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山脈(やま)から吹き下ろす風は冷たいけれど、あたしの恋は前途洋々なのだ  作者: 水渕成分


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彰子(しょうこ)……」

 あたしのディープインパクトな発言から真っ先に立ち直ったのは、やはりマイマザーだった。

「今まで言ってきた志望校で『北海道』にある学校はないよね。給付型奨学金を受けられる学校があるかどうかという問題もある。それはどうするの?」


「……」

 あたしは次の発言を出すかどうか一瞬迷った。だが、言うことにした。これがあたしの決着なんだ。


「あたしは『医者』になる。志望校は札幌の『石狩医科大学』」


「……」

 本来、進路指導の専門家は上泉(かみいずみ)先生。しかし、あたしとマイマザーの応酬に絶句したままだ。すまん。先生。変な母子ですまん。


「ふっ」

 マイマザーは軽く笑った。むむむ。何か悔しいぞ。

英一()秀子()も気付いていたよ。彰子(しょうこ)の関心が『医師』に向かい始めたことを」


「へっ?」

 今度はあたしが絶句する番だ。


「医学部の資料を打ち出して印刷するなら、もっと分からないようにしないとね。それに、急に英一()秀子()も医学部のことを質問しだせば、気が付くよ」


「くっ」

 何てこった。ばれていたとは。しかし、これはどうだ?

「『石狩医科大学』には給付型奨学金制度もある。志望校変更に支障はない」


「ふっ」

 マイマザーはまたも軽く笑った。ぬうっ。

「あんたのことだから、そこまで考えていることは想定済。でもね……」


「?」


「仮にも親子なんだから、もうちょっと甘えなさい。お父さんはあんたが医学部に志望を変更したと聞いたら大喜びでしょう。まあ、ネックは場所が『北海道』だと言うことね。末娘で自分に一番性格が似たあんたが可愛くてしょうがないんだから、お父さんは」


「……」

 それはある。医学部志望に変更したと聞いたら狂喜する分、場所が「北海道」と聞くと反動で大激怒する可能性大だ。


「でも大丈夫。私も英一()秀子()も応援するから。何としてもお父さんを説得してやるわ。ふっふっふ」


 ちょっと怖いです。マイマザー。


 ◇◇◇


 上泉(かみいずみ)先生はあたしたち母子の応酬にしばらく呆然としていたが、どうやら立ち直ったようだ。

「まあ、北関(きたぜき)本人と北関(きたぜき)先生がそれでいいと言うのなら。幸い北関(きたぜき)の成績なら大概の学校は大丈夫でしょうし。2学期からの理系クラスへの変更は珍しいけど、先例がない訳でもない。理系クラスの担任には自分の教え子の柳生もいるし、校長に話してみましょう。今回のことには校長も同情的だし、大丈夫でしょう」


 あたしは思わず叫んだ。

「やった!」


 だが、次の瞬間、今度は翔太(しょうた)があたしに飛びかからんばかりになった。

「『やった!』じゃねえっ! 彰子(しょうこ)っ! 俺のために長年の自分の夢を捨てるんじゃねぇっ! おまえは国文学科行って、漫画家になるんだろうがっ!」


 ◇◇◇


 翔太(しょうた)が語気を荒げるのは本当に珍しい。あたしも一瞬圧倒された。だが、圧倒されっぱなしという訳にもいかない。

「いっ、いや、翔太(しょうた)。そういうことではなくてな」


 だけど、翔太(しょうた)の勢いは止まらない。

「俺は彰子(しょうこ)が好きだっ! 自分の好きな女が俺の選んだことで、長年の夢を捨てるなんて、俺には耐えられんっ!」


 またも呆然とする上泉(かみいずみ)先生。「よく言った」と言わんばかりに目を閉じ、腕組をして、しきりに頷く翔太(しょうた)のお母さん。例によって原因不明で眼鏡のレンズを光らせている信那(のぶな)ちゃん。そして、マイマザー。両手の握りこぶしを口の前に出して「これからどうなっちゃうの? ワクワク」的なポーズをとるんじゃないっ! 可愛いじゃないかっ! ちくしょー。


彰子(しょうこ)っ! 夢を捨てるなっ! 国文学科行って、漫画家になれっ! 親父さんが学費を出さないと言うなら、俺の稼ぎを使えっ!」


「キャーッ」

 この黄色い悲鳴はマイマザーである。乙女かっ?


「さあて、そろそろ私の出番かな?」

 信那(のぶな)ちゃんはゆっくり前に出ると、キラリン。またも眼鏡を光らせた。

「鈴木君。自分の好きな女の子を舐めちゃあいけないよ。彰子(しょうこ)ちゃんは夢を捨ててなんかいないよ」


 一瞬、勢いを削がれた翔太(しょうた)だが、まだ止まらない。

「何言ってたんだ? 上泉(かみいずみ)彰子(しょうこ)は北海道に来るため、国文学科への進学を諦めて……」


 信那(のぶな)ちゃんは右腕を上げると静かに翔太(しょうた)を制した。

「そう。彰子(しょうこ)ちゃんは進路を国文学科から医学部に切り替えた。だけど、漫画家にならないとは言っていない……」


「!」

 おおっ、さすがに翔太(しょうた)が止まったぞ。信那(のぶな)ちゃんは更にたたみかける。


「鈴木君も知ってるでしょう。『漫画の神様』手塚治虫先生は医師でもあるのだよ」

 信那(のぶな)ちゃんは仁王立ちになって、翔太(しょうた)に右手の人差し指を突きつけた。まるで「笑ゥせぇるすまん」の「喪黒 福造」だよ。「ドーン!!!!」とか言わないでね。


「…… わっ、分かった。だが、上泉(かみいずみ)彰子(しょうこ)は国文学の勉強ができなくなってしまうぞ」


 翔太(しょうた)の最後の懸念に信那(のぶな)ちゃんは小さく笑って答えた。

「それは…… 私が帝都大学に入って、国文学を学んで、彰子(しょうこ)ちゃんにリモートで特別講義するから。鈴木君も一緒に受講する?」


 翔太(しょうた)は頭をかいて、苦笑い。

「いっ、いや、俺はもう勉強はいいや」


 ポンッ

 今回、他の人間たちの強烈な個性に振り回されっぱなしだった上泉(かみいずみ)先生が翔太(しょうた)の頭を手のひらで軽く叩く。

「鈴木。そうはいかんぞ。おまえはもともと成績は悪くないんだ。自衛隊勤務しながらでも、通信制で高卒と大卒の資格は取れるんだ。しっかり勉強してもらうぞ。竹上にもよく言ってあるからな」


「うへえ」

 参ったという顔の翔太(しょうた)。その姿に場は笑いに溢れた。


 


 

 


 

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― 新着の感想 ―
[一言] 凄いですね☆彡 医師で漫画家、憧れます! せめてどっちかにでもなってみたいです ><。
[一言] でも医学の知識は、漫画を描く上で大きな武器になると思います。 特に人体の構造は詳しく知っておくに越したことはないですし。
[良い点] ぬおおおーー! 激動! これはすごい! [一言] クソカス教師しね!
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