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16話 花柳に風折れなし

──花柳 詩織──


「詩織、あんた、好きな男できたでしょ」


 私は帰り支度をしながら、唐突にそんな馬鹿なことをいかにもズバリといった表現がつきそうなドヤ顔で言ってくる友人に、隠すこともなく怪訝な顔をした。


「……いや、なに言ってるの? 遂にどうかしちゃった?」


「……あんた、なかなか失礼だよね」


 肩上で切り揃えたボブカットのこの女の子は南見(みなみ) 祐希(ゆうき)。私の中学からの友達で、付き合いは長い。


 祐希はふふんと鼻を鳴らして、腕組みをしながらぐっと胸を張った。


「でも、ウチには分かるね。もう一回言うね……ごほんごほんっ……ん"っ! ん"っ! ……詩織、あんた、好きな男できたでしょ」


 なぜわざわざ仕切り直してまで一言一句同じセリフを同じ顔で言ってくるんだろう……


「やっぱ祐希、どうかしちゃったんだね。テスト勉強のしすぎかな?」


「残念だけど、ウチは勉強なんてしてない」


「威張って言うな」


「威張ってないよ? 事実を言ったの」


「なお悪いわ」


 祐希とはいつもこんな他愛のない会話をしがち。まあ、こんなに気を許して話せる友達も、祐希くらいしかいないのだけれど。


「まあまあ、それよりもさ……男、いるんでしょ?」


 私はいよいよげんなりした顔でその好奇心旺盛な祐希の顔を見返した。


「……いないってば、大体、大会も近いのにそんなことしてる場合じゃないよ」


 それに、真宮くんもあんなに頑張ってるのに…………て、あれ、今なんで私、真宮くんのこと……




 な、ななななないないない!! そ、そりゃあ、真宮くんの手とか思わず握っちゃったし、真宮くんのこと知りたいなんて言っちゃったけど……あ、あれはそうじゃないし……!!

 だ、大体……私の好きなタイプは真面目で、努力家で、なにかに向けてまっすぐ取り組むような……それこそ真宮くんみたいな…………って違くって!!


「へぇ……真宮くん……ねぇ?」


「…………へ?」


「……今、思いっきし言ってたよ」


(嘘……でしょ?)


「ち、違うから! 真宮くんは……そう、ただの友達……っていうか、後輩、だから!」


 わたわたと弁明をしてみるが、祐希は変わらずにやにやしながら「そうかそうかぁ♪」と上機嫌で首をこくこくと振っていた。


「ついに詩織にも春が来たのね。もう5月おわっちゃうけど」


「だから違うってばぁ……!」


 そう、私は別に真宮くんのことが好きなわけじゃない。そりゃ……カッコいいし、努力家で尊敬すらしてるし、そのクセ威張らないし……それにすっごく優しい、し……


 ダ、ダメ……考えるのやめよう……


「あー、詩織、今真宮くんのこと考えてるなぁ?」


「そ、そんなことないって!」


 図星を突かれて思わず上擦った声を出してしまった。結構声が大きくなってしまったのでまだ教室に残っていた同級生からの視線が私に多く突き刺さる。中には微笑ましいものを見るような視線すらあり、私はあまりの恥ずかしさから、小さく縮こまりながらすとんと椅子に腰を下ろした。


「ふふふ、詩織は可愛いなぁ」


「もう……ほんと、からかわないでよぉ……」


 既に私の羞恥ゲージはMAXだ。私はあまりの居た堪れなさから、「うぅ……」と呻きながら机に突っ伏した。


「ででで? 真宮くんとはどこまで進んでるの? あっ……もしかして……もうヤっちゃったりしたわけ?」


「バッ……ババババババカじゃないの!? 何言ってるのもう!」


 ハッ……また大きな声を出してしまった。祐希がにやにやしている。さては、わざとだな……!?


「まぁまぁ、そうムキになりなさんなお嬢さんや」


 祐希が、いかにも「ぷーくすくす」と言った様相で口を手で押さえて私の肩をポンポンと叩いてくる。私は羞恥から体をぷるぷると震わせながらパッとその手を払いのけて、乱暴にカバンを掴み取ると、そのまま教室を飛び出した。


(祐希のバカァァァァ!!)


 そんな私の心の叫びは、普段より大きく響く私の足音と、廊下に残っていた生徒の喧騒に掻き消されていった。


(あー、もう! 祐希が変なこと言うから…!)


 私は肩をいからせながらツカツカと廊下を歩く。目的地は言うまでもなく昇降口だ。


 その時、少し静かになってきた喧騒に紛れて、聞き覚えのある声が聞こえた。


「ふーん、それが面白いのか?」


(こ、この声……真宮くん……かな)


 とくん、と胸が高鳴る。それに気付いて、慌てて、そうじゃないと一人で首を横に振る。


(ち、違う……これは、そう、祐希のせいで変に意識してるだけ……じゃなきゃこんな……)


 私は誰に向けてしているのか分からないような言い訳をつらつらと心の中で並べていた。でも、この時の私は知らなかった。そんな言い訳、なんの意味もないってことを。


「そうそう! すっごく面白くってさぁ……実は、昨日あんまり眠れてないんだよね」


「いや、結衣……もうすぐテストなのよ? ちゃんと勉強しなきゃダメじゃない」


 私は、ピタリと足を止めた。


 なんで? 窓から差し込む夕陽の光が綺麗だったから? それとも、道を間違えたから? そんな理由だったら、どれほど良かったのか。


(あ、あの二人って……)


 私でも知ってる。今年の一年の美女2人。百衣 美紅と瑞樹 結衣。そんな二人の中心で優しげな笑みを浮かべる真宮くん。


 私は思わず手に持ったカバンを取り落としそうになった。


 私はいつからか、勘違いをしていた。あの夜の時間、そこには私と彼だけが存在することでいつしか、私はずっとそこにいられるんだと……心のどこかで、そう思っていたのかもしれない。


「あれ、花柳先輩?」


(や、やだ……こないで……)


 これ以上、惨めな私を、見てほしくない。


「今帰りですか? 最近は日が伸びてきましたけど、気をつけて帰ってくださいね」


(あぁ……なんで……)


 私は、そんな彼の優しい笑顔から目を背けた。


「うん……ありがとう……またね」


 私は俯きながら早足で真宮くんの前から去った。そして、角を曲がってすぐに、私は脇目も振らずに走り出した。


 結局、私は最後まで彼の顔を見れなくて、気付いたら息を切らして昇降口に立っていた。


 最後に、早足で歩き去る私の背後で聞こえた会話を、まだ覚えている。


「花柳先輩……? ……どうしたんだ?」


()()……お前ってほんとさ……」


「……流石よね、()()()()


 私は彼女達と、歴然たる差を感じた。




###




「詩織ー! ご飯はー?」


 階下からお母さんの声が聞こえる。今はそんな声すら、どこか違う場所から聞こえてくるようだった。


『ごめんね、食欲ないからいらないよ』


 ベッドに潜り込みながら、そんなメッセージを同じ屋根の下にいるお母さんに送る。「はぁ」と消え入るような弱々しいため息を一つ。スマホをパタリと伏せる。今は、なんにも見たくなかった。


 まるで時間が止まってしまったような世界の中で、私は身じろぎをする。心臓が縮こまってしまったかのような不快感。体温が奪い去られてしまったかのような悪寒。それを取り除きたいがために、私は涙をこぼした。


 枕に涙が染みて、そこについている頬がじんわりと冷たくなっていく。縋る先のない私の腕は、毛布を強く抱くしかなかった。それでも、すごく寒かった。


 私は好きだったのかもしれない。ひたむきに頑張る彼が。その姿が。


 でも、『かもしれない』で、終わらせたかった。そうしたらきっと、楽になるから。


 そっと目を閉じる。目に溜まった涙が、瞼に押されてぽろりと落ちた。


 こうして目を閉じると、真っ暗な世界に一人、取り残されてしまったようだ。でも、助けてほしいと思ったら、きっと私は折れてしまう。


 このまま眠ってしまえば、忘れられるのかな。全部全部、無かったことに出来るのかな。


 戻るだけ。ただ君に会う前に、戻るだけ。






 やだ…………やだよぉ…………






 もう、無理だった。その想いは、堰を切ったように溢れ出す。


「やだ……やだぁ……しんぐ……くんっ……やだよっ……」




──だったら、諦めなきゃいいでしょ」




 ふと、私の真っ暗な世界に一本、細い糸が垂らされた。


「へっ……? な、なに……?」


「は、はは……ひっどい顔してるね、詩織」


 そこには、ドアに手をついて肩で息をしてる祐希がいた。


「んぐっ……な、なんで……ここに?」


 嗚咽をしながら、祐希がここにいる事実に頭をぐるぐる回す。すると祐希は、いつもみたいにからかうような笑顔じゃない、もっと優しい笑みを浮かべた。


「詩織がすごい勢いで廊下を走ってったって聞いてさ。心配で来てみたの、ウチがちょっとからかいすぎちゃったかなって思ってね」


(そ、そんな、それは祐希のせいじゃ……)


「でも、いざ来てみれば真宮くん真宮くんって泣いてるし……大方真宮くんとやらにフラれでもしたか……まぁ、あの様子じゃ告白したわけでもなさそうだし? なんか嫌なものでも見たんでしょ?」


 仰る通りだ。祐希は、私のことならなんでもわかっているらしい。


「真宮くん……一年の有名な女子二人と、仲良く歩いてた……」


 弱々しく呟く私。そんなちっちゃくなった私を見て、祐希はふんっと鼻で笑った。


「それだけ? なーんだ、もっとこう……それこそキスシーンとか? それ以上のものでも見たのかと思った」


「で、でも……二人とも直哉くんって呼んでた……」


 祐希はあからさまに、「はぁ?」って顔をした。私は思わずそれにムッとして、言い募ろうとしたがそれより先に祐希の方が口を開いた。


「だったら詩織も、直哉くんって呼んだらいいじゃない」


「……へ?」


「簡単な話でしょ? そんなに真宮くんとやらが好きなんだったら諦めなきゃいいの。直哉くんって呼ばれてんなら詩織もそう呼べばいい。誰かがキスしてんなら詩織もキスしてやればいい」


 ひどく大雑把で理にかなっていない暴論だ。私の精神状態が通常ならば、一笑に付すだろう。でも、今の私には、その考えはすっと染みた。


「私……諦めなくていいの……?」


「……当たり前でしょ、誰にも詩織を止める権利なんてないよ」


「私……私……」


 ああ、ダメだ、涙が……涙が止まらない。


()()()()のこと……追いかけていいのかな……?」


「……いいんだよ。今の詩織なら、誰にも負けない」


「私……私ね……!」


 私は祐希にしがみつく。とにかくこの胸の内を吐露しないと、バラバラに砕けてしまいそうだったから。


「直哉くんが……大好きなの……っ!」


──パチンッ


 なっなにっ…? おでこいたっ……こ、これ……デコピン?


 私は急な痛みに額をさすりながら「むー」っと祐希を睨む。でも、そんな迫力のない睨みは、すぐに引っ込んでしまった。


「そんなの、ウチに言っても仕方ないでしょ。ちゃんと言うんだよ。真宮くんにさ」


 だって祐希のその笑顔は、女の子の私をして、思わず見惚れさせるものだったから。



「きっちり捕まえなよ? 愛しの直哉くんを」



「……うん、絶対、捕まえるよ」



 そう言って私たちは、いたずらっぽいような、でも楽しげな、そんな笑みを浮かべた。

あと二話で更新を一旦ストップします!

ごめんなさい!


Twitterやってます! よければふぉーろお願いします! →@novel_ruca

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