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市内の中学校の中でダントツ一番の順位を爆走する信那ちゃん。
そして、あたしも父がこいつも将来医者になると信じて疑わないほどの成績は取っている。
だけど、翔太はそれよりはちょっと落ちる。
だから、信那ちゃんに相談している?
「そう。そして、空手部で鍛えてもいる」
うっ、うーん。
◇◇◇
そして、迎えた高校の合格発表。合格の報告に行ったあたしたちの前で担任の先生は涙を流した。
「いや、正直な上泉と北関は全然心配してなかったんだ。前からな。だがっ! 鈴木っ! おまえはよくやったっ! 本当によくやったっ! 俺はな退職するまでおまえをいい例に使うぞっ! こんなに頑張って成績を伸ばした奴がいるんだってなっ!」
担任の先生の熱き大演説を聞いた後、あたしたちは何となく学校の裏門近くの桜の木の下に行った。いや、何となくではなく、信那ちゃんが誘導したのだ。他に人気のないところに。
「さて」
信那ちゃんの眼鏡のレンズがキラーンと光ったように見えたのはこれで何度目だ?
「あたしはこの場を外した方がいいかな? 鈴木君」
「いや」
翔太は頭を振った。
「上泉には本当に世話になった。おまえの友情には本当に感謝している。見守ってくれるか?」
「分かった。彰子ちゃん。これから鈴木君が彰子ちゃんに大事な話をする。彰子ちゃんが嫌なら、あたしはこの場を外すけど、どうする?」
うっ、うーん。信那ちゃんの問いにあたしは考え込んだ。ここまで舞台装置が揃えられれば、いかに鈍いあたしでも次の展開の予想はつく。さて、どうするか。
「やっぱり、信那ちゃん。ここにいてくれる?」
「…… 分かった。じゃ、鈴木君、お待たせ。出番だよ」
翔太はつかつかとあたしに近づいてくる。翔太もきっとそうなんだろうけど、あたしの心臓の鼓動は自分で分かるほど早くなってきている。
◇◇◇
「彰子っ! ずっと好きだったっ! 付き合ってくれっ!」
やはり、そうだったか。あたしのうぬぼれじゃなくて本当に良かった。まずはそれに安堵した。
しかし、気持ちはすぐに落ち着かなくなった。翔太は頑張った。あたしと同じ高校に入るため猛勉強した。体を鍛えるため空手部に入った。あたしの好きなものを知りたかったのだろう。信那ちゃんに平安文学の教えまで請うた。だけど…… だけど…… あたしは……
「…… ごめんなさい」
◇◇◇
「うおおおーっ。駄目か。駄目だったのか」
たちまち上がる翔太の雄たけび。違う違う。そうじゃない。
「翔太。違うんだ。駄目なのはあたしの方だ」
「何を言ってるのか分からん。告白されたのは彰子の方だろう」
「いや、翔太は頑張った。それに比べて、あたしは頑張ったとは言えない。これでは翔太に申し訳が立たん」
「俺は彰子が頑張ってないと思ったことはないぞ」
「翔太のその言葉は嬉しい。だが、あたし自身が納得いかん」
「…… 俺はどうすればいい?」
「翔太は今まで通りの頑張りでいい。問題なのはあたしだ。そのう、つまりだ」
あたしは前かがみになって右手を差し出した。
「友達からお願いします」
…… 場の空気が凍った。
◇◇◇
分かっている。分かっているんだ。これは告白する側のセリフだ。しかも、もう翔太とは友達だ。何を言ってるんだ? あたしは。
凍った空気を救ったのは信那ちゃんだった。
「ぷっ、あっはっはっは」
そんなにおかしかったですか? 信那ちゃん。
「鈴木君。告白、頑張ったよ。でも、彰子ちゃんも慌てちゃってるみたいだね。鈴木君のこと嫌いじゃないんだし、ここはゆっくり温めていくというのでどうかな?」
「…… 分かった。彰子が俺のこと嫌っていないことが分かっただけでも良かった。高校でもよろしく頼む」
翔太とあたしはがっちり握手を交わした。
◇◇◇
進学先の高校では空手部がなかった。
すると翔太はボクシング部に入った。
頑張ってるなあ。負けてられんわ。
などと思っていたあたしだが、むしろ、こちらの方で火の手は上がった。
「なんじゃあこりゃああ!」
その叫びは母曰く伝説の俳優故松田優作氏を彷彿させたそうだ。
夕食の場で、そんな叫び声を上げる父の右手にはあたしの進路希望票が握られている。
それすなわち
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第一志望 ○○大学文学部国文学科
第二志望 △△大学文学部国文学科
第三志望 □□大学文学部国文学科
将来就きたい職業 平安時代を舞台とする作品を得意とする売れっ子漫画家
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「彰子ッ! 何の冗談だ? これはっ? おまえも医者になるんだろうがっ!」
父の問いにあたしはご飯を食べたまま、淡々と答えた。
「冗談ではないっ! 医者にはならんっ!」
「許さんっ! 医者になれっ!」
「医者にはならんっ!」
「医者になれっ!」
「医者にはならんっ!」
「医者になれっ!」
「医者にはならんっ!」
「……」
父が沈黙した。根負けしたようだ。勝った!