3話
三日後。
彼女たちは約束通りやってきた。いや、約束通りと言っていいのか判断に困る。なぜならば彼女たちは2人でやってきたからだった。
男の姿はどこにもいなかった。
「彼は違うパーティーを組んだよ。元々、しばらくの間、私たちの助っ人として入ってくれてただけだから。新しい仲間が来るならもういいだろってさ」
オルキスが説明してくれた。
なるほど。
だから、会話にも殆ど入らずどこか他人のようだった訳か。
「なんだよ、それ! 許せねぇな! 仲間になるって、パーティー組むってそんな簡単なもんじゃないだろ!」
「うわー! キアカくん、格好いい!!」
一度、仲間に追放されたからか、簡単に仲間を切り捨てる男が許せないようだ。言っていることは確かに格好いいが、イタリカに褒められ、鼻の下だけでなく顔の全てが伸びていなければだけど。
「はっはっはっは。俺は熱いだけじゃないぞ? 既に依頼も受けてきてある! 【猪竜】の討伐だ」
「凄ーい! 熱いだけじゃなくてキアカくんは仕事も速いんだね!」
「はーはっはっは」
「もう。イタリカは何でも褒めないの。でも、まあ、【猪竜】なら、丁度いいか」
三人はそう言って森に向かって進んでいく。
じゃあ、僕は自分の持ち場に戻りますか。壁に備え付けられた階段を登り自分の持ち場に帰ろうとする。
「あ、おい! どこ行くんだよ。折角ならお前も行こうぜ?」
「へ?」
「「へ?」じゃねぇよ。ここまで来たら、お前も仲間だろ? だから一緒に行こうぜって」
「いや、僕、【狩人証】を持ってないし……」
【シノニム王国】を囲う森は通称、【竜の森】。
様々な生物が竜と混ざり特異な進化を遂げた森である。そこに住む生物は皆強力で、戦争の時も防衛として大きく役にたったとか。
そんな森に入るには許可証がいる。
それらを持っている人間が狩人というわけだ。【異能】を持ちながら我が身を危険に晒す職業は、意外にも人気がある。
それは手っ取り早く名声が手に入るから。強い竜を倒せば瞬く間に人気者。いつの時代も人は名声を欲しがるモノだ。三大欲求に加えても良いくらいにはね。
「別に持ってなくても大丈夫。狩人が3人いれば1人は所持しなくてもいいって決まりがあるから」
「えー、そうなの!? 私、知らなかった……。オルキスは詳しいね!」
「……俺も知らなかった」
「なら、なんで誘ったのよ……」
オルキスが鎧の上から頭を抱える。
なるほど。
そういう決まりがあったんだ。どうりで偉そうな人が隣国に向かうときはゾロゾロと人を引きつれていると思った。
あれは護衛って訳だ。
また一つ、見張りで不思議だった疑問が解決した。
◇
俺は誘われるがままに【竜の森】へと足を踏み入れた。
思えば俺が王国を出たのは初めてだ。
森の中はどれも新鮮なことばかり。呼吸で味わう空気すら別世界のようだった。見たこともない植物に生き物。
珍しがる俺にキアカが得意げに説明する。
『それは【薬草】だな。【治癒の実】と一緒にすり潰せば回復薬の完成だ』
意外にもキアカは知識が豊富で戦いの最中でも俺に色々と教えてくれた。
というか、それが仕事のようなものだった。
キアカが持つ【異能――念話】。
獲物を探索する時や不意打ちをするときは便利だが、正面からの戦いになると殆んどと言っていいほど役に立たなかった。
偉そうに『そこだ、やれ!』と指示するだけ。
恐らくだけど、これが追放された理由だろうな。黙っていれば、まだマシだったのに。しかし、そんな耳障りな声でもマイナスにならぬほどイタリカとオルキスは強かった。
2人も【異能】を所持していた。
イタリカの持つ【異能】はポルダーガイスト。物を自在に動かせる能力らしい。物を動かすだけと聞いた時は地味だったが、いざ、その力を見ると強力だとすぐに理解した。
森には岩や木々が多数に存在する。
それらが全て武器になるのだから、たまったもんじゃない。【猪竜】が持つ2つの牙が巨大な岩でへし折られた。
イタリカの無邪気な笑顔と共に繰り出される巨岩の殴打は僕の中で若干のトラウマになっていた。
『す、すげーな。な、なんというか狂暴って感じだ』
『うん。珍しく僕も同意だよ」
オルキスの持つ【異能】は【属性――火】。自在に火を生みだし操る力だった。【異能】の中では比較的スタンダードなタイプと言える。僕も何度か【属性】の【異能】は目にしたことがあった。とはいえ、【異能】の中ではシンプルであるということ。その力が【異能】であることには変わりがないので、持っているだけでも充分過ぎる。
『火を操れんのいいなー! シンプルだけで応用たかいよな。俺、討伐した獣をその場で焼肉にして食って見たかったんだ』
『僕は竜の肉を食べるのも初めてだよ』
『は、そうなのか?』
『うん。ほら、竜肉は高価だからさ』
『しゃーねーな。今度、俺が御馳走してやるよ。その代わり俺の部下になれよ』
『え、それは断る。別に食べなくても生きていけるし』
『おおい! 食は人間の三大欲求の一つだろうが!! さては、お前、あの隣にいた女の見張人でもう一つの欲求を!? なんて破廉恥な!!』
最近の子供はそんな知識も持っているらしい。
まあ、少子化が訪れる未来は先だと思えば少しは許せるか。
『その調子で孫の顔をお母さんに見せてあげるんだよ』
『いや、お前は誰目線だ!』
見ているしかない俺達が会話を続けていると、瞬く間に2人の異能によって【猪竜】は討伐された。
イタリカはポルダーガイストの力で亡骸を浮かせて俺とキアカの前に放り投げた。その表情は険しい。
もしかしたら、役に立たず、喋ってばかりだった俺達に怒ったのか?
でも、俺は無能だってことは事前に知っているはず。ならば、その対象はキアカ。
自身が怒られるかもしれない。
キアカもそれは感じているようで、救いを求めるように俺の手を掴んだ。
「その、お、俺の【異能】も戦闘向けじゃないって言うか……」
言い訳をしようとしたキアカに2人の美女は笑った。
「はっはっは。あー、おかしい。戦ってる最中に下らないこと言わないでよ!」
「全く。こんなうるさい狩りは初めてよ。でも、楽しかったわね」
どうやら、うるさいキアカと狩りの相性は良かったようだ。
それからも僕たちはパーティーを組んで狩りに行くことが多くなった。
だからだろうか。
俺は街で起こっていた事件に気付くのが遅くなってしまった。
俺がずっと壁の上に居れば――もっと別の解決に辿り着いたんじゃないかって、後に俺は後悔することになるのだった。