しらたまさんとの小説4
「今日からこの病棟でお世話になるしらたまと言います。まだ医者になって間もないので迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」
新人の医者が入ってくると、まず目の色を変えるのが我々若手の看護師の役目だ。当然拍手も出戻りの医者より大きい。
「ちょっとイケメンじゃないですか?」
「そーっすね」
隣の2年目の看護師が早速色めき立っている。
(まぁ俺の方が多分モテるけど)
「零君…だっけ?」
「…ん…」
「昼間っからこんなことしてて良いの?」
「夜勤だったんだよ。それより早くしてよ、眠くなるから」
自分でも毎日やる相手を取っかえ引っ変え飽きないなぁ、と思う。表面は献身的な看護師をやってても所詮人間だ。人間も動物と同じで、健全に生きてこそセックスに生きるものなのだ。
(まぁ、俺は子孫残さないセックスだけど)
「零君良かったよ」
「そりゃどーも」
「またやってくれる?」
「連絡先くれたら」
「今書くわ」
(こいつは2度目はねーな)
言っといてあれだけど、連絡先くれる様なやつには正直関心がねーんだわ。悪いな。
「それではしらたま先生の歓迎をお祝いして乾杯!」
新人歓迎会というのはどこにでもあるもので、もちろん病院とて例外ではない。夜勤の看護師は仕事があるので席を外すことができるが、他は強制というのもサラリーマンと一緒である。
運悪く日勤だった俺は今晩は男と一緒ではなく片手にビールジョッキを持っている。
まぁ、たまにはこんな夜も悪くはないかもしれない。
数分もしないうちにしらたま先生の周りにわらわらと女性看護師が集まる。
「若いっていいわねー」
病棟でも古株の看護師が豪快な飲みっぷりを見せながらつまみも摘むのも忘れていないのは、流石としか言いようがない。
「零君は行かないの?」
「いやぁ男っすよー」
「男だから分かる話もあるんじゃないかなぁ」
何が分かるもんか。あっちは健全な医者、こっちは不健全な看護師だぞ。
帰りにしらたま先生が追いかけてきた。
「零さん、電車一緒ですよね」
「そーだっけ?」
「さっき話したじゃないですか」
「話したかなぁ」
お酒の席というのは恐ろしいものでその場で話したことをすぐ忘れてしまう。
「一緒に帰りましょう」
別に断る理由がない、がセックスしない男にも興味はない。
勝手にしてくれ。
という訳でこちらは来た電車に何も言わずに乗ると勝手に着いてきて隣に座った。
本を開く。
「あっ!」
突然の大声に一瞬身が縮む。
「これ森見登美彦じゃないですか!」
「先生、本詳しいの?」
「SFだけですが」
医者が文学を読むイメージははっきり言って全くない。
2人で文学について語る時間は正直に言うと、その場のセックスより楽しかった。
良い香りがずっと頭に残っている。
その後2人でよく飲むようになった。始めは居酒屋に2人で行っていたが、家が近いこともあり互いの家に行くようになった。
2人で飲んでみて思ったが、しらたま先生はかわいい…というかスキンシップが激しい。
あのイケメン顔でめちゃくちゃ触ってくるのでこちらは心臓がなりっぱなしだ。
そして医者独特の消毒液の香りが良い。
(良いって言ったってこっちはノンケだしなぁ)
一晩限りの付き合いは最近無くなった。
好きな話をお酒を飲みながら交わすのは何よりも楽しい。
楽しい。
「ん…」
頭が痛い。日の光が眩しい。目を開ける。
隣に眠っているしらたま先生が見えた。
その時はっきり分かった。
自分がしらたま先生を好きなんだと。
好きだからどうする、ということもできず悶々とした日を過ごすことになった。
相変わらず2人で飲めばスキンシップは激しいし、好きな相手にそんなことをされれば心臓は大きく音を立てて動きっぱなしだしで全然酔えない。
「そういえば」
「なんだよ」
「いえ、なんか安心するなぁって」
「なにが?」
「零さんと一緒にいると」
安心するって何だよ。こっちは…
「…笑えねーな…」
「え?」
「安心するって何だよ。こっちは…」
こっちは…
「ずっと片思いなんだよ…」
結論から言うと保留になった。
そりゃそうだ。いきなり1番の友達が「実は好きだ」と言って来たのだから。
「零さん元気無いねー」
「そう?」
患者ー特に子供は意外と見てるものだ。
いつも通り子供の血圧を測っていると言われた。
「うん、絵本読んでって言ったらいつも後でだし、後でって言う割にはぼんやりしてるし」
だから子供は嫌いなんだ。
「しらたま先生も変なんだよ」
「そうなの?」
「うん、話してることが一周回ってよく同じこと話してる」
やっぱり子供は嫌いだ。
好きって事は…
相手を1番想うこと…
「好きだ」と言われて戸惑ったのはそうだし、同時に嬉しかったことも正直あった。
戸惑った理由は…
今考えるとよく分からない。相手が1番の親友だったからか、男だったからか、自分みたいなのを好きになってくれたからか。
(男だからってことは無いと信じたい…)
家に帰るのが気が重い。なぜなら病院に居ても彼と顔を合わせるので気が重いが、家にいても最近1人なのと、彼の香りをより思い出すからだ。
甘いいつまでも嗅いでいたい香り。
ふと、その甘い香りが漂う。
「あ…」
「よっ」
いきなり行ってもどうしようも無いのは分かってた。もう返事は分かってる。
「返事聞きたいって思ってさ」
何言ってるんだ俺は。
「あの…」
「親友から恋人…ってか男だもんな。普通に考えて無理だよな」
「無理じゃないです!」
「…はい?」
自分でも驚く様な声が出た。
「全然無理じゃないです。というか…」
「というか?」
「むしろ零さんならしたいと思ってしまった自分に戸惑ってました…」
あぁそうだ。本当は好きなんだ。好きになった人が初めてだから…こんなに戸惑ったんだ。
「部屋…入っていい?」
「はい、今開けます」
キスをして抱きしめられると心臓の音が聞こえた。
「やべぇ」
「何がですか」
「ノンケ初めてだから」
「ノンケが初めてってことは、男性なら抱かれたことがあるってことですか?」
「…まぁそれなりに」
「…今晩で全部忘れてください。それで許します」
好きな人が出来なくても人生は幸せだと思ってた。それが自分の人生だと納得していた。
けれど、好きな人がいる。それだけで周りの景色がこんなにも色づくものだとは思わなかった。
今日も彼に会ったら言うのだ。
「おはよう、愛してるよ」