6話 厄日
日間一位ありがとうございます。
――真宮 直哉――
「あれ、直哉、今日は部活ねーのか?」
肩にカバンを提げた徹が、普段はあっという間に教室を出て行くはずの俺を見て快活そうな笑顔で尋ねてきた。
「ああ、今日はオフだな」
「じゃあ帰りどっか寄って行こうぜ」
「あー…わり、俺用事あんだわ」
「うわマジかよ。彼女とかか?」
「やめろ………その話だけは俺にすんな………」
黒歴史がっ……うわぁぁぁっ………
思い出したくない過去を頭を抱えて必死に抑え込む。臭い物には蓋。これで間違いない。
「まあいいや、じゃあ俺先に帰るな!」
「おう…悪いな」
今日はオフだからこそ自分で練習しなければならない。周りに差をつけるのはいつだってかけた時間と工夫だ。そして一々そんな理由を説明しなくても、後腐れなく理解してくれる徹にはどうにも頭が上がらない。
カバンを持ってじゃなーっと教室を出て行く徹を眺め、俺もいそいそと帰り支度をしてカバンを肩にかける。
そしてそのまま教室を出て行こうとすると、不意に横から声がかけられた。
「また明日ね、真宮くん」
………?
俺はなにが起こったのかよく分からなかった。声をかけられて横を向いた俺の目に映ったのは、美しい笑みを浮かべた百衣さん。てか、今……なんて言ったんだ……?
「え、無視?」
「はっ、えっ、いやっ、はっ?」
「ふふふっ、なにをそんなにびっくりしてるの?」
「えっ、いや、百衣さんから俺に挨拶してくれるとは思ってなかったから…」
「なんで? クラスメイトなんだから挨拶くらいするでしょ?」
じゃあ今まで挨拶してなかったのはこれまではクラスメイトですらなかったということか…あ、いや、そんなこと言ってる場合じゃないか。
「そ、そうだな……えっと…また明日?」
「ん……また明日」
俺の言葉ににこりと微笑んで返事をしてくれる百衣さん。今まで向けられたことのない笑顔にどうしていいのかわからず、俺はそのまま教室を早足で出た。背後からくすくすという笑い声が聞こえた気がするが、それは気にしない事にした。
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帰り道をとぼとぼと歩く。
今日はなんだかわけのわからない日だ。百衣さんが俺に勉強を教えてといってきたり、瑞樹さんにめちゃくちゃ睨まれた挙句舌打ちされたり……俺の頭じゃ追いつかないことばかり…
あんなに目の敵にされるほど俺は瑞樹さんになんかしたんだろうか………したんだろうな。だから俺の中で黒歴史になっているんだろうし。
「はやく来年になんねぇかなぁ……」
そしてあわよくばこれまでの一ヶ月が塵となって消えねぇかなぁ………
なんとなく腹いせにコツッと道端の石を蹴っ飛ばす。蹴飛ばされた勢いのままころころっと転がっていく石ころを目で追っていると、八代台高校ではない、近場の工業高校の制服の男二人と、茶髪のうちの制服の女の子が一人……って、あれ、瑞樹さん……?
ここは日中人通りは多くない。そんなところで男二人に囲まれて女の子一人。こ、これは、もしかしていかがわしい状況なのかな……?
ちょっぴり興味本位で野次馬してみる。もちろん開けっぴろげにではない。さもここが通り道ですよーという顔をしながら口笛を吹いて歩くだけだ。ほら、僕、ただの善良な一般市民だから!
ぴゅぴゅーと下手くそな口笛を吹きつつ、すっとその三人の近くを通りかかったとき、彼らの会話が耳に入る。
「かわいいね君、八代のとこの子? ちょっとさ、俺最近彼女にフラれちゃってさびしーんだわ」
「あっそ、知らないよそんなの。あんたが甲斐性なしだからフラれたんでしょ」
「ははっ、結構言うね。いいよ、好きだよそういうの。ちょっと俺と付き合ってよ」
「ふざけんな。とっとと失せろカス共」
「…なぁなぁ、俺らそこの工業高校なんだよ? 知らないの?」
「ハンッ、知るかよ。高校の名前借りてしかイキがれないタマ無しどもが」
「……おい、テメェいい加減にしろよ」
(わーお? 全然いかがわしくねーじゃん、むしろ殺伐としてんじゃん)
俺は気付けば足を止めてその会話を盗み聞きしていた。これはそういうプレイ…とも考えたが、普通に考えてこんな白昼堂々とそんなコアなプレイに興じる若人はいない。多分そんなのが現れた日には日本は沈む。
(とは言えなー、助けるべきなんかなぁ…俺が出てったらなんかややこしくなるんじゃねえのかなぁ)
顎に手を当てて俺が出て行った場合をのんびり考えていると、
「キャッ! やめろって! 離せよ!」
「そんな抵抗すんなよ、こっちこいや」
瑞樹さんは男の一人に手首をぐいぐい引っ張られつつ本気の抵抗を見せていた。まさしくただの誘拐現場。こんなの警察に一本電話をかけりゃいいだけなのだが、警察が来るまでの間に瑞樹さんがなにをされるか分かったもんじゃない。
俺は諦めたようにため息を吐く。今日は厄日だな、なんて呟きながら。
「テメェさっきの言葉後悔させてやっかんな!」
「うるせえカス! テメェなんかとっととサツに捕まって惨めな人生送ってろ! 腐れチンコが!」
俺は大方女の子の口から発せられたとは思えない言葉に苦笑いをこぼしながら、揉みくちゃになっている三人に近づいて、まるで道でも聞くかのように気軽に声をかける。
「あの、その辺で勘弁してやってくれないっすかね?」
「………あぁ? なんだよお前」
「〜〜っ! 真宮、お前っ! やめとけって! なんで来てんだよ! 今更気取ってんなよ!」
ぎゃあぎゃあと喧しく吠える瑞樹さんは一旦放っておいて、なるべく良い印象を与えられるようぎこちなくも作り笑いをしながら頭を下げる。
「あの…きっとそいつも失礼なこと言っちゃったんだと思いますけど、きちんと俺から言っておきますんで…離してやってくれないですか」
とりあえず下手に出てみる。瑞樹さんをそいつ呼ばわりしてしまったことは後で平身低頭で謝ろう。殺されたらその時また考えよう。
すると、その男二人は顔を見合わせるとぎゃはははと下品に笑った。
「お、お前、こいつの彼氏かなんか? それともただのイキり? くははっ…どっちにしてもめっちゃウケる。なぁなぁ…あんまこういうのに、首突っ込まねえほうがいい…ぞ!」
下品に笑いつつ近寄ってくる男A。そして「ぞ!」の掛け声とともに振り被る右拳。その軌道は完全に俺の顔面を捉えていた。
「―――ッ!!」
瑞樹さんが息を飲む。俺は止まった時の中でその声を確かに聞いた。そして、その時は一瞬。
「ーーーがはっ!げほっ、げほっ…」
崩れ落ちたのは俺じゃない。今地面に膝をついているのは、俺に拳を振った男A。
「ぐっ…テメェ…今なにした…っ!」
「あ…?」
俺は片足を前に突き出した状態からゆっくりと元に戻してまた直立の姿勢になった。そしてそいつを見下すように告げる。
「なにって…足を前に出しただけだ」
ほんと、それだけだし。
「ーーっ! …テメェッ!!」
そいつは俺の言葉を聞いて逆上したのか、青筋を浮かべて再び拳を掲げる。
…俺、やっぱわかんねえんだよな。
―――スパァンッ!!
なんで『手』より強い、『脚』を使わねえのか。
冗談みたいな軽い音が一つ響くと、男Aの顎がぐらりと揺れ、ぐるんっと白目を向いてそのままバタリと崩れ落ちる。その後、俺は上段回し蹴りの残心の姿勢を解くと、もう一人の男をスッと睨みつけた。
「なぁ、マジで、もうやめにしないか?」
「あ、ああ…」
俺が静かにそう提案すると、そいつはひどく怯えた様子で男Aをおぶさりそそくさと去って行った。
それを見届けた後、瑞樹さんを見ると小刻みにぷるぷると震えていた。やっぱり怖かったんだろう、俺が。そりゃそうか、普通に顔蹴っ飛ばしてたもんな。
「ああ…なに、その、怖がらせてごめんな」
「はっ、はぁ!? いやっ、怖がってないから!」
「あ、ああ…そうなの? いやマジごめんな、ほら、俺もう行くからさ…いや、ほんとごめんな、じゃあな…」
「はっ!? はぁっ!? なに、どこ行く気!? 待ちなさいよ!!」
ヒ、ヒィィッ! け、警察とか呼ばれちゃうのかな!? それは本当に勘弁してくれ!
「せ、せめてお礼くらいさせなさいよ!」
な、なんだよお礼って! 私を怖がらせてくれたお礼ってか!? そんなん俺が怖えよ! 俺もう無理! 逃げるもんね!!
「ちょ、ほんと待ってってばーー!!」
俺はそんな死神の手から逃げるように全力で家まで走った。本当に、今日は厄日だ。
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