、女給はメイレの顔が明るくなったのを見て溜息を吐いた。

「ありゃ、どうやら私は必要なかったみたい。あのお侍さんもスミに置けないねぇ〜?」

「そ、そういうのじゃありませんから!」

 すかさず否定して逃げる様に卓の方に走っていくメイレを見送ると、女給は先程受け取った銀貨を見て微笑していた。


「……相応の働きはしなきゃね〜」

 


 ◇



「なんだぁお前、見ねぇ顔だが新人か?」

 自身らの卓にやってきた奇妙な人物を、斧を脇に置いた強面の探索者が鬱陶しげに見やる。

 編笠を被り、東洋風の軽鎧に身を包み、脇には3尺以上はあろう布に包まれた細長い何かを抱えている。

 強面の探索者はこうした身なりの人間を知っていた。

「新人の侍か。何の用だァ?」

「侍じゃない、己れは武士(もののふ)じゃ。名はアマギリと言う」

 聞き覚えの無い職手(クラス)に「ああ?」と強面は眉を顰めた。

「見たところ、お前ん()は戦士が一人足らん様じゃ。己れが入ってやろうと思うてな」

 いきなり現れるなりそんな事を言い始めた侍もどきに強面の男は更に困惑した。

 確かに今この酒場にいる強面の一党は、戦士(ストラグル)である本人、詠唱術師(リード・キャスター)盗白浪(ロベリー)守護士(ヴァリアー)呪術師(ソーサラー)の五人。

 更にここにはいないが槍術士(デュアラー)がいる。

 強面の一党は一党としての構成は最大メンバーに達しており、新しいメンバーの空きは無かった。

「……いやなぁ、戦士なら足りてるんだよ。今日はいないだけでな」

 それを聞くとアマギリは「なんと」と素っ頓狂な声を出し「そいは困った」と顎を撫でた。

「それにな、新人は新人同士で組みやがれってんだ。お守りなんぞ死んでもごめんだぜ」

 ふんっ、と卓に向き直ると強面は木樽杯の中身を流し込んだ。

 しかし、アマギリは去る事無くその場で立ち尽くしていた。

「おいてめぇいい加減にしろよ……!」

 しびれを切らした戦士が立ち上がり、斧に手を掛ける。


 瞬間、編笠の下のアマギリの目が変わった。


「うわーはっはっは!! 面白いのぅ!」

 突然笑い出したアマギリに強面の戦士は困惑するも、すぐに斧を構えた。

「得物を抜いた以上、命を賭けるんだろう? 丁度よいわ。お前が死ねば己れが入る枠が出来る」

 アマギリも、抱えた細長の棒を包む布の結び目に指を掛けた。

「いかれてんのかてめぇ!」

 強面戦士は鼻息を荒くして今にも襲い掛かりそうな雰囲気で武士を睨みつけていた。


 だが────


「やめてください!」

 両者の間に小さな影が割って入り、開きかかっていた戦端は強制的に閉じられた。

「む。お前は……」

「メイレです。実はお願いがあってきました」

「お願い?」

 メイレが頷くだけして、強面戦士の方を見た。

「迷惑を掛けて申し訳ありません……! この方はまだこの街に来たばかりで勝手が分かってないみたいで……」

 謝るメイレの横で、武士は顎を撫でる。

 強面の戦士は冷静になったのか、チッと一度舌打ちをすると「とっとと失せろ」と言って卓に戻っていった。


「ふぅ……」

 ようやく人心地着いたとメイレは息を漏らした。

 酒場での探索者同士の喧嘩など日常茶飯事だが、今さっきの様に互いが武器を抜きかける程の事はそうそう無い出来事である。

「昨日の女子か。どうしてここにいる?」

「はぁ……さっき言いましたけどお願いがあるんです」

 そう言えば、とアマギリは手を叩いた。

「で、願いとはなんだ」

 息つく暇も与えず武士はメイレを促す。

 どれだけマイペースなんだ、とメイレは疲れと呆れが混ざった視線を送っていたが武士は然程も気にしている様子は無かった。


「端的に言いますと、私と一党を組んでほしいのです」

「良か」

「……ええっ!?」

 あまりの即答にメイレの側が驚く事となった。

 この思い切りの良さ、実は何も考えていないのでは────そんな疑問がメイレの内を過った。


「昨日までは死にたがりの目じゃったが、今は違うみたいじゃ。であれば断る理由は無い」


 満足げにしているアマギリは「がっはっは」と高らかに哄笑(こうしょう)し、空いている卓へと腰を掛けた。

 

「何を呆けておる。お前も座れ、探索者とやらは仲間の証に酒を飲み交わすのだろう?」

 唖然としているメイレを真っ直ぐに見据えている。

 些事に囚われぬ鷹揚(おうよう)さ。どんな手を使ってでも迷宮に挑もうとする峻烈にして他律によらぬ孤高の精神性。

 改めてそれ(、、)に惹かれたのだとメイレは胸の前で手を強く握りしめる。


「……ですね!」

 

 こうして少女と武士は一党となり、アーカムに新たな灯が燈った。

 待ち受けるは数多の探索者を喰らい続ける深淵の口────不覊なる暗渠(アビス)

 栄光を手にし鮮烈なる灯火となるか、磊磊(らいらい)とした屍の一つとなるか。

 

 全ては試練の場プロヴィンズ・グラウンドにて決まるだろう。


 それこそが探索者達に等しく与えられた運命なのだから。

 

 


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