13話 石が流れて木の葉が沈む
──真宮 直哉──
朝の陽光を受け、鳥の囀りを聞きながら俺は大きくため息をつく。ずごごごっといくらか豪快な音を鳴らしながら紙パックの牛乳を飲む徹も、俺の真似をしているのか窓の外を遠い目をして眺めている。
「俺さ……今生きてんのかな」
「……言ってる意味はよくわかんねえけど、生きてるんじゃないの?」
「…そうだよな……でもさ、俺は今置かれてる状況が現実だとは、あんま思えないんだよな」
徹は遠い目をやめて、目を細めながら怪訝な顔で首を傾げた。
「……と、言うと?」
「……それはな──」
「おはよ、直哉!」
徹に最近の異常事態を説明しようとした俺は、頬をヒクヒクと引攣らせながら声のしたほうを見て呟く。
「……こういうことだよ」
「……いや、どういうことだよ」
「あん? なんの話だ?」
そこには、我らが一年の美女2TOPと謳われる、瑞樹 結衣が立っていた。そしてその彼女は俺の言葉の意味をはかりかねて首をこてんと傾けていた。
「いや……なんでもないよ、瑞樹さん。おはよう」
「なんかよくわからねーけど、おはよう瑞樹さん!」
(相変わらずこいつは本当に気楽で羨ましいもんだ……)
「ん、雨宮もおはよう。……それより直哉、寝癖ついてるよ?」
「ええ……? いいよ、寝癖くらい……」
俺の頭を口をへの字に曲げて覗き込む瑞樹さんに、なんとなく気恥ずかしくなり俺は粗暴な手つきで髪をわしゃわしゃとこね回した。
「お、おいおい……余計ひどくなってるって……まったく、じっとしとけよ」
小さくため息をつきながら、瑞樹さんがくいっと俺の手首を掴んで頭から下ろそうとしてくる。心なしかひんやりとした彼女の細い指の感触に、逆に俺の体が熱を持つのが分かった。そんな俺の気も知らないで、いたって真面目な顔で俺の髪をくりくりといじる瑞樹さん。
「ん……よし、直ったよ」
そう言いつつ、瑞樹さんはぱっと手を離して「にしし」と笑った。俺はそんな彼女をなんだか直視できず、すっと顔を逸らし頬をかきながら、なんとか「ありがとう」とだけ言った。
「いえいえ、じゃ……また後でね、直哉」
「ん……ああ、またあとで」
後ろを向きつつにこりと微笑む瑞樹さんに心臓を高鳴らせつつ、片手を上げて応答する。そんな俺の言葉を受けた瑞樹さんはより笑顔を深めて歩き去っていった。
「……直哉、なにしたの」
「…………俺が聞きてえよ、そんなの」
あの日以来、俺と瑞樹さんと百衣さんは一緒に昼食をとるようになっていた。ちなみに、俺の食事内容に百衣さんが小言を入れ、瑞樹さんが見かねて俺に弁当を分けるという流れもたまに実施中。お陰で男子からの羨望は爆上がり。人望は爆下がりというわけだ。
さらには、「真宮って呼ぶのなんか呼びづらいしさ…直哉って呼んでもいいかな?」なんてちょっと恥ずかしそうに言う瑞樹さんには抗えず、今では「直哉」と呼ばれている。それに便乗した百衣さんも然りだ。
ちなみに、「直哉も、私のこと下の名前で呼んでいいんだからな?」と言われたが、流石に羞恥が勝ってそんなことはできなかった。瑞樹さんと呼ぶたびに少し寂しそうな顔をしている気がするが、見て見ぬ振りをする。だって、恥ずかしいし……
「まぁでも、よかったじゃん」
「あ……? なにがだよ」
「ほら、今度こそモテ期到来……? ってさ」
牛乳パックから飛び出たストローの先を人差し指でするすると中に押し込みながら、面白がるようにニヤリと笑った徹に、俺は「やめてくれ……」と額を押さえながら呟いた。
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「そういえばさ、もうそろそろ中間テストだよね」
むぐ、と箸で口にご飯を放り込みながら思い出したように瑞樹さんが呟いた。相変わらず綺麗な所作でご飯を食べていた百衣さんは、それを聞いて顔にかかった髪を耳にかけつつ顔を上げた。
「そうね……結衣はちゃんと勉強してる?」
「……してない」
「どうせ一夜漬けするつもりだったんでしょ」
「う……そう、そうだよ……だって今更やる気でないしさ……」
俺はそんな二人の会話をどこか他人事のように聞きながら卵サンドを頬張っていた。ごろごろとはいった白身がぷりっと舌で割れて、なんとも心地良い。やはり、サンドイッチは卵サラダに限るな……
「直哉くんは? ちゃんと勉強してるの?」
「……んん? なんだ、勉強?」
少し思考に没頭し過ぎたらしく、急に俺に回ってきた会話に少し焦る。
「全く……話聞いてなかったの? 直哉君は中間試験の勉強してるのかって聞いたのよ」
中間試験の勉強…うん、してないな。しなくたってできるだろうし。かと言ってこんなこと言ったらまた自慢みたいになってしまうし……うーん……
「あー、まぁ……してるっちゃしてるかな……?」
嘘は言ってない。今回のテストの範囲は勉強したことがある。大体中学一年の冬頃に。
そんな俺の返事にジトっとした目を向けてくる百衣さん。うまい答えが見つからないことになんとなく罪悪感を感じて、ついたじたじになる。
「なに? その微妙な答え……」
「いやなぁ……」
「ん、私は分かったよ。直哉、本当は勉強しなくてもできるんだろ?」
「どう? 当たり?」と楽しそうに歯を見せて笑う瑞樹さんに、俺は肩を竦めて「んー、どうかな」と答えた。あくまでできるとは言わない。かといって謙虚すぎてもめんどくさいだけなので軽く濁しておく。
しかし、そんな俺の思いとは裏腹に、瑞樹さんは苦笑いしながら言った。
「全く、そんなに謙遜しなくていいんだからね? 私たちはもう、直哉が本当にすごいやつだってわかってるからさ」
「直哉の優しいとこもな」とにこりとしながら付け足す瑞樹さんに、俺は思わず赤面してしまう。ちらりと百衣さんを見ると、彼女もまるでその言葉を肯定するように優しく俺に微笑みかけてきた。なんだか、少し恥ずかしくて居た堪れなくなる。
「え、えーと……ありがとう……?」
「ん。……そういえば、直也。今日は部活、休みだよね?」
「ああ…テスト期間に入るからな、休みにはなってる」
定期テストの前にはどの部活動も強制的に休みにはいる。学生の本業は何か、という話なのだろう。
すると瑞樹さんは、俺に少し顔を寄せて楽しそうに笑いながら言った。
「じゃあさ、今日は私に勉強を教えてくれないか?」
「……へ?」
「あ、美紅も来るよね?」
「もちろん、仲間外れにはしないでよ。私も直哉くんに教えてもらいたいことあるんだから」
「え……ちょ?」
「じゃあ決まりね。場所はどうしようか?」
「あの……」
「近くのファミレスとかでいいんじゃないかしら? あそこだったらそんなに混まないだろうし」
「…………」
「そうだな、じゃあそこにしよっか」
ここに俺の意思はない……ただ卵サンドを噛みしめるだけの俺がいる……
俺の言葉は一切なしに決まっていく俺の予定を、俺はいつのまにやら一口大になった卵サンドを口にしながら呆然と眺めていた。……まぁ、悪くないけどさ。
その時、どこからかブブーッとバイブ音が鳴った。
「ん、私だ。ちょっと待ってね」
と言いつつ、瑞樹さんが制服のポケットからスマホを取り出すとたぷたぷといじりはじめた。
学校ではちゃんとマナーモードにしてるんだな、と漠然と考えていると、次第に瑞樹さんの表情が歪み始める。なんと表現すればいいのか分からないがあえて表現するならば、嫌がっている顔だ。
「どうかしたのか?」
「ああ…いやね、中学のときのやつらが今日集まろうって言っててさ……」
中学か…俺はあんまり誰かと喋る事もなくただひたすらに自分磨きをしていたから、友達とかいないんだよな……卒業後に集まったりしているんだろうか……
別に羨ましいわけではない。ただ、俺にもそんな道があったのかもしれないなと思っただけで。
「そっか、じゃあ行っておいでよ。勉強会はまた今度にしよう」
「いや、行かないよ」
「…ん? なんでだ?」
「別に仲良しこよししてるわけじゃないしね……それに……」
そこで一旦言葉を切り、俺を真っ直ぐに見つめてくる瑞樹さん。俺はどうしたのかと首を傾げる。すると、瑞樹さんは「ふふっ」と小さく笑って口を開いた。
「……私は、直哉といたいからさ」
そう言ってにっと歯を見せて笑う瑞樹さんに、俺は息を詰まらせた。驚きのあまり、肺の空気が喉を飛び出して、ひゅっと音を鳴らす。
「……何変な顔してるんだよ。……ま、そういうわけだから、今日は私に付き合ってね?」
「……おう」
俺はそんな、情けない声を出すので精一杯だった。
「……ねえ、私も忘れないでくれる?」
そんな俺の制服の裾をくいくいと引っ張って、むすっと頬を膨らませながら俺の間近に顔を寄せてくる百衣さんにもまた、心臓をぎゅっと鷲掴みにされる。
一体、いくつ心臓があればいいのだろう……そんなバカみたいなことを、俺は本気で考え始めた。
ずっと見てなかったんですが、総合1万ptいってました!
いつもありがとうございます!
そろそろルートが変わるあたりになってくるので、そのあたりで一度更新をストップさせていただきますので予めご了承ください。
更新ストップというのは、毎日更新で無くなるというだけなのでエタるというわけではないです!
ノクターンでは引き続き出来るだけ毎日更新しますのでよろしくお願いします!
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