14話 君に惹かれて善光寺参り
最近寒くて起きるのがしんどいです。
――百衣 美紅――
「はい、どーぞ」
学校が終わった後、私達は話した通りに三人連れ立って近くのファミレスに足を運んでいた。
カランとドアに付けられた来客を知らせる鐘を鳴らしながら、直哉くんがドアを開けてくれる。
今時自動ドアじゃないのも珍しいなと思いつつ、さりげない直哉くんのエスコートに思わず頬が緩んだ。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
鐘の音を聞いた店員のお姉さんはすぐさまこちらへ向かってきて、もはや聞き飽きたような対応を始めた。
「あー、三人です」
と、直哉くんが少し気まずそうにいうと、店員のお姉さんは私と結衣と直哉くんを目を丸くしながら見回したあと、慌てて案内を開始した。
「あっ…あ、三名様…ですね! ご喫煙は…ってそっか…あ、こ、こちらの席へどうぞ!」
ひどく動揺した様子のお姉さんに、私と結衣は顔を見合わせてくすりと笑い、直哉くんは天井を見上げながらぽりぽり頬をかいた。
最近気付いたが、直哉くんは気まずいと感じると頬や頭をかく癖があるらしい。最近は直哉くんのことをひとつひとつ知るたびに、例えそんな小さな事でもなんだか嬉しくなる。
「荷物こっち置きな。あ、貴重品類心配ならもっとけよ」
席に着くなり細かい気遣いを始める直哉くん。でも、私も結衣も、そんな心配してないのにね。
「ありがとう、でも、直哉くんが物を取ったりするなんて誰も思ってないわよ。」
「そうだよ、なに心配してるの」
私と結衣が苦笑いしながら、直哉くんの言葉に甘えて荷物を渡す。彼は「ん、そうか…」と嬉しいような困ったような顔をして、受け取った荷物をボックス席の奥側に置いてその隣に腰を落ち着けた。私たちも二人並んでその対面に座る。
「んー、なんか食べるか? 食べないならせめて…ドリンクバーくらいは頼まないとな」
「直哉がなんか奢ってくれるなら、食べようかな?」
「……奢らんよ。食べたいのは自分で頼んでくれ」
冗談めかして、むーと唇を尖らせる結衣とそれに苦笑する直哉くん。ここで簡単になんでもかんでも「奢るよ」と言わないところが、彼のいいところなのかもしれないな。
ひとまずドリンクバーを頼んでから勉強しようということに決まり、直哉くんが呼び鈴を鳴らす。すると先程のお姉さんが出てきた。
「はーい、ご注文お伺いしますー」
口はしっかり業務を行っているが、目はきょろきょろとして完全に好奇心が漏れ出している。少しは隠した方がいいんじゃないだろうか。
「ドリンクバー三つお願いします。それと…少し空調変えてもらってもいいですか? ……冷えると、いけないので」
少し気恥ずかしそうにはにかみながら言う直哉くん。
確かに、5月半ばにしては店内が少し肌寒い気がする。でも、そんな言われて気付く程度のことまで考えてくれる直哉くんに素直に感心する。そして、それが私達のためということが、少し嬉しかった。
ちらりと横を見れば結衣も喜色を含んだような表情をしている。結衣も、私とおんなじことを考えてるんだろうな。
「……かしこまりました。当店、ドリンクバーはセルフサービスとなっております。…あと、空調もしっかりやっておきますので」
「はい…ありがとうございます」
「いえ…それでは、伝票失礼致します」
お姉さんは伝票立てにすとんと伝票を入れて、綺麗にお辞儀をして戻っていった。彼女も、直哉くんの気遣いに気付いたのだろう。もう好奇心を露わにしてしげしげと眺めるようなことはしていなかった。
「じゃ、勉強会開始だな。飲み物は俺がとってくるから、準備しててくれ。なにがいい?」
きびきびとメニューを脇に立ててから立ち上がる直哉くんに、私と結衣はお茶を注文した。「おっけ」と薄く微笑んだ彼の顔に、私の胸はきゅんと疼く。
「………直哉ってさ、カッコいいな」
直哉くんがドリンクバーへ向かっていってから、結衣がぽつりと呟く。否定のしようもない。私は何も言わずに、結衣の言葉にゆっくりと頷いた。
それから、私は気持ちを切り替えてカバンから勉強用具を取り出す。
「ほら、直哉くんが戻ってくる前に準備しよ? じゃなきゃ、直哉くんの気遣いが無駄になっちゃう」
「ふふ…そうだな。それに、直哉に教えてもらえるならちょっとはやる気も出るかも」
ちょっとだけ冗談めかして言い合い、くすくす笑っていると、
「……ほんと、仲良いな。ほらこれ、お茶だよ」
いつのまにか戻ってきた直哉くんが微笑ましそうに私達を眺めていた。
「ありがと、ずいぶん早かったわね、おかげでまだ準備してないよ」
直哉君は穏やかな笑みのまま「いいよ、そんなの」と言いつつ向かいにゆっくりと腰を下ろす。
「まだ時間はあるからな。ゆっくりやろう」
そう言ってにこりと笑う直哉くんの顔は、今の私達にはちょっと刺激が強すぎたみたいだ。
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「んんーーっ……」
ぐーっと大きく背伸びをする結衣。今は勉強を始めて2時間程経った頃、お茶の注がれていた私のコップには半分程度のお茶が入っていた。
2時間で半分だけ? とんでもない、むしろこれが二杯目。というのも、直哉くんの気配りはこんなところにまで回っていて、勉強を私たちに教えながらも私達のお茶の残量を見てさりげなく取ってきてくれるのだ。
まったく、どこまで気遣いさんなの? と何食わぬ顔でコーヒーを啜る直哉くんに呆れつつも、私達に対しての女の子としての扱いに胸が踊る。
「そろそろ終わりにするか? 多少は足しになっただろ」
「んー、そうだね。もういい時間になってきたし……それよりもさ、直哉…すごいすごいとは思ってたけど本当にすごいな。直哉に教えてもらったとこ、今までなんでできなかったんだろうってくらいすんなり分かるよ!」
結衣は元々そこまで勉強は好きじゃない。とはいえ、頭が悪いわけでもないのだが、そんな結衣が頬を染めて直哉くんを絶賛する。それを受けて、直哉くんは少し面食らったような顔をした。
「いや…それは、瑞樹さんが頑張ってるからだろ。俺はその手助けをしただけだ」
「そんなことない。直哉は……ほんとすごいよ」
「………ありがとう」
恥ずかしそうにそっぽを向いてコーヒーを啜る直哉くん。隠しているつもりなのかもしれないが、うっすらと耳が赤らんでいる。
ついこの前までは決して見られなかった表情。そんな直哉くんをぽーっと眺める結衣を見て、胸がきゅっと縮む。その視線の先には彼しかいない。最近になって、そのあったかいところに触れてしまった、彼しか。
そしてそれは、私も同じ。初めて見せてくれる表情、仕草、その全てが私の心を弾ませて満たしてくれる。
いつのまにか、私は……―――
「…ちょっと、トイレ行ってくるな。少し勉強して待っていてくれ」
「…ん、わかったわ」
そして直哉くんはふっと微笑んで歩き去っていった。しかしその時、ノートに顔を落とした私たちは気付かなかった。直哉くんが去り際、机の上からなにかを持っていったことに。
「…直哉ってさ、なんで今はあんな風になったんだろうな」
ぽつりと、私に向けてか独り言なのかもわからないくらいの声量で、結衣がノートに数式を書き込みながら話しかけてきた。
「どうしてかしらね。私も不思議」
「前までは嫌いで仕方なかったのにな」
「話すのも嫌だった」
お互いにくすりと笑う。その先はもう、言わなくても分かる。『でも、今は』
「おまたせ。そろそろ出ようか」
しばらくすると、ハンカチで手を拭きながら直哉くんが戻ってきた。私たちは顔を見合わせてまたくすりと笑って、直哉くんに預けた荷物を受け取りつつ机を片付けて席を立つ。
私は受け取ったカバンの中身を忘れ物がないかと見つつ、直哉くんについて歩いていると、一つ肝心な忘れ物に気付いた。
「あ、そうだ、伝票は?」
そんな大事なものを思い出して机に戻ろうとすると、まるで引き止めるかのように手首を掴まれた。急に掴まれたことに驚いて振り返ると、直哉くんはなぜか少し気恥ずかしそうに頬をかいていた。
「いや…払っといたよ。だからもう行こう」
「……は?」
え? いつ? もしかして、さっきトイレに行った時…?
それに気付いた私は慌てて財布を取り出そうとしたが、それも優しく止められる。
「あー、いや、お金はいいから。こんなときくらい、格好つけさせてくれ」
「で、でも直哉…それは悪いって」
眉を下げて結衣が言うと、直哉くんは口の端を上げて、優しげな笑みを浮かべた。
「大丈夫。金は持ってるからさ………ちょっとだけな」
なんてお茶目な感じで言う直哉くんには私も結衣も、もうこれ以上食い下がれなかった。
こんなときくらい、なんていうけど、もう十分カッコいいよ。そんな言葉を、せめてもの抵抗として心の中でこっそりと言ってあげた。
店を出てから、結衣はきゅっと直哉の服の袖を引っ張って直哉くんを覗き込む。直哉くんは無表情を装っているようだったけれど、動揺しているのが私でもわかった。
「ね、直哉? まだ時間あるか?」
「ん…俺は全然平気だけど…どっか行くのか?」
「あー、いや、その、な? プリクラとか…興味ないかなって…」
俯きがちに顔を赤らめてそんなことをいう結衣は、私から見たって可愛かった。直哉くんも、すこしどっきりしてるみたい。
「行く…か? いいなら、行きたいけどな…」
「ほ、本当か!?」
「あ、ああ…俺でいいなら」
「やった! じゃあ行こう、何枚撮ろうか?」
「あれってそんな何枚も撮るもんなのか…?」
私の二歩前で楽しそうに話す二人。結衣はいつものクールな成りは消え失せて、とても嬉しそうにはしゃいでいる。結衣もきっと、私と同じ。そう、結衣も、直哉くんの事が……
それを見ていた私は、気付けばその場に立ち止まっていて…………そして、思った。
お似合いだな、なんて。
私は、このままここで………
「百衣さん、どうかしたか? ……百衣さんも、来るよな?」
………ダメだよ。今、私に手なんか差し伸べたら。
………本当に、戻れなくなるから。
………でも、私は…………
「…………うん、行く」
そう言って、彼の大きな手をとった。
彼は優しく微笑んで、私の手を引いていく。
私は君に、惹かれていく。
書くことがないので書くことがないとあえて言います。
書くことがありません。
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