20話 前途多難
なろうのほうも更新……頑張るぞい!
──真宮 直哉──
朝の陽気が教室に差し込んでくる。俺はそんな柔らかな光に当たりながら、学校では珍しくコーヒーをちびちびと飲んでいた。頭の中では昨日の出来事が脳内を駆け巡っては、キャパシティが超過して霧散していく。
『これから大変ね?』
美紅のその言葉の意味は、いまだにはっきりとはわからない。決めるのが大変、なんて単純な話ではないだろうし、周りからの目なんて今更な話だ。
「なんか、ずいぶん思いつめた顔してるな?」
「……そんな顔してたか?」
そう俺に声をかけてきたのは、他でもない徹である。正直、この教室に入ってからはより一層好奇の目に当てられてなんとなく居心地の悪さや疎外感を感じてはいた。別段、彼女たちのことについてであればそこまで気にすることではないのだが、やはりこういう時に気軽に声をかけてくれる徹にはなんとも頭が上がらない。
「してたしてた。ま、大方先週の子のことだろ?」
「んー、まあ、そうでもあるしそうでもないしって感じか」
「なんだよそれ」
我ながらそんな曖昧な言葉に、徹はさほど気にした様子もなくけらけらと笑う。確かに後藤さんのことではあるのだが、他にも美紅や結衣も絡んでいることからどうにも言葉にしづらかったのだ。
「色々あるんだよ。俺には幾分荷が重いけどな」
「へえ。ま、俺にはよくわかんないけどな」
確かに、徹はこういうの疎そうだよな。なんて、失礼な言葉はそっと胸の内にしまっておくことにした。わざわざ気にかけてくれた人に言う言葉ではないことは間違いないからな。
「おっはよ、直哉」
コーヒー缶を煽り、すっかり空になったとき、そう声をかけてくる人物がいた。大体、もう見なくても声で誰だかわかってしまうが。
「おはよ、結衣。それと、美紅」
そこには結衣と美紅が並んで立っており、どうやら教室に入ってくるなり荷物も置かず、わざわざ窓際の席である俺のところへまず来たようだ。すると、美紅は口元に手をやりながら、からかうように言った。
「あら、私はおまけかしら?」
「いや、そういう意味じゃなかったんだけどな」
「ふふ、冗談よ。おはよう、直哉くん」
くすりと笑う姿が実に様になる。そう思いついつい見とれていると、その隣の結衣はみるみる頬を膨らませて声を荒げ始めた。
「も、もー! 美紅ばっかり! 私もいるんだからな!」
「あ、ああ……ごめんな」
ぷんすこと腕を組んで怒っている結衣に、苦笑気味に謝罪を述べる。少しだけ思わず見とれてしまっただけなのだが、そんなにわかりやすかっただろうか。
そんなことを考えていると、結衣はツンとした顔のままうっすらと顔を赤らめ始めた。しかし、相変わらず結衣は口を一文字に引き結んでいる。そんな様子に熱でもあるのかと思い声をかけようとすると、それよりも先に結衣が口を開いた。
「なら……さ」
「……ん?」
「なんか、愛情表現……してよ」
「…………ん?」
ちょっとよくわからなかった。つまり……どういうことだ?
「ええと……例えば?」
「う、うぅんと……」
結衣はそんなうめき声と共にもじりと体を振ると、先ほどまでとは打って変わって、湿っぽい小声で俺に囁いた。
「ちゅ、ちゅーとか、さ。……あるじゃんか」
ちゅーとか、か。なるほど……。確かに、それは愛情表現で間違いないだろう。先日結衣にも好きだと伝えた手前、愛情表現をすることは間違っていない。とはいえ、な……。
ちらりと徹を見やる。なにがなんだかわからないといったような顔できょとんとしている。多分本当によくわかっていない。ついでに辺りをざっと一瞥すると、より多くの好奇の目線が確認できた。その視線の数々に背筋をうっすら震わせつつ、美紅を見ると、彼女はいたずらが成功した子供のような微笑みを返してきたのだった。
(あの言葉は、そういうことか)
先週まとまったことといえば、『俺はいずれ一人を選ばなければならない』ということだ。つまりそれは、彼女たちの中で俺の一番を争うということでもある。正直、自分の好きな人たちが争いあうところはあまり見たくはないが……これも自分の優柔不断が招いた結果であることを考えるとなにも言えない。
争いというのは当然、殴り合いとかそういう野蛮な意味合いではない。この場合の争いというのはつまり、今の結衣の行動のようなものだ。ほかの子よりも自分を一番意識させる。それは、これまで以上に積極的なアプローチがくるということを意味していたのだろう。
これまでのことでも、十分学校内では話題を総なめするほどであったのだ。これが激化すれば、より俺の胃が痛むことは明白だろう。……これすら自業自得というのが、なんとも皮肉なものだ。
「……わかったよ」
であれば、彼女たちのアプローチにもそれなりに応えてやろうと思ったわけだ。……できる範囲で、ではあるが。
「え、ほ、本当……?」
「本当だから、おいで」
「えっ、う、うんっ」
断られると思ったのだろう。ぱぁっと花が咲いたように明るく笑う結衣に、自然と俺の頬も緩んでしまう。たかが俺のキス一つで喜んでくれるのだ。これほど冥利に尽きることはない。
先ほどより赤く染まった結衣の頬にそっと手を添える。周囲から生唾を呑む音が聞こえてきたが、極力脳内から排除しつつ、結衣に顔を寄せた。
「直哉……」
うるんだ瞳で甘く俺の名前を呼ぶ結衣。正直取り乱しそうになるほどの動悸を覚えたが、今は何とか平静を装い、自分の唇をそっと近づけた。
「ん……」
結衣の小さなうめき声が聞こえた。……下のほうから。
「んぇっ……?」
結衣は思わずといった様子で驚きの声を上げる。それもそのはず、俺が実際にキスを落としたのは結衣のおでこであり、結衣が実際に期待していたであろうものではないからだ。
「……流石に、ここならこれで勘弁してくれ」
いくら結衣の頼みとはいえ、公衆の面前で、一応彼女ではない人とそんな真似はできない。ただ、結衣の頼みを聞いてやりたかったのも事実なので、代替案を一方的に実行したということだ。
「……ここじゃなかったら」
「……ん?」
「二人きりなら、してくれたのか?」
……なんだか、急にすごく積極的になったな、結衣。いや、もともと積極的ではあったが、ここまで直接的ではなかったように思う。やはり、恋敵の存在が表面化してより遠慮が無くなったのだろうか。自分で恋敵とか言うのは、少し恥ずかしいが。
「……いや、それは」
そう言うと、結衣は「ふぅん」とまた口をへの字に曲げてツンとした表情をした、かと思うと、今度はくすっと耐えかねたように笑ってみせた。
「ま、いっか。いずれ、直哉の方からしたくなるようになるしね」
ぺろりと舌を覗かせつつそんなことを言う結衣に俺は頭を抱えそうになりながらも、なんとか「そうだな」と返すことができた。ほぼ苦し紛れだ。そうして結衣が俺から数歩離れたあと、ちょいちょいと細い指で肩をつつかれる感触があった。そちらを見れば、やはりと言うべきか、美紅が薄く微笑んでこちらを見ていた。
「……ね、直哉くん?」
「……おう」
「私も、してほしいな」
「…………おう」
なるほど、確かにこれは……前途多難だな。
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