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塵芥のレゾンデートル  作者: ガリアンデル
1/5

序幕 冬の夜


 要塞都市アーカム


 都市の外縁に隣する迷宮【不覊暗渠(アビス)】に挑む者達が集う街。

 昨日と今日では違う顔ぶれが行き交い、また次の日は新しい顔がやって来る。彼らは【探索者】という職に就いているが、厳密にはそんな職業は無い。

 探索者とはあくまで迷宮に挑む人間を管理する為に街が用意した肩書きの様なモノであり、また彼らの実力を把握する為の名札(タグ)であった。

 彼らの多くは“酒場”に集まる。そこで共に迷宮に挑む仲間を募り、やがては“一党(パーティ)”となり迷宮へ潜る。

 今日も酒場では新しい顔と古い顔が言葉を交わしていた。


 ◇

  

「わりぃがお前みたいな縁起の悪いヤツと組むのはごめんだぜ」

 木製の円テーブルに木樽杯(ジョッキ)を並べた男達の一人が忌々しげに吐き捨てて、杯の中の小麦色の液体を自らの喉へと流し込んだ。

 その男は街でもそこそこに名の知れた探索者であり鉈の様な剣を扱う事から『大鉈の男』として呼ばれており、男の両隣にはまた別の男が二人座していた。

 二人の男は大鉈の男に比べて若く、いかにもこの街に来たばかりだと分かる新品の革鎧に傷一つ無いショートソードを携えていた。

「大鉈さん、治癒系の職手(クラス)なら連れても良いんじゃ無いっすか?」

 若い男の一人が大鉈に提案したが、大鉈は「馬鹿か」と一蹴した。

「探索者ってのは験を担ぐんだよ。漁師が海にお願いしたり、神父が教会で祈るみたくな。まして生命線の治癒者が不吉を背負ってるなんてあり得ねぇんだ。長生きしたかったら覚えとけ」

 当の本人を前にして大鉈の男は不吉呼ばわりするが、酒場で聞いていたであろう他の探索者の誰一人として異を述べる者はいなかった。

 それがどう言う事か、二人の若い探索者はこの時分で充分に察する事が出来ていた。

「……見せ物みたいにして悪かったな、姉ちゃん。“詫び”だ、受け取れ」

 大鉈の男は“不吉”に対して小さな袋を投げ渡すと、早く去れと言わんばかりの鋭い視線を送った。

 それを受けてかすぐに酒場を後にした不吉と呼ばれた女は酒場の外を行き交う人の群れの中へと消えていった。

「結構可愛い子だったのに、勿体ないっすね」

 若い探索者は二人してそう言った。

「なんだ、てめぇらモテたくて探索者になったのか?」

 大鉈の男が酒を流し込みながら笑う。

「そういう訳じゃないっすけど……女が居た方が色々張り切れるみたいな────?」

 一人がそう口にした瞬間、宙に舞っていた。

 男の意識は既に飛んでおり、もう一人の若い探索者は驚愕していた。

 なぜ、どうして。そんな事よりもまずさっきまで笑って酒を飲んでいた男に対しての恐怖が先行していた。

「おい。なんで今こいつはぶっ飛ばされたと思う?」

 大鉈の男はもう一人の若い探索者に問いかけた。しかし若い探索者は到底答えられる様な精神状態では無かった。恐怖に震え、目の前の男が怪物にでも見えているかの様なおびえ様をしている。

「なぁ、なんでだ?」

 続けて大鉈の男が問うと、若い探索者は崖際で足元を探るかの様に慎重に言葉を述べた。

「……ば、ばか、だった、から……?」

 言い終えてへらっと笑みを漏らした。

 少し間が空いて、大鉈の男は若い探索者の肩に手を置いた。

故郷(くに)へ帰れ」

 大鉈の男が笑うと、とうとう若い探索者は恐怖で気を失ってしまった。


 ◇


 優しい人だったな……。

 薄汚れたローブを纏い、人の行き交う大通りを縫う様にして女は歩いていた。その手には先程酒場で詫びと称して渡された小袋が握られており、中身は銀貨が七枚も入っていた。

 ──それだけあればこの街では半月は暮らしていける程の額だった。

 だからと言って女には物乞いに身を落とすつもりは一切無い。

 今回は偶々であり、女自身入っていた金額に驚き返すべきかを迷っていたが、あの男の存在を否定するかの如くに鋭い視線の下にもう一度晒されるのかと思うと酒場の方へ足を向ける事は出来なかった。


 そうして女さようやく宿に着いた。

 一泊銅貨一枚のボロ宿。

 馬小屋の方が幾らかマシかと思える程だが、女にはここである理由があった。

 まず第一に宿代を払えなくなった者は探索者としての資格を失う。これは街の経済を回す為の仕組みであり、あまりにも増えすぎた探索者を自然淘汰する為のモノでもあった。

 第二に今は馬小屋でさえ金を取られるという事。時期によっては耐え難い環境だが、十分に休めるという事はそれだけで価値があった。

 第三は言わずもがな、普通の宿は一泊で銀貨一枚も取られる程高価になっていたから。


 馬小屋でさえ一泊、銅貨五枚。比ぶれば、女が利用している宿がどれほど劣悪な物か。

 しかし、おかげで女は探索者の資格を失わずに済んでいる。

 

 女がここまで至るまでに一年の期間があった。

 探索者として活動を始めたのは今より二年前になる。始まりはとある一党(パーティ)に在籍して一年が経過した頃だった


 冴剣(がけん)の一党と呼ばれ、迷宮の三階層にまで至った一流の探索者達。

 しかし女にとって今やその頃の記憶は思い出す度に脂汗が浮き、嗚咽し呼吸苦を齎す程の過去となり、今でも時折夢に現れ女を苦しめている。

 

 一党は一年前、四階層に足を掛けたその時に壊滅した。

 その時、獣の尾を踏んだ事で迷宮そのものが自分達に牙を向いた様に女は感じた。

 あの恐怖は到底拭えるモノではない。

 

 何故あの時、敗れ全滅したか。


 理由は至極単純。四階層の魔物を相手に手も足も出なかった事ただ一つのみ。

 冴剣の一党、そう呼ばれる所以は党首(リーダー)である【冴剣クロウル】一人が突出した力を持っており、付いている他メンバーは付属品の様な物だった。


 実力不足。ただただそうとしか言えなかった。


 一党の壊滅時、女だけが生き残ったのはクロウルが自分だけ逃げようと隠し持っていた【転移玉】を女が奪い取ったからだった。

 その時の記憶は曖昧だったが、確かに自分が奪ったのだという罪悪感だけが頭にこべりついており女に忘却を許さない。

 迷宮で味わった恐怖よりも女を苛ませているのはそれだった。

 女が探索者を辞めないのは忘れる為だった。


 もう一度四階層へ行き、仲間の亡骸を弔い、贖罪をする事。そうして全てを忘れ、この罪悪感から解き放たれたい。そんな浅ましい願いが根底にある。


 …この一年、限り限り繋いで来た女だったが、タイムリミットは間近に迫っていた。


 『一年以上探索者として活動していない者は資格剥奪となる』


 今はもう冬の月。この冬が明ける頃までに迷宮に挑まねば探索者では無くなってしまう。

 ……そうなった時、自分はこの心中に巣食う罪悪の澱にじわじわと埋もれていき、やがて死に至る。

 そんな予感──いや、今がまさにそうだった。

 

『死んだ方がマシ』『早く解放されたい』『どうして私ばかり』


 悪い思考が飛び交い始めると女は決まって耳を塞いで(うずくま)った。


 現状の事ばかり考えると死にたくなる。

 明日からどうするかを考えよう。


 迷宮には一人で挑む事は出来ない。

 最低でも二人。それが最低基準である。

 どちらかが生き延びた場合、“袋”に詰めなければならないからだ。

 

 そこで女は前に通りで探索者達が話していた事を思い出した。


 昨今では、死を省みず迷宮に不法侵入して暮らす輩もいるという事を。


 女はそれしかないと思った。

 その方法ならば迷宮内で一党を組めるかもしれない。

 まして日の下に出れない類の人々。彼らなら私の呼びかけにも応じてくれるかもしれない。


 そうと決めた女は真夜中である事にも関わらず宿を飛び出した。


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