2話
「それで、なんで僕がこんな目に……。大体、君が呼ぶから」
「悪ぃな。【不要な見張り】って言われてるあんた達が、いつもお気楽そうだから気になってな」
キアカの表情が一瞬曇る。
口調こそ明るいままだが、無理矢理、維持しようとしているのか。その証拠に笑顔が浮かんでいるのではなく張り付いているようだ。
人がこういう顔をするときは嘘を付いているとき。
それも悩みがある時だ。
「なにか悩んでるんだ」
「はぁ? 別に悩んでなんかねぇよ! 今まで組んでた仲間を追い出されたから、底辺人間を見て自分を慰めようとか考えてもねぇ」
「なるほど。考えていたわけか」
キアカは口調通り隠し事が苦手らしい。質問した以上のことが漏れ出した。
図星なのか声を荒げる。
「ああ、そうだよ! 俺の【異能】はすげーのに、なんで追放されなきゃいけないんだよ!」
「【異能】持ってるんだ」
「ああ、俺はすげーぞ」
キアカはそう言って辺りを見渡す。
「お、いいところに、あいつら見てろよ」
キアカが指差す方向には3人の狩人。肩や腰に付けた防具に武器を所持していることから判断できる。そして、街から外に出ると言うことは、これから森に仮にでも行くのだろう。
シノニム王国は南側が海。
それ以外は森に囲まれていた。森には狂暴な竜達が住んでいることから【竜の森】と呼ばれていた。その竜を【狩人】は依頼を受けて狩ることが仕事だった。
最近では【狩人】を喰らうほどの竜が発見されたらしい。巷ではその噂で持ち切りだ。【狩人】の行方不明者が続出していると。
僕なんかが森に入ったら数分で餌になるだろうな……。
「おおおお! ふん!」
キアカが気合の唸り声を上げると3人組の【狩人】が一斉に辺りを見回す。何かを警戒しているようだ。
遠く離れた俺達に気付いたのか、女性二人が剣を引き抜く。
だが、直ぐに鞘にへと戻した。一体、何がしたかったのだろう。
「へっへっへ、どうだ!」
「なにが……?」
「これが俺の【異能】だ!」
「いや、だから、何が!?」
得意げに腰に手を当てられても僕は何も分からない。そんな俺に【異能】の説明をする。
「あいつら、俺に反応しただろ? 実はな、俺が念話で話しかけたんだよ」
「念話?」
「そ、簡単に言えばこういう力だ」
キアカは俺から勢いよく離れて近くにあった崩れかけの建物の影に隠れた。
すると直ぐに俺の頭の中に声が響く。
『どうだ!? これが念話だ。お前も頭で言いたいことを思い浮かべれば俺に聞こえるぜ?』
『……だったら、最初から僕に使えば良かったのでは?』
無意味に念話で話しかけられた三人組が可哀そうだ。そりゃ、剣も抜きたくなるよね。
その証拠に、ほら、僕たちの方に近づいてくる。
『ねぇ、君が話しかけた冒険者がこっち来てるけど、どうすればいい? 多分、怒ってると思うんだけど……』
『……』
『ちょっと、聞こえてるんでしょ? キアカ!?』
念話が通じていると思うのだが、キアカの声は聞こえなくなった。どうやら、彼らの対応は僕に任せたらしい。
最近の子供は生意気だと聞くが納得だ。
僕の前で制止する3人の狩人。
近くで見ると狩人達は男女混合の三人一組だったようだ。
女性2人に男性1人。
女性の1人は完全武装と呼べるほど頑強そうな防具だった。見えている肌は顔のみ。大きな瞳と黒みを帯びた唇が特徴的だった。
もう一人の女性は彼女とは対照的で、防具が付いているのは胸や腰といった最小限。守っているところよりも見えている肌の方が多かった。滑らかな陶器のような白肌が惜しげもなく晒されていた。
そして女性陣に挟まれた男は頭に羽の付いた帽子を目深に被っている。それ以外、防具と呼べる物は身に着けていない。
下着姿だった。【竜の森】に行くどころか、街に出向くにも見合わない格好だ。
男の姿を怪訝そうに見ていると、全身鎧の女性が男を小突いた。
「はは、ははは。実は俺は鎧が苦手で……。無いほうが獣を狩りやすいんだ」
「そうなんですか……」
見るからに笑顔を作っている。
これは何か別の理由がありそうだ。しかし、だとしたら、何故、そんなことをするのだろう。初めてあった僕に嘘をつく理由があるのだろうか?
彼が何故嘘をついたのか理由を探る。
僕はこういったことを考えるのが癖になっていた。そりゃ、【壁】の上でやることなんて、こんなこと位だもん。
僕の疑問に答えるように、白肌の女性が胸の前で腕を組んだ。その動作で彼女の胸が強調され鎧との隙間にある陰影が濃さを増した。
僕は思わず視線を逸らして壁の上を見る。
ベルが双眼鏡で谷間を凝視していた。
何やっているんだよ……。
「もう、防具を盗まれたからってそんな嘘を付かないの」
「あ、そ、そうだね。そ、そりゃ、格好悪いことを人に言いたくないからさ」
「うん。最初からちゃんと言えばいいのに! ね、オルキス」
白肌の女性が全身鎧の女性を呼んだ。
どうやら彼女はオルキスというらしい。
「全くだよ。それよりもさ、さっき念話を使ってたのは君かな?」
「残念だけど僕は何の力も持たない只の見張人さ」
「見張人……」
オルキスが困ったような表情を浮かべる。
役に立たずに賃金を得る不要な見張人は嫌われているからね。嫌な顔だけで済んでよかった。暴力を振るわれないだけマシだ。
「じゃあ、さっき横にいた子供が念話を使ったんだ。凄い珍しい【異能】を持ってるねの!」
白肌の女性がパンと両手を叩いて目を輝かせる。
「私たちも狩人として色んな人と組んだけど、念話持ってる人は1人もいなかったわ!」
キアカと俺は繋がったままになっていたのか、彼女たちとの会話は全て隠れていたキアカに聞こえていたらしい。褒められたことに気をよくしたのか、大きな笑い声と共にゆっくりとした足取りで隠れていた建物から姿を現わした。
「はっはっは! そうだろ、そうだろ? 俺はスゲぇんだ。奇跡の翼を持つ男、オシビ・キアカとは俺のことだ!」
「格好いい。私はイタリカ。よろしくね」
差し出された手を機嫌よく握るキアカ。
さっきまで隠れていたのに都合のいい子供だ。いや、都合がいいというか分かりやすいというか。
「あ、そうだ! キアカくん。もしよかったら、私たちと一緒に狩りしない? キアカくんも狩人なんだよね?」
「ああ、そうだけど……。でも、俺は引く手数多だからなぁ」
「嘘をつかない。仲間たちに追放されて、僕に話しかけたって言ってたじゃない」
「あ、お前!」
生意気な子供にささやかなお返し。
これくらいは許して欲しい。僕を見捨てて逃げようとした罰だ。
「じゃあ、尚更都合いいじゃない! オルキスもいいよね?」
「うーん、また今度にした方がいいんじゃない? お互いの力も分からないのに【怪鳥竜】は苦戦しそうだし」
「あ、そっかー!」
イタリカの声は甘い天使のような声で無邪気だ。
オルキスはハスキーボイスに冷静な態度。
2人で話が完成されているからか、男はやることがなさそうで、ただ、一刻も早くこの場から立ち去りたそう。
まあ、普通は不要な見張人と生意気な子供の狩人を相手にすればそうなるよね。
女性陣の2人が性格いいだけか。
女性陣からの誘いにキアカが「まあ、いいけど」と頬を内側から下で押す。
こざかしい芝居だった。
「じゃあ……。三日後。三日後にここに集合しようか!」
次にパーティーを組む約束をして三人は去って行った。