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それからあたしの世界は一変した。そっち方面のイラスト、漫画、小説を読みまくりの、書きまくりの、描きまくり。
外見も変わった。それまでサッカーがしやすいという理由でのワカメちゃんかちびまる子ちゃんかと言われたおかっぱ頭は平安貴族を彷彿させる腰まである黒髪ロングに変わった。
髪質が父親似で黒くて硬かったのはラッキーだった。ロングにしても枝毛が殆ど出来ず、光沢も出た。
頭脳明晰、眉目秀麗のナイスバディで、街を歩けば、多くの者が振り返るという我が姉はこう言い募った。
「あんたのことで羨ましいと思ったことは今まで一つもなかったが、そのきれいな髪だけは羨ましい」
姉は母親似で茶色の猫っ毛なのだ。
◇◇◇
そして、そんな生活にどっぷりと浸かり、小学校の卒業まであと3ヶ月となった冬のある日、翔太がおずおずとあたしと信那ちゃんのところに近づいて来た。
「あ、あのさ……」
ヤバイ。一瞬、あたしはそう思った。今の翔太は学校のサッカーチームのキャプテンだ。信那ちゃんと知り合ってからのあたしは自然とサッカーチームから足が遠のいていた。
にもかかわらず、正式な退部届は出していない。そのことを咎められるかと思ったのだ。
「何か二人さ、いつも楽しそうじゃないか。良かったら俺も混ぜてくれないかな」
へ? あたしがどういうリアクションを返したものか迷っているうちに、先に信那ちゃんが動いた。その時、彼女の眼鏡のレンズがキラーンと光ったように見えたのは気のせいだったか。
「鈴木君。平安時代の人のことは誰を知ってるの?」
いきなりな信那ちゃんの質問に翔太は面食らったが、辛うじて単語を絞り出した。
「平将門」
信那ちゃんは腕組をして、しきりに頷くと続けた。
「他には?」
「……」
しばしの沈黙の後、信那ちゃんは会話を再開した。
「もしやってくれてもいいというのなら、これらの本を読んで、感想と出来たら二次創作を書いてみてくれませんか?」
そう言うと一枚のメモにさらさらと書き出した。
ジュニア版「源氏物語」(とりあえず「桐壺」のみで良いです)「更級日記」「堤中納言物語」「とりかへばや物語」。秋の桜子先生の平安時代をテーマにした短編。
このメモを目にした翔太の顔は青ざめたようにも見えたが、あたしの顔をちらりと見てから、信那ちゃんの方を向き直った。
「分かった。この本を読んで感想を書いてくればいいんだな。で、『二次創作』ってなんだ?」
「ここに上げた本の内容を素材にして書いた鈴木君のオリジナル小説です。でもこれは上級者向けなので、無理にとは言いません」
「…… 分かった。頑張ってみる」
◇◇◇
小学校の卒業式も近づいた日、何と翔太は感想に加え、二次創作まで書いてきた。
あたしと信那ちゃんは翔太の感想と二次創作を読みふけった。うーん。むむむ。
イラストレーション 知様
信那ちゃんは淡々と語りだした。
「ふーむ。うんうん。頑張りましたね。まだまだのところもありますが、本当に頑張ってくれたことが伝わって来ます。しかし……」
キラーン またも信那ちゃんの眼鏡が光ったような気がした。
「鈴木君と言えばサッカー少年。その鈴木君が何故ここまでやってくれるのです?」
それはあたしも不思議だった。そして、翔太は「ん……」と言ったまま口ごもった。
「……」
それを見ていた信那ちゃん。ぐいと、翔太の腕を掴むと教室の反対側に向かって走り出した。唖然としたまま、引っ張られる翔太。
「すみません。彰子ちゃん。ここはあたしにお任せを。ここでこのまま待っていて下さい」
教室の反対側では信那ちゃんが翔太に何か言っているが、遠くてよく聞こえない。やがて、真っ赤になって下を向く翔太。
それでも、信那ちゃんが話を続けていたら、翔太は大きく頷いた。何なんだろう一体?
そして、二人はこちらに戻ってくる。つかつかとあたしに近づく翔太。
「彰子。俺、頑張るから。おまえにふさわしいように」
後ろで腕組をしてしきりに頷く信那ちゃん。うーむ。分からん。
◇◇◇
そのまま、あたしと信那ちゃん。そして、翔太は同じ中学に進学した。
その頃には、信那ちゃんとあたしのコンビは、銀縁眼鏡の小柄な才女と時代錯誤の黒髪ロングの平安文学オタク少女二人組として、近隣の中学までその名を馳せるようになっていた。
他の中学の人も見に来たりしていたが、どう考えても「可愛い子がいるという噂で見に来た」のではなく、「今の時代珍しくなってしまったスケバン」もしくは「珍獣」を見に来たが正しかったと思う。
そして、驚いたのはてっきりサッカー部に入ると思っていた翔太が空手部に入ったことだ。
何となく小学校の卒業前に言われた言葉を思い出していた。「ふさわしい男」?
だけど、その後もあたしと翔太の距離が縮まるとかそのようなことはなかった。
むしろ、翔太がよく話すのは、信那ちゃんの方だろう。
やっぱり気になったので、あたしは、信那ちゃんに聞いてみた。
「時々、翔太と話してみているみたいだけど、何を話しているの?」
信那ちゃんは満面の笑みで答えてくれた。
「鈴木君ね。彰子ちゃんと同じ高校に行きたいんだって」
「!」
あたしと同じ高校?
お名前の借用を快諾してくれた秋の桜子様にこの場を借りて、お礼申し上げます。