18話 思い立ったが吉日
――後藤 葉月――
カリカリという紙とペンが擦れる音が響く。普段は使わない言語を頭の中でフル回転させて、聞かれたことに端的に答えていく。ていうか、なんなのこの質問。
そんな疑問もありつつも、私の頭は主語と動詞の英単語でいっぱい。なんでこんなことをしているのかって……そりゃあ、来週テストだから。
なにを隠そう、私は英語が大の苦手。だって私、生粋の日本人だし。なんならその日本語をうまく使っても、真宮くんとちゃんとした会話すらできない。
ふと、自分が考えたことから真宮くんの顔が頭にチラついて、ペンを握る手が止まる。そして、そのままカランっとペンを手元に放り投げ、背もたれに身体を預けてため息を吐く。あぁ……これで幸せ、逃げてっちゃったかなぁ、なんて。
「……疲れたぁ」
どっと落ちてくる疲労感。今日は木曜日だが、休みが明けた来週はテスト。実に不愉快である。
それに加えて何が不愉快って、いつもなら土日のどちらかにあるバイトがないこと。別にバイトがないことを嘆く程、仕事熱心なわけじゃない。私は、ただ……
「真宮くんに会いたーい」
そう、たったそれだけ。本人を目の前にしたら冷たい態度しか取れないくせに、私の心の中は真宮くんでいっぱいってわけ。
この土日はテスト期間ってことで、ママからも店長からもバイトに行くことは止められた。それに多分、真宮くんもバイトにはこない。彼もこの前テストだって言ってたから。
でも、私が真宮くんに会えるのはあそこだけ。それも、週に一回。
会えない時間がもどかしい。初めてハグをせがんだ次の週もまたハグをせがんでみたら、真宮くんはいつものちょっと困ったような顔をしながらぎゅっとしてくれた。私はもうあの腕の感触の虜だし、真宮くんの体温から元気を供給してるって言ったって過言じゃない。
「はぁ〜〜〜〜…………」
なのに、会えない。
最近の私といったら、寝る時になったらギュッと布団を抱いて、真宮くんとのハグを思い出すのが日課になっている。でも、そんなんじゃやっぱ満たされなくて、もっともっと彼が恋しくなる。多分、遠距離恋愛ってこうなんだと思う。
会えない時間が、二人の愛を育てていく。この場合は私だけなのかもしれないけど、私は次に会えるまでの時間、どうにもならない体の火照りをなんとか抑えて、その時が来たら一気に発散する。彼への愛情として。
でもきっと、この会えない時間があんまりにも長いと、溜め込んだ自分の熱で自分がどろどろに溶けて、壊れてしまいそうになる。そして訪れる、ぎゅっぎゅっと心臓が締め付けられるような、切ない感覚。
椅子の上で膝を丸めて、そっと自分の体を膝ごと抱く。思い浮かべるのは、優しい真宮くんの笑顔。あの、あったかくて、私の大好きな顔。
「……すき」
なんて、単純なんだろう。私は自分に、呆れの笑みをこぼす。
会いたい、会いたい、会いたい。日増しに強くなるその想いは、私をもっと熱くしていく。
「会いに、行っちゃおっかな……」
不意に、そんな考えが頭を過る。
「……い、いやいや、いくらなんでもそれは……明日はいつもより少し早く終わるからって……」
……あれ、本当に行けちゃう?
明日は6限の授業が早く終わる。というのも、その授業を担当している教師が割と放任主義なところがあり、授業の切り上げも早いためだ。言ってしまえば職務怠慢と大差ないのだが、私にとってこれは好都合だった。
「真宮くんの学校も……知ってるし……で、電車……! 電車は……い、いける……!」
真宮くんの学校はちらりと前に聞いたことがある。八代台高校、私の通う女子高から電車ですぐの場所にある高校だ。
私はあわててスマホで調べた電車の時刻表を見て思わず頬を緩めた。これなら、終わってから急げば真宮くんが帰ってしまう前には間に合うかもしれない。
あ、明日、真宮くんに……会える……?
「や、やば……寝よ……」
私は逆に、明日が楽しみすぎてすぐに寝た。だって、一秒でも早く朝を迎えて、真宮くんに会える日を噛み締めたかったから。
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「来て、しまった……」
ここは八代台高校の最寄駅。ポーン♪という改札を通る音が軽妙に鳴り響いている。
昨日、真宮くんに会いにいくと決めた私はテスト勉強そっちのけでベッドに潜り込み、すぐに夢の世界へと旅立った。どんな夢だったかは、イマイチ覚えてはいない。そして勉強してた内容も、イマイチ覚えてない。
そして今日、丸一日学校でそわそわして、友達に「葉月……なんか落ち着きないけど、大丈夫?」なんて妙な心配をされてしまった。でも最終的には、6限の終了と共に教室を飛び出し、駅に走っては電車に飛び乗ることに無事成功した。
私は自分のどこにあったのかもよく分からない行動力に感心しつつ、気を取り直して八代台高校へ向かった。
八代台高校はそれほど遠くはない。元々マップアプリで調べていたから分かってはいたが、徒歩10分のところにあった。しかし、駅前というには程遠いような雰囲気の場所で、生徒以外の人はあまり多く歩いてはいなかった。それに、この感じを見るとここもまだ授業は終わっていないようだ。
なんとか間に合ったことに安堵しつつ、私は正門前に辿り着いた。しかし、ここで肝心なことに気付く。
「ど、どうやって真宮くんに会おう……」
完全に失念していた。当たり前ではあるが、高校には真宮くん以外にも何百人という生徒が通っている。ここで待っていればいずれは会えるかもしれないが、他に帰るルートがあればそれで終わりだし、それに気付くことすらできない。
「連絡先くらい、聞いておくんだったなぁ……」
私はそんなことすらしていない自分を呪った。私から聞けばよかったのだろうけれど、そんな勇気は持てず、真宮くんも多分私には嫌われてると思っているだろうから、彼から聞いてくれるわけはなかった。悪いのは真宮くんではなく、私。
こんな無計画な自分が恨めしい。とはいえ、ここでこのまま尻尾を巻いて帰るなんてこと出来ないしな……
「ど、どうしよ……」
私はちらほらと帰っていく生徒達を眺めながら途方に暮れた。すると、どうしてか一人の男子生徒が私の目に留まった。真宮くんではないけど、なんとなく、その人なら真宮くんがどこにいるか知ってる気がしたのだ。
……だ、だからと言って、声なんかかけらんないんですけどね……?
でも、そんなこと言ってる場合じゃない。ここで真宮くんの居場所を聞けなかったら、多分後悔する。私は意を決して、ありったけの勇気を振り絞った。
「……あ、あのっ」
こ、声かけちゃったーーっ!!
内心はパニックであるが、外面だけは守る。いつもの悲しいアレだ。でも、真宮くんに会うためなら、私はこんな苦労も厭わない…!
「……あ、俺っすか?」
その男の子は、まさか自分だとは思わなかったみたいでその場で少し立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回してから私に反応してくれた。
「……そう、ちょっと、聞きたいことがあるんですけど」
いつものぶっきらぼうな態度。目すら合わさない。目を合わせないことで、独り言を話していると自分を誤魔化すのだ。ちなみに、気休め程度の効果しかない。
「いいっすよー、なんすか?」
明るい声が聞こえる。ただ、残念だけど私は目を合わせることができません…っ! ごめんなさい…っ!
「……その、真宮くんって、知りませんか?」
「……え? 直哉っすか?」
……どうやら、一発で当たりクジを引いたらしい。グッジョブ、さっきの自分。
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