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あっ、あたしが付き合っている男…… しょ、翔太。いや
これはあたしが悪い。今までぬるま湯のような関係でいて、はっきりさせずにズルズルと来た、あたしがっ
急におとなしくなったあたしを見て、観念したと思ったのだろうか、赤神先生は不意に顔を近づけて来た。
いっ、嫌だ。怖い。助けて。
ガラッという音と共にボクシング部の部室の扉が開いた。
「ちわーすっ! って、先生っ、何やってるんすかっ? あっ、彰子っ!」
しょ、翔太っ! 助けてっ!
赤神先生は両手であたしの両手首を握ったまま、顔だけ翔太の方を向いて、こう言った。
「鈴木っ! おまえは今ここで何も見なかった。すぐにこの場を立ち去れ。そして、他の部員に今日の部活は中止だと伝えて、とっとと帰れっ!」
「分かりました。ですが、その前に彰子を放して下さい」
「生意気言うなっ! おまえは俺の言うとおりにしてればいいんだっ!」
「そうはいきませんよ」
翔太はそう言いながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「彰子は俺の大事な女です。すぐに放して下さい」
「生意気だっ! 目上の者の言うことは黙って聞けっ! とっとと出て行かないとボクシング部クビにするぞっ!」
「結構です」
翔太の顔は既に憤怒に溢れている。初めて見る顔だ。
「俺がボクシング部にいるのは、彰子を守るため。彰子を守れるなら、クビ上等です」
翔太はついにあたしたちのいるところに到着した。
赤神先生の顔も真っ赤だ。
「おまえ、この俺を舐めてるだろう。インターハイ優勝のこの俺をっ! ぶちのめしてやるっ!」
「いいですね。俺がぶちのめされている間に彰子は逃げることが出来る」
「この野郎っ! この俺を舐めるんじゃねえっ!」
赤神先生の右ストレートは翔太の顔面を狙った。翔太は屈んでそれを回避し、右フックで赤神先生の顎を打った。
「……」
次の瞬間、赤神先生は両ひざを折り、ゆっくりと前に崩れ落ち、そのまま動かなくなった。
あたしも翔太も暫くの間、呆然としていた。
そして、一拍置いてあたしの口から悲鳴が出た。
「キャアアアアアアア」
◇◇◇
その声を聞き、ボクシング部の部室に駆け込んで来たのは信那ちゃんだ。
「どっ、どうしたの? 彰子ちゃんっ?」
そんな信那ちゃんもさすがに気絶している赤神先生を見て、驚いた。
「こっ、これは一体?」
翔太が言葉を絞り出すように言う。
「赤神先生が殴りかかってきたから、応戦して顎を打ったらこうなった」
「分かった。私は保健室の桜田先生と上泉先生を呼んでくる。二人はここにいて。失神している先生は危ないから手を触れないでいて」
信那ちゃんは部室の外に駆け出した。
◇◇◇
「どうですかな? 桜田先生?」
上泉先生の問いに、桜田先生は真剣な表情で答える。
「多分、脳を揺らされて失神しているだけだと思いますが、念のため早いうちに精密検査を受けた方がいいですね」
「そうですか。やむを得ない。救急車を呼びましょう」
上泉先生は小さく溜息を吐くと、スマホで救急車を呼んだ。そして、あたしと翔太に向き直った。
「負傷で救急車を呼んだとなると、それが例え自らのミスでの負傷でも、警察の事情聴取の対象になる。俺は鈴木も北関も理由もなく事件を起こす人間ではないとよく知っているが、警察はそうではない。だが、二人なら誠実に対応すれば、悪いことにはならないはずだ。そのようにしてくれ」
「「はい」」
あたしと翔太の返事はハモった。
◇◇◇
事情聴取は厳しかった。あたしと翔太は警察署内で別々の部屋に分けられ、様々な質問をされた。
怒鳴られたり、机を叩かれたりはなかったが、厳しい質問が次々浴びせられる。
ここは上泉先生の言われた通り、誠実にあったことを話すしかない。
あたしは何とかそれをやり遂げたと思う。
あたしの事情聴取を担当した婦警さんは最後にメモを取ったノートを眺めてから、大きく頷くと「少しここで待っててください」と言い残すと部屋を出て、あたしは一人部屋に残された。
◇◇◇
その後はかなり長い間一人で待たされた気がしたが、後から思えば20分くらいしか経ってなかった。
ガチャリという音と共に部屋のドアが開き、さっきとは打って変わって笑顔の婦警さんが入って来た。その後から入って来たのは若い男性、恐らくこの方も警察官だろう。
その後は……翔太だっ! 凄く神妙な顔をしている。
最後に入ってきたのは、顔も身体もえらくごつい男性。この人が恐らく今回の件の取りまとめ役だろう。
その鋭い眼光はギロリとあたしを睨んだ。怖い。でも負けるもんか。あたしは誠実に対応したんだ。
◇◇◇
その人は鋭い眼光のまま、低い声でゆっくりと話し出した。
「高校生の鈴木翔太と北関彰子だな。俺は中央署の警部中松だ。話は聞かせてもらった」
淡々としているが、凄い迫力だ。警部というよりヤクザの親分の方がピッタリくる気がする。
「君たち二人の言ったことは別れて聞いたとは思えない程合致していたよ。現場検証の結果とも矛盾がない。よく誠実に話してくれたな」
そう言うと中松警部はニヤリと笑った。すみません。それはそれで怖かったりします。