11
「彰子……」
あたしのディープインパクトな発言から真っ先に立ち直ったのは、やはりマイマザーだった。
「今まで言ってきた志望校で『北海道』にある学校はないよね。給付型奨学金を受けられる学校があるかどうかという問題もある。それはどうするの?」
「……」
あたしは次の発言を出すかどうか一瞬迷った。だが、言うことにした。これがあたしの決着なんだ。
「あたしは『医者』になる。志望校は札幌の『石狩医科大学』」
「……」
本来、進路指導の専門家は上泉先生。しかし、あたしとマイマザーの応酬に絶句したままだ。すまん。先生。変な母子ですまん。
「ふっ」
マイマザーは軽く笑った。むむむ。何か悔しいぞ。
「英一も秀子も気付いていたよ。彰子の関心が『医師』に向かい始めたことを」
「へっ?」
今度はあたしが絶句する番だ。
「医学部の資料を打ち出して印刷するなら、もっと分からないようにしないとね。それに、急に英一も秀子も医学部のことを質問しだせば、気が付くよ」
「くっ」
何てこった。ばれていたとは。しかし、これはどうだ?
「『石狩医科大学』には給付型奨学金制度もある。志望校変更に支障はない」
「ふっ」
マイマザーはまたも軽く笑った。ぬうっ。
「あんたのことだから、そこまで考えていることは想定済。でもね……」
「?」
「仮にも親子なんだから、もうちょっと甘えなさい。お父さんはあんたが医学部に志望を変更したと聞いたら大喜びでしょう。まあ、ネックは場所が『北海道』だと言うことね。末娘で自分に一番性格が似たあんたが可愛くてしょうがないんだから、お父さんは」
「……」
それはある。医学部志望に変更したと聞いたら狂喜する分、場所が「北海道」と聞くと反動で大激怒する可能性大だ。
「でも大丈夫。私も英一も秀子も応援するから。何としてもお父さんを説得してやるわ。ふっふっふ」
ちょっと怖いです。マイマザー。
◇◇◇
上泉先生はあたしたち母子の応酬にしばらく呆然としていたが、どうやら立ち直ったようだ。
「まあ、北関本人と北関先生がそれでいいと言うのなら。幸い北関の成績なら大概の学校は大丈夫でしょうし。2学期からの理系クラスへの変更は珍しいけど、先例がない訳でもない。理系クラスの担任には自分の教え子の柳生もいるし、校長に話してみましょう。今回のことには校長も同情的だし、大丈夫でしょう」
あたしは思わず叫んだ。
「やった!」
だが、次の瞬間、今度は翔太があたしに飛びかからんばかりになった。
「『やった!』じゃねえっ! 彰子っ! 俺のために長年の自分の夢を捨てるんじゃねぇっ! おまえは国文学科行って、漫画家になるんだろうがっ!」
◇◇◇
翔太が語気を荒げるのは本当に珍しい。あたしも一瞬圧倒された。だが、圧倒されっぱなしという訳にもいかない。
「いっ、いや、翔太。そういうことではなくてな」
だけど、翔太の勢いは止まらない。
「俺は彰子が好きだっ! 自分の好きな女が俺の選んだことで、長年の夢を捨てるなんて、俺には耐えられんっ!」
またも呆然とする上泉先生。「よく言った」と言わんばかりに目を閉じ、腕組をして、しきりに頷く翔太のお母さん。例によって原因不明で眼鏡のレンズを光らせている信那ちゃん。そして、マイマザー。両手の握りこぶしを口の前に出して「これからどうなっちゃうの? ワクワク」的なポーズをとるんじゃないっ! 可愛いじゃないかっ! ちくしょー。
「彰子っ! 夢を捨てるなっ! 国文学科行って、漫画家になれっ! 親父さんが学費を出さないと言うなら、俺の稼ぎを使えっ!」
「キャーッ」
この黄色い悲鳴はマイマザーである。乙女かっ?
「さあて、そろそろ私の出番かな?」
信那ちゃんはゆっくり前に出ると、キラリン。またも眼鏡を光らせた。
「鈴木君。自分の好きな女の子を舐めちゃあいけないよ。彰子ちゃんは夢を捨ててなんかいないよ」
一瞬、勢いを削がれた翔太だが、まだ止まらない。
「何言ってたんだ? 上泉。彰子は北海道に来るため、国文学科への進学を諦めて……」
信那ちゃんは右腕を上げると静かに翔太を制した。
「そう。彰子ちゃんは進路を国文学科から医学部に切り替えた。だけど、漫画家にならないとは言っていない……」
「!」
おおっ、さすがに翔太が止まったぞ。信那ちゃんは更にたたみかける。
「鈴木君も知ってるでしょう。『漫画の神様』手塚治虫先生は医師でもあるのだよ」
信那ちゃんは仁王立ちになって、翔太に右手の人差し指を突きつけた。まるで「笑ゥせぇるすまん」の「喪黒 福造」だよ。「ドーン!!!!」とか言わないでね。
「…… わっ、分かった。だが、上泉。彰子は国文学の勉強ができなくなってしまうぞ」
翔太の最後の懸念に信那ちゃんは小さく笑って答えた。
「それは…… 私が帝都大学に入って、国文学を学んで、彰子ちゃんにリモートで特別講義するから。鈴木君も一緒に受講する?」
翔太は頭をかいて、苦笑い。
「いっ、いや、俺はもう勉強はいいや」
ポンッ
今回、他の人間たちの強烈な個性に振り回されっぱなしだった上泉先生が翔太の頭を手のひらで軽く叩く。
「鈴木。そうはいかんぞ。おまえはもともと成績は悪くないんだ。自衛隊勤務しながらでも、通信制で高卒と大卒の資格は取れるんだ。しっかり勉強してもらうぞ。竹上にもよく言ってあるからな」
「うへえ」
参ったという顔の翔太。その姿に場は笑いに溢れた。




