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9話 後藤 葉月

週間一位になってました。

ありがとうございます(๑°ㅁ°๑)

――後藤 葉月――


「どうして…どうして私はあんな言い方しかできないの……」


 後悔に塗れた頭をガクッと下げていると、グシャリと袋の潰れるような音が鳴る。気付けば私は品出しをしていたパンの袋を思いっきり握っていた。


(わ、わわっ……しまった、つい……破れてない……よね?)


 そろりと恐る恐るパンの袋を見回してみたが、どうやら無事なようだ。ほっと一安心。そのままそれを売り場に並べて品出しを再開しつつ、自分の行動を振り返る。

 ちょうどお昼に差し掛かってきた頃、私はレジでちょうど会計を済ませた真宮くんにお昼休憩の催促をしたのだが、私はその時の態度に全く納得していなかった。ていうか、酷すぎる。



『おつかれ、休憩行きなよ』


『あ、どもっす、じゃあお言葉に甘えて』


『はいはい』



 …………なんっだそれ!?



 ただ普通に「お疲れ様、休憩してきてもいいよ?」とか「いってらっしゃい。ゆっくりでいいからね」って言えば良いだけなのに!! なんであんな言い方になっちゃうわけ!?


 再びグシャリという音が聞こえて「わわっ」と声を上げてパッとパンから手を離す。


 私は別に、真宮くんが嫌いなわけじゃない。むしろ、いつも楽しい話を聞かせてくれる真宮くんは好きだと言ってもいい。最近はあまり話してくれなくて少し寂しいくらいだ。確かにちょっと変なところはあるかもしれないけど、でも私はなんだかそこは憎めなかった。……なのにこの態度。



──そう、私は俗に言うコミュ障。特に、男子に対して。



###



「休憩あがりました」


 品出しをなんとか終えてレジでお客を待っていると、少しおどおどとしながら真宮くんが戻ってきた。ちらりと時計を見ると、真宮くんが休憩に入ってからまだ30分程度しか経っていない。


「は……? 少し早くない?」


 もう少し休憩しても良かったのに。その言葉が言えたら良かったのに、私はまたもやぶっきらぼうにそんな言葉を彼に投げてしまった。


 すると、彼はなんだか少し悲しそうな顔でギギッと油の差さってない機械のような頬の動きでぎこちない笑みを浮かべた。心なしかきらりと光る何かが目尻に浮かんでいる。


(や、やば、違うそうじゃなくて! えーとえーと……!)


 私は表情を強張らせたまま、弁明の言葉を脳みそをフル回転させて考えていると、その思考を中断するような声が聞こえた。


 見れば、コピー機の前でおばさんがこちらに手を挙げて私たち店員を呼んでいる。すると、真宮くんはその声にぱっと反応して、すぐさまそちらに歩きつつよく通った声で応答した。


「はーい、お伺いしますー」


 し、しまった。流石に、休憩も短いのにこんな面倒なことをやらせるわけにいかない!


 私は慌てて真宮くんを制止すると、なんとなくそれっぽいことを言ってみる。


「真宮くん、まだ一月目でしょ。私がいくよ」


 言ってから思う。真宮くんって一月目とは思えないほど物覚えいいし気が利くし……あれ、この理由ちょっとミスったかも……


 そして当の本人は、一瞬きょとんとしていたが、すぐににこりと微笑んだ。


「いや、大丈夫っすよ。これも経験なんで。でも、どうにもならなかったら、お願いします」


 ……ごめんなさい。認めます。不覚にもキュンとしました。し、仕方ないよ、真宮くん……笑うとうんとカッコいいし……


 そのあたりはなんとか悟られないよう平常心を装う。本当は私がやってあげたかったが、これも経験ですからなんて言われたら、そうですかと引き下がるしかない。それに、私でも頼りにされていると分かって嬉しかったなんて気持ちもあった。実にチョロいもんである。


「まぁ……わかったよ。でも、あんま変なこととか言ったらダメだからね」


 一応先輩面をしてみる。なんの意味があるのかは分からない。


「え、ええ……任せてください」


 私の言葉に少し困惑した様子ではあったが、それでも片手をぐっとあげて反応してくれた。それに比べて私ときたら……


 はぁ……心底自分が嫌になる……


 しゃんと背筋を伸ばして歩いていく真宮くんを見て、呆れのため息をこぼす。真宮くんにではなく、自分の弱い部分に対して。



###



「ふぅ……」


「おつかれ」


 あまり疲れを感じさせない表情で戻ってきた真宮くんになんとか労いの言葉をかける。

 そして、私にはまだ言いたいことがある。実は、物覚えがいいだのなんだかんだ言ったが、やっぱり心配でひっそり真宮くんの様子を見ていたのだ。あとは、頼られた時すぐ行けるように。

 結果としては私の出る幕はなかった。むしろ私より対応が上手だったと思う。おばさんは終始笑顔で、最後はお互いに深々とお辞儀をしていた。なにを話していたかはわからなかったが、まず文句のつけようのない対応だったと思う。


 私が言いたいのはそのこと。すごく良かった、すごいね、そんな言葉。でも、私にはやっぱり難しくて、そんな言葉達は冷たくて投げやりな言葉に変換されてしまった。


「まぁ……悪くなかったんじゃない?」


 悪くなかったどころか良かったんだよ……真宮くん……


 私はそんなことも言えない自分に酷く落胆した。しかし真宮くんはそんな私の心境を知ってか知らずか、本当に嬉しそうな笑顔を私に見せてくれた。


「ありがとうございます、後藤さん」


 …………二度目。二度目です。


 私は顔がカァッと熱くなるのを感じて、つい「ふん」などと言ってそっぽを向いてしまった。これがいけない反応なのは分かっているが、今は、彼と面と向かって話せる顔はしていないのだから仕方ない。


 そして私はその日、彼のその笑顔を忘れることは出来なかった。


 そんな私にも、ようやく転機が訪れる。そして、私はこの時、自分の気持ちに嫌でも気付かされることになった。



「いらっしゃいませ! お品物お預かりします!」


 接客中は人見知りは発動しない。店員という仮面を被ることでなんとか、表面の自分を意識の底に落とし込むことができるから。まあでも、多分私に接客業は向いてないんだろうなと思う。


 とほほ…と心の中で落胆していると、その時レジを受けたおじさんが急に大声で私に尋ねてきた。


「おい、マヨネーズ置いてねえのか」


 高圧的な態度で話しかけてくるその人に、私は一瞬たじろいだが私だって一年ここで働いてきた。だからこのくらいは対応できる。


「申し訳ございませんが、当店では取り扱ってなく────」


 私が丁重に謝罪をすると、私の言葉を遮るようにそのおじさんは手をレジの机に叩きつけた。


──バンッ!!


「ひっ……」


「おかしいだろうがよ! なんでねえんだよ! あんた新人か? ないわけねえだろうが、ああ!?」


(や、やばい! どうすればいいの!? こ、怖いよぉ……!)


 そのおじさんの剣幕に、私はもうすっかり怯えてしまって、おじさんが唾を撒き散らしながら大声で私に怒鳴りつける様を見て萎縮することしか出来なくなっていた。


 足の震えが止まらない。声が出せない。ただここに立っていることしかできない……!


 そんなふうに体を硬直させている間にも、そのおじさんは何かを凄い勢いでまくしたてていたが、恐怖で固まってしまった頭はその声を拾うことは出来なかった。


(どうしよう……! も、もうやだ……────


──すみません、お客様。いかがなさいましたか?」


 その時、私にとっての救いが訪れた。


(真宮……くん……)


 真宮くんはまるで私を守るように、怒り狂うおじさんと私の間に立ち塞がり、私が恐怖でなにも出来なかった対象に対してまるで子供の相手でもするかのようにひらひらと対応していた。聞こえる怒号と、それをうまく受け流す声。私はその二つの声を、どこか遠くで聞いていた。


 しばらく私は、事務所から店長が出てきてそのおじさんを連れて行ってしまうまで、ただ呆然と真宮くんの大きな背中をじっと見つめていた。


 店長とおじさんが外に行って静かになると、真宮くんは「ふぅ」と軽いため息を一つ。すると、呆然と真宮くんを見つめていた私をパッと振り返った。

 私を見た真宮くんはぎょっとした顔をした後、ほかのパートの人達に「ごめんなさい、ちょっと休憩もらいます」と一言告げた。

 どうしたんだろう。そんなことをちらと考えていると、彼はそっと私の手をとった。

 急なことに少しびっくりしたが、彼の暖かい手は、恐怖で凍ってしまった私の心を(ほど)けさせていく。そしてそのまま、私の手を引いてずんずんと歩いていく彼の背中は、とても頼もしく感じた。



「どうぞ、座ってください」と、ひどく優しい声音で椅子を勧められて、何も言わないままこくりと頷き、促されるまま椅子に座った。

 こうして落ち着いてみると、今も私はがちがちと震えているようだった。まるで、体の芯まで冷え切ってしまったような、気持ち悪い感覚。


「怖かった……ですよね」


 そんな私を心配してくれているのか、彼の気遣うような声が頭の上から降ってきた。私は本当は言いたかったの。怖かった、ありがとうって。でも、こんな時まで私は素直になれなくて…


「こ……怖くなんか……ないし……」


 こんなことを言ってしまう。我ながら本当に可愛くないと思う。

 怖かった、情けない、不甲斐ない。色んな感情が浮かんでは消え、それは次第に涙となって私の視界を曇らせた。


 そんな私を見た彼は、心配するでもなく、焦るでもなく、ただ小さくくすりと笑った。


 どうして笑うの。そんな言葉が口から出かかった。出かかったのだ、だから実際にそれが口から出ることはなかった。だって、もっと大変なことが起きたんだから。


 ぽふ、と私の頭に心地よい重さがかかった。その重さの正体は彼の手。唐突に頭を撫でられて私はびくりと身体が硬直する。でも、彼は優しく、丁寧に大切に私の頭を撫でてくる。そんな彼の温度に私の心も次第に融解していく。気付けば私は彼に撫でられる感触に身を任せていた。


 そんな恥ずかしさから、つい口から悪態が出てしまう。


「………真宮くんのくせに」


「はは……俺ですいません……」


 俺で、なんて、そんなことないんだよ。私は、私を助けてくれたのが真宮くんで、よかったと思ってるんだよ。


 でも、そんなことすらちゃんと言葉で伝えられない私だから、行動で示すしかないと思った。ただとにかく、真宮くんで良かったと。


 私は彼の身体にぎゅっと抱きついて、真宮くんの胸に頬を寄せた。彼の体は服の上からじゃ分からなかったが、すごく逞しくてとても頼もしかった。今思えば、私にしては随分大胆な行動だったなと思う。


「はっ……えっ……」


 困惑する真宮くん。そうだよね、でも、今だけこうしていてほしい。


「ちょっと……ちょっとだけこのまま……」


 真宮くんの胸の中はとてもあったかくて、心地よくて、それでいて安心した。ずっとこのままここにいたいと思うほどには、ここが好きになった。


 そしてその安心感からか、それとも自分がこうすることでしか気持ちを伝えられない不甲斐なさからか、私は自然と涙をこぼしていた。でも、泣き顔なんて見せられないから、私は真宮くんの胸にぎゅっと顔を押し付けて静かに泣いた。


 そしたら、彼は嫌がるわけでも引き剥がすわけでもなく、そっと優しく抱きしめてあやすように頭を撫で続けてくれた。私は彼のとくん、とくん、という穏やかな鼓動を聞きながら思った。そしてその気持ちはこれまた私にしては珍しく、すんなりと私の心に落ちた。



 この人が、好きだな。



 自覚してしまえば早かった。これが私の初恋。そして多分、一目惚れ。

色々考えましたが、なろうとノクタは別のルートを取ろうと思います。

別作品のようになってしまう可能性がありますが、ifルートとして、お楽しみいただけたらと思います。

それまではこれまで通り毎日12時1話更新をさせていただきます!


感想などよろしくお願いします!


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