5話
オルキスの事件をしった僕は、気が付くと【王家街】の下に来ていた。
事件を受けて【王国兵団】もこれ以上犠牲者を出すまいと必死なのだろう、大人数で警備に当たっていた。
「もしかしたら――」
僕はある人を探すために、【王家街】へと続く入口を西から東へと一周するように走る。【王家街】の入口も僕が見張る壁と同じ円を描くように作られている。
東西南北に一つずつ、計4箇所の入口を僕は順番に探っていく。東門、北門、西門と【王家街】の周りを走る。
それだけで1日が終わりかけた最後の門――南門。
そこに僕が探していた人物がいた。
「ローマン!!」
彼、カミツレ・ローマンを探すことは簡単だ。
一際高い身長は2メートル近い。
全身が鎧のような筋肉で覆われているためか、更に巨体に思わせる。そして、その背には身長と同じくらい伸びた太刀が剥き出しのまま背負われていた。
王国最強と呼ばれる戦士だった。
僕の呼びかけにローマンは驚いたように目を開いた。
「ソウちゃん!? なんでこんなところに? 見張りをしてたんじゃないの?」
「うん。そうなんだけど」
ローマンと僕は言うなれば幼馴染だ。
共に【枯挟街】で生まれ、荒れた学校を卒業した仲だった。
もっとも卒業と同時にローマンは隣国の施設に向かったのだけど。
最後に会ったのもその時。
「一緒にこの世界を変えよう」と、差し出された手を僕は「見張りでいいよ」と国を出ることを拒んだのだ。
そして去年。
ローマンは最強の戦士となってこの国へと戻ってきた。
現状維持を選んだ僕と世界を変えようとしたローマン。
その差が身分となって現れた。
「今回の事件、僕はどうしても許せなくて……。いや、これまで何もしてなかったことが許せないっていうか」
「遂にソウちゃんが本気に――。やっぱり、ソウちゃんはこうでなきゃ」
ローマンは何故か涙ぐんで僕の手を握る。
最強の兵士に手を取られる僕は何者かと兵士たちが噂話を始める。しかし、見張人と分かると冷めた目で睨んでくる。
国を守るために日々訓練をしている兵士たちにとって、何もしないで国の金を貪る僕は極悪人に見えるだろう。
「その、出来ればでいいんだけど、今回の事件について、知ってることがあれば教えて欲しいんだ」
「勿論だよ!」
ローマンは嬉しそうに説明を始める。
事件が始まったのは丁度1週間前の夜。イタリカやオルキスと同じような生活をしている女性狩人が狙われたらしい。
その際に【蜥蜴車】を操縦している船頭が真っ先に襲われ意識不明になったようだ。
そして、乗車していた女性を刃物で殺害。
2人目は3日前。
全く同じ手口で殺されていた。
「因みにその先導していた従者が同じ人ってことは?」
「残念ながら別人だよ」
「だよね……」
だとしたら、とっくに犯人が捕まっている。頭も無能な僕が考えることは誰もが思いつくことだった。
「じゃあ――」
なにか他に手がかりがないか質問しようとした時だった。
兵士たちが一斉に歓喜の声を上げる。
どうやら、兵士達の間に念話で情報が入ったようだ。ローマンが耳に手を当てて頭に響く声に集中する。そしてすぐに、表情が険しくなった。
「どうしたの?」
「それが――犯人が捕まったらしいんだ。東門だよ!」
僕とローマンは同時に首を縦に動かし、犯人が捕まったと言う東門に駆け出した。
◇
僕たちが到着するとそこには縄でグルグルに縛られた1人の男がいた。
顔も知らない男だった。
「なんでこんなことをしたんだ?」
ローマンが聞く。僕と話していた時は昔の優しいままだったけど、今は違う。王国最強の戦士の声だった。
「お前は――カミツレ・ローマン。王国最強の兵士の癖に何も気付けないんだな。使えねぇな」
「なに?」
男は捕えられているにも関わらずにローマンを挑発する。
命知らずにもほどがある。
王国兵の1人が縄の上から男を小突き言う。
「生意気な口を聞くな。お前は【王家街】へと引き渡される。そうすればどんな目に遭うか、私たちでも分からないぞ?」
「黙れ! 俺だってこんなことしたくてしてんじゃねぇ! あいつ、女の癖に俺を馬鹿にして!!」
「なるほど。そういうことか。それで変わりに違う女性を襲ったのか。救われんクズだな」
ローマンが言う。
上流階級の女性に見下され、変わりに別の女性を襲い殺したのかと。
その言葉にフツフツと腹の中が煮え滾る。
こんな感情が自分に遭ったとは。
僕がこの手で捕まえたかった。
「馬鹿が! 俺がクズならお前もクズだ! お前が知らないことを俺は知ってるんだからなぁ! この無能がぁ――。お前たちがしっかり守ってれば、俺だってこんなことしなくて済んだんだよぉ!」
男が喚く声は一瞬で消えた。
先ほど小突いた兵士が剣を抜いて首を跳ねたのだった。
「……ッ」
何か言葉を口にしようとするローマンだったが、首を跳ねた兵士の気持ちも分かるのだろう。その肩に優しく手を置いた。
手を置くローマンに震えで力が入らないのか、
「……身体が勝手に!!」
と、握っていた剣を落とした。本人としては殺すつもりはなかったのだろう。
だが、その気持ちはこの場にいる兵士全員が納得していたようだ。
許可なく犯人の首を斬った男に、兵士たちが手を叩いて称えるのだった。
罪を犯した男に同情する声は――この場にはなかった。
剣を握った兵士がただ、自身が跳ねた首を眺めていた。