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4話 教えなさい

――真宮 直哉――


(俺、なんかしたのかな。なんでこの人から俺に話しかけてくるんだ…?)


 俺は絶賛困惑中である。これまでの行動を振り返ってみても、自分が大人しくなったくらいで何かをした覚えはない。

 ていうかぱったり大人しくなってからは、周りからの俺のイメージを払拭するまで徹としか普段は話さないと決めていたので、なにかをやらかすわけもない。


「で? 教えてくれるの? くれないの?」


 そんな端的な言葉に俺は頭を抱える。腕組みをしてまさしく「不本意です!」と言いたげな顔で口をへの字に曲げ俺を睨んでくるこの女。


「ちょ、ちょっと待ってくれ百衣(ももい)さん。なんでそんなことを俺に聞くんだ。そんなの、他の奴に聞いたらいいだろう」


 この人は百衣 美紅(みく)。この学年のNo.1を争う美女と謳われ、成績は常にトップを走り、スポーツ万能。俗に言う秀才である。天はこの人に二物も三物も与えてしまったらしい。

 例に漏れず俺は入学当初から彼女に絡みに絡んで、少し寄ればかなり苦い顔をされるのが常だったはず。そんなことにも最近にならないと気付かなかった俺はそうとう高校に浮かれていたんだな、と自分を戒めていた。


「馬鹿なことを言わないで。この問題を解けるのは今のところあなたしかいないじゃない」


 ぺいっと投げて寄越したのは先程返された数学の小テスト。そのテスト用紙には几帳面そうで綺麗な字が並び、右上には90と赤ペンで点数が記入されている。


「90取ってるじゃないか…これのなにを聞くことがあるんだ?」


 俺は純粋に不思議に思って聞き返す。この小テストは成績には大して影響してこない。他のクラスでは数学の担当が岩窟魔人じゃないところもあり、このテストをやっているのはあいつだけなのでこのテストであまり大きく他クラスと成績の決定方法が違ってしまうのも問題だからだ。

 とどのつまり、このテストは一種の自分の力試しにしかならない。そのテストで100点取ろうが90取ろうが変わらないと思うのだが、百衣さんはどうやらそういう訳にはいかないようだ。


「はぁ……この最後の問題、私はいつもこの最後の問題で100点を逃してるの。でもあなたは毎回毎回100点。何かズルしているの? していないならどうして毎回ここが取れるのか教えなさい」


「はぁ……?」


 俺は口をあんぐりと開けながら、投げ渡されたテスト用紙をまじまじと眺める。最後の問題は割合としては長めの文章問題。

 岩窟魔人は見た目通り熱血なので、こんなしょうもないテストでも作成に手は抜かない。最後の問題は頭一つ抜けた難易度の問題をこちらの都合も考えずにぶち込んでくる。


 ただ、なぁ……


「いや、これ、教えることなんにもなくないか…」


「は?」


 と素っ頓狂な声を上げる百衣さん。どう見たって公式の使い方は合っている。計算間違いをしているわけではない。むしろ、その逆だ。

 この問題を難解に考えすぎている。難しい難しいと念頭に置いてこの問題に取り組んでいるから、この問題をレベル5としたところのレベル8程度の難易度として挑んでしまっているように見える。結果として、深読みに深読みを重ねて必要のない公式まで飛び出してきて最終的には間違いの解答を弾き出してしまっているのだ。

 文章題でよくある間違え方ではあるが、これはただ単純に落ち着いて解けばなんとでもなる。


「いや、この問題を少し難しく考えすぎだ。もっと肩の力を抜いてやればいい。この途中式だって、ここにいく過程で使うのは公式一つで一発で出せる。最後に使う公式も、形はあってるが使ってるものが違うだけだ。それこそこの公式を使えば簡単に導けるはず」


「えっ……えっ……あ、本当だ…」


 すらすらと間違いと解法を説明する俺にきょときょとと視線を彷徨わせつつ、最初の威勢をどんどんと失い縮こまっていく百衣さん。


(参ったな…これじゃあ俺がいじめているみたいじゃないか…)


 周りにちらと目をやれば、物珍しげにこちらをみてくるギャラリー。まあ当然か…俺が自分の席にいるにもかかわらず向かいには百衣さんがいて、その百衣さんは叱られた子供のようにしゅーんとしているのだから。

 俺は頬をぽりぽりとかきながらひとまず百衣さんを宥める。


「えっと…色々言ったけど、別に百衣さんは公式の使い方も合っているし、計算間違いもない。むしろ正確で、こんなに綺麗にわかりやすく式を書く人も見たことないよ」


「ほ、ほんと…?」


「本当だよ。あとはこの文をよく読んで、なにを導かなきゃいけないのか考えるだけだ。だから、自信もてよ」


「うん…ありがとう」


 なんだか急にしおらしくなられると調子狂うな…さっきみたいに高圧的に来てくれる方が気持ち的に有難い。


「あー、いや、別に礼なんか言われるほどじゃないっていうか……まぁ、だからさ…次、頑張ろうぜ」


「………うん、がんばる」


 ゆっくり顔を上げて、少し元気が出たのかふわっと優しく微笑む百衣さん。俺は今までうざったそうな苦い顔しか見ていなかったので、その初めての百衣さんの笑顔にドキッとした。


「あ、ああ…んっと…ちょっと、俺、トイレいくわ…あー、ま、またな」


「ええ、また、教えてね?」


「あ? ああ…うーん、まぁ、百衣さんが良いって言うならな…」


 おどおどとしながらどもりつつ席を立つ俺。そんな俺を見ながら百衣さんはくすくすと口元に手をやり笑っていた。なんだ? と思いつつ百衣さんに首を傾げると、彼女は穏やかな笑みを浮かべて俺を見据えていた。


「さっきも言ったけど、これを教えられるのは真宮くんしかいないのよ? ふふ、なんだか…本当に変わったわね、真宮くん」


「そ、そうか…って、それはどういう意味だ?」


「さぁ? あまり気にしないで」


 変わったと言われても、本当にただ現実をみて有り体な自分になろうと思っただけだ。俺は百衣さんの言葉の真意がわからず、頭に大量の疑問符を浮かべた。

 百衣さんはそんな俺を見ながらくすくすと笑うので、俺はなんだか居た堪れなくなり、その場から逃げ出した。


 未だ感じる多くの視線を背中に背負いながら早足で教室を出ようと扉に向かう。

 いざ扉を開けようと手をかけようとすると、それは俺の手が触れる前に勢いよく横に開いた。


「お、わっ…」


「ん?」


 その扉の向こうにいたのは、百衣さんと現在進行形で頂点を争う美少女、瑞樹(みずき) 結衣(ゆい)。まさしく清楚な美人と言える百衣さんとは対極で、少し気の強そうな目元と茶髪の長髪が映えるようなギャルとまではいかないような美人だ。

 まぁ、どうしようもない俺はこの人にまでうざったく絡んでいたもんだから…


「チッ……」


「あ、悪い…」


 ストレートに舌打ち。隠そうとかって気持ちは微塵もない。単純に俺を睨みつけながら歯を剥き出しにしつつ舌打ちに乗せて「死ね」という言葉をぶつけてくる。

 「グッ」と胸に深々と突き刺さるが、俺は強い男だ。この程度で…屈することなど……キッツ………


 スッと横に避けた俺を、まるで仇でも見るかのような凶悪な目つきで俺を睨め付けて横を通り抜けていく。俺はその視線に薄ら寒い思いをしながらとぼとぼと男子トイレへ向かうのだった。


「なんだか……今日は散々だな…」


 手を洗いながら冴えない自分の顔を鏡で見て、そう呟いた。

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