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17話 乙女三人寄れど麗しい

――真宮 直哉――


 すごい、視線を感じる。主に殺気、羨望、あとはなんだ……好奇心とかか。まぁ、それはどうでもいい。重要なのは、たった今俺が置かれている、この状況。


 俺は天井を見上げる。なんでかって、目のやり場がそこしかないからだ。だって、目の前には瑞樹さんが、右手には百衣さんが、そして左手には……


「花柳先輩……なんでここにいるんですか」


「ん? いや、一緒にご飯食べようと思って?」


 時刻はお昼時、皆が机を合わせ楽しく話す時間。かく言う俺も、いつからかすっかり当たり前になっている三人で(俺以外が)弁当を広げていた。


 そして、その中でいつもと違うのは、そこにニコニコと邪気の一切ない笑みを放つ花柳先輩がいるってことだ。


 俺が引き攣った笑みを浮かべる一方で、瑞樹さんと百衣さんは額を押さえて大きくため息をついている。なんか、俺が悪いみたいになってないか。


「あー……そう、なんですね。それは、なんでまた?」


 ひとまずお伺いをたてる。理由次第では、これが今日だけという可能性もまだ捨て切れていない。


「実はね……今日、お弁当作ってきたの」


 頬を染めて上目遣いをしながら布に包まれた弁当箱を渡してくる花柳先輩。俺はそんな破壊力の高い表情に思わず「うぐっ」といううめき声を漏らす。


「そ、それはまた……なんで……」


「ん……それは、食べて欲しかったから、かな ……()()くんに」


 「はぁーっ」というこれ見よがしなため息が二つ。なんなんだそのため息は……こ、これは……これは俺が悪いのか!?


 思わず瑞樹さんと百衣さんを見ると、二人とも肩を竦めながらまるで「仕方ない」とでも言いたげなよくわからない笑みで俺を見返してきた。


 そんな表情に俺の表情筋がピクピクと痙攣を始める。


 ただ、花柳先輩にこんないじらしいことをされて、それを無碍にすることなんて……俺には、できない。


 俺は観念してため息を漏らすと、その弁当箱を両手で受け取った。そして、それにぱぁっと表情の明るくした花柳先輩に「ありがとうございます」とお礼を言うと、花柳先輩は「へへ」と紅潮した顔でだらしなく笑顔を作っていた。


(……可愛い)


「……直哉」


 ジト目で瑞樹さんが見てくる。バレたんだろうか。


「……どうした」


「……いや、なんでも」


 開き直って憮然とした態度で聞き返すと、未だジト目ではあるが引き下がってくれた。若干斜め右からもそんな目線を感じる気がするがもう気にしない。気にしたら負けだと思っている。


「あー、えっと、花柳先輩? これ、いただいても――」


 と言いかけたところで、花柳先輩の細い人差し指が俺の唇にぴとっと当てられて、俺の口が塞がれて言葉が切れる。そんな花柳先輩の唐突の行動に、俺は嫌でもドキッとしてしまう。その一方で、花柳先輩は顔を赤らめつつも、少し意地の悪そうな顔をしながらぽつりと呟いた。


「……詩織」


「…………へ?」


「私ね? 詩織っていうの」


「え、はい……知ってますよ」


 花柳 詩織。今更その名前を知らないわけがないだろう、と俺は思わず首を傾げた。すると、花柳先輩はにこりと可憐な笑みを見せて俺の左手をそっと握ってきた。


「じゃ、それで呼んで?」


「……はい?」


 いよいよ訳がわからない。なんで、なんで俺は名前呼びを今、こんな美少女からせがまれてるんだ……それ以前に、なんで普通に手握ってくるんだ……


「む、無理ですよ……恥ずかしいですし……」


「じゃあ、お弁当……あげないよ?」


 花柳先輩はまたイジワルな顔をして、きゅっと俺の手を握る力を少しだけ強くした。


 ぐぐぐ……確かに……確かに貰わなくても、俺にはパンがある……でも、でもっ…………


「…………し、詩織……先輩……」


 俺は負けた。何にとは……言えない。


「…………ふふっ、ありがと、じゃあ……召し上がれ?」


 一瞬の間の後、ぽっと頬を染めながらそう言って箸を渡してくる花柳先……詩織、先輩。最初から、こうしないと食べられなかったってことか……


 俺は詩織先輩の思わぬ策士ぶりに、思わず天を仰いだ。そんな中で、バンッと机を叩きながら瑞樹さんが勢いよく立ち上がった。


「〜〜〜っ! ずるい! 私のことも結衣って呼んでよ直哉ぁ!」


「私も、下で呼んでほしいな……」


 もう我慢ならないといった様子で俺に懇願してくる二人。一人そうしてしまった手前、俺はこの二人の要求も飲まざるを得ないと思っていた。


「わ、わかった……わかったから……」


「今! 今呼んでくれ!」


 瑞樹さんが俺にうんと顔を近づけながら、眉間にシワを寄せる。俺はそんな状態にたじたじになりながらも、なんとか声を絞り出した。


「ゆ、結衣……」


 途端、分かりやすいくらいに顔を綻ばせる結衣。あまりに蕩けたその笑顔に、俺の胸が高鳴る。


 そうしていると、次はくいくいっと袖を引っ張られる。もう見なくたってわかる。次は……


「私は……?」


「……美紅」


 それを聞いた美紅も、にぱっと嬉しそうな笑顔を見せる。その二人の幸せそうな顔の根源は、どう考えたって俺が名前で呼んだことにある。


 ここまできたら、俺はもう勘違いとか、そんなお門違いなことを言っていられないんだろう。そんなこと、俺だってよく分かってる。


 ヒクヒクと頬が引き攣る。俺はこの展開を、つい先日まで望んでいたはずだ。なのに、なんでこんなに素直に喜べないんだ……!


「な、直哉くん……」


 頭痛が痛いの状態になるまで頭が混乱している俺に、顔を紅潮させたまま詩織先輩が話しかけてくる。


「あの……食べさせて、あげよっか?」


 俺の左腕の裾をきゅっと握りながら距離を詰めてくる。ぎゅっと心臓を掴まれたような錯覚。


 ……もう、本当に、心臓がもたないかもしれない。


「ほら、お箸、貸して…?」


 俺はその甘い言葉に導かれるように、先程渡された箸をもう一度渡そうと……


「待って? 直哉くん。わ、た、し、が、食べさせてあげる」


 次は右から、俺の腕を片手で抱きながら、俺の箸を持つ手を上から握ってくる美紅。


「私も、直哉に食べさせてあげたいよ……」


 次は正面から、物欲しそうな目で俺に顔を寄せて手を伸ばしてくる結衣。


 そして、次は周り。いつのまにか静かになった教室内は、美少女三人にもみくちゃにされる俺に対して色んな感情をぶつけていた。




 そして、そんな中で、俺は思った。




 …………もう、どうにでもなれ。

次話で一度12時更新すとっぷーです!


Twitterやってます! よければひょおーお願いします! →@novel_ruca

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