7話 瑞樹 結衣
ブクマ2000ありがとうございます!
――瑞樹 結衣――
スマホを目の前に掲げつつ、今や知らない人はいないメッセージアプリを開いて中学校の友達からのメッセージに返信する。その友達からのメッセージの内容は、
『結衣ー、今日も集まるけど来るー?』
というもの。
集まる、というのは中学時代のカースト上位のほとんど馴れ合いみたいな集まりのこと。
正直めんどくさい。いまトークをしている理恵とは仲は悪くないが、他のメンツ、特に男共なんかは面倒くさい。あいつらの言葉やボディタッチは、どこか粘着質で気持ち悪い。カースト上位の自覚があるのか知らないが、自分はモテると信じて疑っていないようだ。どこぞの真宮と一緒。
ただ、そんなわがままを言っていられないのが人間関係ってもの。ああやだやだ、この世界は面倒なものばかりだ。
『行くよ。場所は?』
ぱぱっとすっかり手慣れたフリック操作で文字を入力する。行くのは不本意だが、ハブられるのも不本意だ。こんなクソみたいなものに縋っている自分も、大概面倒くさい。
「はぁ」というそんな自分への呆れのため息とともに、トーク画面に新たなメッセージが追加される。
『いつもの駅前のカラオケで! もう浩太達が部屋とってるみたいだからそのまま来ちゃって〜』
このグループは、皆ほとんど別々の高校に行ったにも関わらずまだこうやって繋がろうとしている。とっととそっちで友達作ってよろしくやってくれ、とも思うが、自分もそう変わらないので何も言わない。
トークの画面を消して、ぽいとカバンに放り込んでその教室を後にする。足取りは重い。これから、あの上辺だけの楽しみに付き合うのだから。
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私は駅前への近道をするため、比較的人通りの少ないルートを選択した。いや、してしまったと言うべきか。
今ではそんな私を呪い殺してやりたい。いや、真に呪い殺すべき相手は私じゃない、このグズ共だ。
「ねえねえ君? ちょっとちょっと、そこの君だって」
その時、私は本能で感じた。こいつらはロクでもない奴らだと。そうなれば面倒なことになる前に逃げる、これが鉄則だ。しかし鉄則とはいえ、そこには限界はある。例えば、物理的にその鉄則を守れない場合。
「ちょーっと待ってってば。そう逃げないでよ」
チャラチャラした男が私の行く手を塞ぐ。チッと舌打ちをしつつ後ずさると、背後にも下卑た笑みを浮かべる男が立っていた。そいつらの着ている制服を見て思う。
(チッ…こいつら、あそこの工業高校のヤツらか…)
この近くには男子校同然の工業高校があり、そこの偏差値は低い。とどのつまり、不良学校だ。まあドラマみたいに、あからさまに反抗して毎日喧嘩に明け暮れるとかそんな奴らじゃない。ただ自分より弱そうな人にイキがってる中途半端でしょうもない奴らだ。
「かわいいね君、八代のとこの子? ちょっとさ、俺最近彼女にフラれちゃってさびしーんだわ」
なんだそれは。私に一体なんの関係があるのか。
「あっそ、知らないよそんなの。あんたが甲斐性なしだからフラれたんでしょ」
あくまで強気に出る。こんなところでしおらしくしていればあれよあれよと向こうの良いようにされてしまう。そしてそんなことを考える頭の片隅に、一つ疑問があった。
(あいつ、こんなとこで何やってんだ…)
私の視界の端には、ヘッタクソでわざとらしい口笛を吹きながらゆっくり歩いている真宮が見えていた。大方、なんとなく通りがかってしまって自分にも被害がこないよう他人のフリをするつもりなのだろう。あいつもあれだけイキがっておきながら、結局中身はこいつらと一緒。
自分より上には媚びへつらって、下には気色悪い笑みを浮かべて食い物にする。…クソ共が、ヘドが出る。
「ははっ、結構言うね。いいよ、好きだよそういうの。ちょっと俺と付き合ってよ」
私は増幅した怒りそのままに、張り倒したくなるニヤケ顔を浮かべる男に暴言をぶつける。
「ふざけんな。とっとと失せろカス共」
その言葉を聞いた男はスッと表情を消して低い声で話し始めた。
「…なぁなぁ、俺らそこの工業高校なんだよ? 知らないの?」
一瞬、ビクリと慄いた私がいたが、こんなカスには悟られまいとすぐに気を持ち直して強気に出る。
「ハンッ、知るかよ。高校の名前借りてしかイキがれないタマ無しどもが」
「……おい、テメェいい加減にしろよ」
その男の底冷えするような声に、私は今度こそ恐怖で体が硬直した。いくら強気な自分を演出したところで、現実はひ弱な女子高生。男に力ずくで取り押さえられれば私に抵抗する術は無い。そんな恐怖に足が竦む。
私は一縷の望みをかけて真宮の方を見ると、奴はいつのまにか立ち止まって、考え込むようなポーズをして突っ立っていた。助けろよ! なんて私の心の叫びが聞こえたが、それが口から言葉となって出ることはなかった。
そして、恐怖で足がすっかり竦んでしまい動けなくなった私の手を、男はぐいっと力任せに引っ張ってくる。そしてこの後に訪れる最悪の結末を想像し、全力で抵抗する。
「キャッ! やめろって! 離せよ!」
「そんな抵抗すんなよ、こっちこいや」
―――嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!
「テメェさっきの言葉後悔させてやっかんな!」
「うるせえカス! テメェなんかとっととサツに捕まって惨めな人生送ってろ! 腐れチンコが!」
せめてもの抵抗で、大声で暴言を吐き散らかす。
しかし、私の手を引っ張る力は強くなり、そしてそれとは逆に私の力はもう底を尽きそうだった。
こんなことなら、もう少し体を鍛えておくんだったと涙ながらに後悔し始めた時、その場にはあまりにもそぐわないほど軽い声音が聞こえた。
「あの、その辺で勘弁してやってくれないっすかね?」
その声を発したのは、他でもない真宮。こんな時にまでわざわざ格好付けにきたのかと、私は驚愕に目を見開いた。
「………あぁ? なんだよお前」
(な、なに考えてんだ!? お前みたいなイキってるだけの奴がどうにか出来るわけないだろ!こんな時まで格好つけなくていいから、早く逃げろよ!)
私は助けてほしいなんて思っておきながら、それとは逆に巻き込みたくない、なんて思っていたらしい。恐怖で震える声で、真宮を止める。
「〜〜っ! 真宮、お前っ! やめとけって! なんで来てんだよ! 今更気取ってんなよ!」
すると真宮はちらりと私を一瞥すると、すぐに男に向き直り、ゆっくりと頭を下げた。
「あの…きっとそいつも失礼なこと言っちゃったんだと思いますけど、きちんと俺から言っておきますんで…離してやってくれないですか」
私は思わずポカンとしてしまった。え? お前あんだけ格好つけてたクセにそれなの? と。後から考えると、自分のために頭を下げてくれている人間に対してあまりにも失礼である。
そして、その男二人は、きょとんとしながら顔を見合わせると案の定ぎゃはははと腹を抱えて笑いはじめた。
「お、お前、こいつの彼氏かなんか? それともただのイキり? くははっ…どっちにしてもめっちゃウケる。なぁなぁ…あんまこういうのに、首突っ込まねえほうがいい…ぞ!」
ブンッと空気を唸らせて真宮の顔に打ち付けんとする拳を見て、私は思わず叫びそうになった。
「―――ッ!!」
―――ドンッ
鈍い音が響き渡る。男が影になって真宮が見えなかったが、こんなの何が起きたかなんて誰にだって分かる。私は自分のせいで真宮に起こった事を想像して、膝が震え始めた。
「ーーーがはっ!げほっ、げほっ…」
そして、ドサっと膝をつく………男。
「はぇ……?」
私は多分、相当間抜けな声を出していたと思う。
なぜなら、殴られて口から血を出し痛みにのたうち回っているだろうと思っていた真宮は、冷たい無表情で男の前に立っていたのだから。
「ぐっ…テメェ…今なにした…っ!」
「あ…?」
真宮は凍てつくような低い声を出しつつ首を傾げると、跪く男を見下ろしながら端的に答える。
「なにって…足を前に出しただけだ」
(なに……それ………)
「ーーっ! …テメェッ!!」
当然、その男はその言葉に逆上して、勢いよく立ち上がりもう一度拳を振りかざす。私は今度こそ「あっ!」と声を上げた。しかし、私はそのあと、信じられないものを見た。
―――スパァンッ!!
「………はっ?」
それは一瞬の出来事。まるで漫画のワンシーンのような鮮やかな蹴りを一つ。その蹴りを顔に受けた男はうめき声一つ上げずその場にドサッと倒れ込んだ。
真宮はその男からまるでもう興味がなくなったかのように視線を外すと、今度は私の方に向かって凍てつくような冷たい視線を向けてきた。
「なぁ、マジで、もうやめにしないか?」
底冷えするような低く唸るような声に、私はビクッと体を硬直させる。しかし、すぐにそれは私に言ったものじゃないと気付く。
私のすぐ横にいたもう一人の男も同じように怯えていたからだ。
「あ、ああ…」
その男はもう逆らう気もないようで、大人しく退散していった。
男達が完全に見えなくなったとき、ようやく助かったという実感が湧いてきた。それと同時に、先程まで感じていた無力からの恐怖が蘇る。
すると、いつのまにか近くまで来ていた真宮がさっきまでとは打って変わって優しげな顔をしていることに気付いた。
「ああ…なに、その、怖がらせてごめんな」
(バ、バレてる!?)
先程までの二人との問答で強がっていたのがバレてたのかと、内心でとてつもなく焦る。
「はっ、はぁ!? いやっ、怖がってないから!」
必死に強がるように否定する。ここで助けた恩なんて売られようもんなら後でどんな見返りを要求されるか………
「あ、ああ…そうなの? いやマジごめんな、ほら、俺もう行くからさ…いや、ほんとごめんな、じゃあな…」
えっ、ちょ、ちょっと待って。じゃあなって何!? 嘘、このままもう行くってこと!? 助けたから付き合ってよとかっていうのもないの!? マジで嫌だけど仕方ないかなんてちょっと思ってたのに!?
「はっ!? はぁっ!? なに、どこ行く気!? 待ちなさいよ!」
流石にこのままなにも返さずに行かれるのは私のプライドが許さない。付き合うは普通に却下として、もう少し常識的なお返しくらいだったら全然する。それくらいのことをしてもらったのだから。
「せ、せめてお礼くらいさせなさいよ!」
そう言うと、何故か真宮はビクッと怯えたように縮こまり後ずさりし始めた。
な、なんで私が追い詰めてるみたいになってるわけ!? ど、どういうこと!?
私が頭の中でそんな風に困惑でいっぱいにしていると、真宮は「あー、あー」とか唸り始めたかと思いきや、そのままとんでもない勢いで走り去って行った。
「ちょ、ほんと待ってってばーー!!」
そ、そんなに私にお礼されるの嫌なわけ!? アンタ普通に私に言い寄ってたじゃん! なにが不満なのよーーー!!
そんな私の心の声は、どんどんと離れていく真宮には届かなかった。
その後カラオケに無事到着し、理恵達と合流を果たしたが私は終始上の空だった。
考えていたことはあの時の真宮。あの場の誰より堂々と立ち振る舞い、でも最後にはなぜかわたわたして走り去ってしまった真宮。そんな彼は、私を助けたことを理由にして私になにかを要求することもなかった。
そして、極め付けはあの時の蹴り。
正直に言おう。すごくカッコよかった。
そしてもう一つ、正直に言おう。
ちょっと濡れた。
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