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和やかな雰囲気になったその時、信那ちゃんが切り出した。
「鈴木君。彰子ちゃん。二人だけで話したいこともあるでしょ。二階の私の部屋使って、話してくれば」
「うっ、うん」
あたしは小さく頷いた。どこまで気が回るのだろう。このあたしの親友は。
「他の方は…… えーと、鈴木君のお母さんと北関先生、この後、何かご予定はありますか?」
「ないけど……」
「私も今日は診察は他の先生に頼んであるから大丈夫」
翔太のお母さんとマイマザーの答えに信那ちゃんは満面の笑み。
「では、私の手料理を食べていってください。こう見えて料理得意なんです」
「はあ……」
思わず感嘆の声を上げるマイマザー。
「信那ちゃんてば、学業優秀な上に料理も得意なの? 出来た娘だねー。うちの娘に爪の垢を煎じて飲ませたいわ」
一言多いぞ。マイマザー。
◇◇◇
信那ちゃんの部屋のことはあたしは知り尽くしている。エロ本は隠し持っていないが、BL本はたくさんお持ちになっておられる。いや、今はそんな話はどうでもいい。
今の問題は目の前にいる翔太だ。あたしは今何をすべきだ? あたしは今何をしたい?
それはすぐ決まった。そして、あたしは行動に出た。
「「ごめんなさいっ!」」
「「何で謝るの?」」
デジャビュだ。これこそまさしくデジャビュだ。
だが、前回はこのハモリの後に大爆笑したが、今回はお互いが真剣なままだ。
「だってさっ、だってさっ、あたしは翔太が学校辞める羽目にまでしちゃったんだぞ。好きな男をそんな目に遭わせて、謝るのが当然だよっ!」
翔太はあっという間に真っ赤な顔になり、そして、返して来た。
「そんなこと言ったら、俺なんか彰子に無断で北海道行き決めて、志望校変更どころか、文系から理系に変えさせちまったんだぞ。い、いや、それもあるが」
翔太は少し口ごもってから続けた。
「す、好きな男って、俺のことか?」
あたしも真っ赤になった。
「仕方ないだろ。本気で翔太のことが好きになっちゃったんだから……」
「い、いや、それは純粋に凄く嬉しいんだが。そ、その…… 大丈夫か? 俺が学校辞めるんで申し訳ないという気持ちからじゃないのか?」
「そ、それはない。あたしは翔太が好きだ」
「すまん。念のため深呼吸してみてくれ。六秒かけてゆっくり息を吐いてだな。次は六秒かけてゆっくり息を吸ってくれ。それを六回繰り返してくれ。ゆっくりー吐いてー、一・二・三・四・五・六。今度はゆっくりー吸ってー、一・二・三・四・五・六……」
これを六回行うと、本当にビックリするくらい気持ちが落ち着いた。そんなあたしに翔太は再度問いかけた。
「どうだ?」
「うん間違いない。冷静に考えて、あたしは翔太が好きだ」
「そうかあ。良かったあ~」
安堵の表情を存分に出す翔太。
「いや、ちょっと待て」
「なっ、なななっ、何だっ?」
「翔太の方こそ、あたしが今までずっと拒否してきた医者への道を受け入れたことで、申し訳ないという気持ちがあるんじゃないのか?」
「それはない。俺が彰子を好きなのは小学生の頃からだ」
「なら、深呼吸してみてくれ。ゆっくりー吐いてー、一・二・三・四・五・六。今度はゆっくりー吸ってー、一・二・三・四・五・六……」
翔太はどうだろうか? 落ち着いたのだろうか?
「どうだ?」
「うん。落ち着いた。俺は彰子が好きだ」
「良かったー」
あたしも心底安堵した。
それからは……
長い沈黙が訪れた。
だけど、不思議と心地よく、この場を立ち去りたいとは思わなかった。
まるでスローモーションのように、あたしの顔は翔太の顔にゆっくりと近づいた。ゆっくりと。ゆっくりと。そして……
「!」
どちらからかともなく、あたしたちは離れた。
「「なっ、何で離れるっ?」」
あたしたちはハモって、お互いに問うた。
「いっ、いや……」
先に答えてくれたのは翔太の方だった。
「『自衛隊』に入ることが決まっただけで、まだその仕事に慣れた訳じゃない。もっと自分に自信を持ててからにしたかったんだ。彰子は?」
「あたしの方はもっとだ。課題は二つある。一つは大学合格。もう一つは北海道へ行くことへの父の説得だ」
「…… 全く『馬鹿真面目』なんだからなあ」
「そっちこそ」
その後は何だか笑いがこみ上げてきて、二人で大笑いした。
ひとしきり大笑いした後、信那ちゃんが来た。
「夕ご飯出来たけど、もう食べられるかな?」
「ああ」
「うん」
あたしたちはスッキリした顔で返事した。それを聞いた信那ちゃんは笑顔になった。
「じゃ、行こう。みんな、待ってるよ」
◇◇◇
北関家の五人が揃いし、夕食の場。恒例の父と娘のバトルが開始された。もう何百回目になるんだか、あたしにも分からん。だが、今回はいつもと違う展開になるのだ。
「彰子っ! 将来の職業はっ?」
「北海道の『石狩医科大』で医師の国家資格を取った上で、漫画家になるっ!」
「ええいっ! まだ変わっていないのかっ! 大人しく医者になれいっ!」
「医者になるっ! そしてっ! 漫画家にもなるっ!」
「医者になれっ!」
「医者になるっ! そしてっ! 漫画家にもなるっ!」
「医者になれっ!」
「医者になるっ! そしてっ! 漫画家にもなるっ!」
「……」
父が沈黙した。やっと気が付いたようだ。いかんぞ。医者なんだから、変化には早く気付かないと。




