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12話 恋は思案の外

――真宮 直哉――


「おはようございますー」


「おはようございます」「おはよう、真宮さん」


 きっちりと指定の制服に着替えてから、レジに入って挨拶をすると、パートの方たちが口々に挨拶を返してくれる。自慢じゃないが、俺はモテないがこういうところでの人受けはいい。自慢じゃないが。


 そしてあと一人、後藤さんはいつもと変わらない…いや、いつもより冷たい目で俺を見てきた。あのおっさんの事件があってから少しはこの関係も良くなるかと思えば、むしろ前より悪化しているような…


「あーと、おはようございます、後藤さん」


「…ん、おはよ」


 俺の言葉を受けた彼女は、そのまま何一つ表情も動かさずにまたレジに戻っていった。そんな反応を見て、俺は自分のしてきたことに対して大きくため息をつく。第一印象っていうのは結構大事なものらしいから、きっと俺の第一印象は最悪なんだろうな。まあわかる。だから黒歴史になっているんだし。


 俺は大きく深呼吸を一つして、気持ちを切り替えて仕事に集中することにした。こうなった以上仕方ない。とにかく、今は仕事して少しでも快方に向かうよう行動するしかないよな。


 そんなことを考えて定時業務に着手し始めた直哉は、後藤さんの心なしかしょんぼりしたような表情に気付くことはなかった。




「ありがとうございました、またおこしくださいませー」


 マニュアル通りにぴっちりとお辞儀をしてお客を見送る。ようやく昼時のラッシュが終わり、店内はいつもの落ち着きを取り戻した。パートの方達も少し疲れた表情だ。


 俺も腰に手をやりつつ、そんないつもの光景に思わず苦笑いしていると、いつもは聞こえない声が傍で聞こえた。


「……真宮、くん」


「……はい?」


 後藤さんだった。気付いたらすぐ隣にいた。全く気付かなかった。今の声は後藤さん…で間違いないんだよな…一体何の用だろうか。


 その後藤さんは俺が振り返って目を合わせると、その視線から逃げるようにふいと視線を逸らしてしまった。


 何気に俺のガラスのハートにヒビが入った。瞬間接着剤あたり用意しないと、今後の展開次第では粉々に砕け散ってそのままの可能性がある。


「ん、と…どうかしましたか?」


 ひとまず聞いてみる。何か用件があって声をかけて用件があってここにいるんだろうから。ただ俺のハートを木っ端微塵にしたいだけなわけがない。


 後藤さんは、癖なのか耳に短めの髪をかける仕草をすると「はぁ」とため息を吐いた。


「今日、15時で上がりだよね?」


「ん、俺がですか?」


「ああ…そう、真宮くんが」


「そうですけど…なんか引き継ぎとかありましたか?」


「そうじゃないよ。……えっと、私も、さ…15時で、上がりなんだ…」


 何故か後藤さんは目をぎゅっとつむって絞り出すようにそう言った。ごめんなさい後藤さん、その表情普通に可愛いのでやめてください。


「そう…なんですか、奇遇ですね…?」


「そうなの…だからさ…」


 片腕をもう片腕で抱き寄せながらもじもじと体を振る後藤さん。なんだか分からないけど、今まで見たことのない後藤さんの姿に俺は普通にドキドキしていた。


 そして、少し涙目になってきた後藤さんに俺がちょっと心配になってきたところで、後藤さんは弱々しく言葉を紡いだ。



「今日…途中まで一緒に帰らない…?」



「…………ん?」



 こうして、なんだかよくわからないまま俺と後藤さんのちょっとしたデートが決まった。




 ###




 壁にもたれかかりながら、ぐいっと黒いラベルの缶を呷る。途端、口の中にブラックコーヒー独特の風味と苦味が流れ込み、俺の口内を洗い流していく。

 別にこれは格好つけて飲んでるわけじゃない。純粋に好きなんだ。本当なんだ。


 缶から口を離してため息を一つ。まだ15時過ぎの明るい青空を眺めつつ、これからのことに思いを馳せる。


「………いや、意味わかんねえよ」


 それが俺の感想。そりゃそうだ、嫌われてると思ってた女の子から「一緒に帰ろう」と誘われるなんてそんなこと……ん、なんかデジャヴだな……考えるのやめるか、パンドラの箱に触れそうな気がする。俺の本能がやめろと警告している気がする。


 飲み干した黒い缶を脇にあったゴミ箱に投入する。少しの間のあと、カランと小気味いい音がその箱の中で響く。それと同時に、近くの自動ドアが静かに開いた。


「…おまたせしました」


 と後藤さんがやや不貞腐れたような表情で店を出てきた。俺はそんな後藤さんに肩を竦めつつ、返事をする。


「そんなに待ってないですよ。気にしないでください」


「……嘘、そんなわけないよ」


 とジト目を向けてくる後藤さんに、俺は頬をかいて「はは」と渇いた笑みをこぼしながら、あるものを差し出す。


「それより、お疲れ様です、後藤さん。これどうぞ」


 後藤さんはきょとんとしながらそれを受け取った。それは俺が飲んでたコーヒーと同じ会社のブレンドコーヒー。後藤さんが着替えている間に自分のと一緒に買っておいたのだ。


「え…これ…」


 困惑した表情でなんとも可愛らしく両手でちょこんと小さな缶を持つ後藤さんに、俺は思わず「ふふ」と笑みをこぼした。


「俺からのちょっとした労いです。いらなかったら帰ってから捨てちゃってください」


「そ、そんなことしないよ! ……えっと、ありがと、もらっとく」


 缶で口元を隠して目線を逸らしながらお礼を言う後藤さんの姿に嫌でもドキリとしてしまう。俺は少し熱を持った顔で天を仰ぎつつ、後藤さんに「じゃ、いきましょうか…」とそっと声をかけて歩き始めた。


「ちょ、ちょっと待って」


「ん…? どうかしました?」


 急に制止されて振り返るとそこには、珍しく顔を真っ赤にしながらおずおずと可愛らしい小さな手を俺に向けて差し出してきている後藤さんがいた。俺はそのあまりにいじらしい姿に、思わずごくりと息をのむ。


「手…つないでよ…」


 後藤さんの震える唇から紡がれる熱っぽい言葉に、俺はいいようのない興奮を覚えた。


「えっと…でも…」


「………やだ?」


 うっすら赤らんだ目元とうるうるとした双眸で射抜かれた俺は、首振り人形のごとくふるふると頭を横に振ることしかできなかった。

 そして、そのまま手と手が触れ合う。触れた指先から後藤さんの温度が伝わってきて、妙にドキドキしてしまう。花柳先輩とも確かに手は繋いだが、それとはまた違う緊張を覚えた。


「……えへ…いこっか」


 ああ…なんなんだよその顔は。俺のこと嫌いなんじゃなかったのか……


 初めて見せた後藤さんの八重歯に、俺はまんまと撃ち抜かれてしまっていた。


 俺は幸せな温度を運んできてくれる後藤さんの手の感触をなるべく頭の隅に置いて、自分がまた調子に乗らないよう言い聞かせていた。これは別に、俺がモテているわけじゃない。自惚れるな。と、そう懸命に言い聞かせた。


 たまにきゅっと力を込めて握ってきたり、ふにゅふにゅと柔らかく俺の手を揉んでくる感触が俺の心を擽り、何度も誘惑してきたが必死に耐えた。そりゃあもう必死に耐えた。



 10分ほど歩き、人通りの少ないところまでくると後藤さんが俄かにきょろきょろとし始めた。煩悩に支配されつつある脳を制御して、後藤さんに「どうしました?」と尋ねてみる。


 すると、俺は急にぐいっと路肩に引っ張られた。当然、後藤さんは俺と密着して壁に挟まった状態になる。壁ドンとは少し違うが、それでも十分に非日常的な状態に、心拍が急激に上昇する。はぁはぁという後藤さんの息遣いがモロに鼓膜を刺激して、とてもよろしくない。


「後藤…さん?」


「…………お願いが、あるの」


 絞り出すように出た震える声。俺はその言葉に首を傾げる。


「その…………って………て……」


 湯気が出るんじゃないかとすら思えるほどに顔を赤く染めた後藤さんは、口をごにょごにょと動かして何かを言っていたが、ほとんど言葉になっていなくて内容は全く聞き取れなかった。


「えっと…ごめんなさい…なんて言ったんですか?」


 バツが悪そうに尋ねる俺。そんな俺の言葉により余計に顔を赤くして下唇をぐっと噛む後藤さんに、本日何度目かわからない胸キュンを強制的に体感させられた。


「〜〜〜〜っ!! だからっ、だからねっ…?」


「は、はい………」


 必死になにかを伝えようとしてくる後藤さんに、いつもの冷たさはない。ただただ可愛くて小さな愛くるしい生き物がここにいた。思わずそんな後藤さんの頭を撫でようとしたその手は、次の後藤さんの言葉でピタリと止まる。



「ぎゅって…してほしいの…っ!」



 後藤さんの、熱に浮かされ蕩けるような声が鼓膜を揺らす。刹那、俺の体が弾かれたように動いた。


 その言葉、その表情は、俺の理性を吹き飛ばすには十分すぎた。


 羞恥に震える肩をぐっと引き寄せ、小さく縮こまった体を強く抱きしめた。「んんっ!?」という後藤さんの驚きの声が聞こえたが、今更そんなもので止まるわけがない。


 少し力を加えればぽっきりと折れてしまいそうな華奢な体を暫く抱きしめたあと、ようやく頭に上った血が少しずつ降りて冷静さを取り戻していく。


「……あんまり、そういうこと言ったらダメですよ…後藤さん、すごく可愛いんですから…」


「ふぇっ……!?」


 そんな俺の言葉に驚いて変な声を出した後藤さんは、顔を真っ赤にしながら俺の胸をポカポカと叩いた。しかしその叩く力もすぐに弱くなっていき、後藤さんは俺の体にぴとりと彼女から体を寄せてきた。


「……ずるいよ…そんなの」


「なに言ってるんですか…後藤さんのほうが、よっぽど卑怯ですよ」


 それ以降、言葉はない。俺は後藤さんの小さな体躯をしっかりと腕に抱きとめ、後藤さんは俺の胸にひしっとしがみつく。言葉を交わさなくとも、なんとも言えない幸福感と心地よさが俺の脳内を満たしていった。


 いつまで抱き合っていたのか、どちらからともなくそっと身を離す。ぱちりと、俺の腕の中の後藤さんと目が合う。


 にこり。


 薄く開いた口から、かわいい八重歯がちろりと顔を出す。



「…………もう一回、抱きしめていいですか」



「……えっ?」



 俺はたまらず、返事も聞かないまま後藤さんを俺の胸の中にもう一度おさめた。後藤さんはビクッと身体を跳ねさせたが、今度はおずおずと俺の背中に腕を回してきた。


 しばらく抱き合った俺たちは、少し気まずい空気のまま再び歩き出し、駅で別れた。

 別れ際、改札へ向けて歩いていく後藤さんは、はたと立ち止まり俺を振り返って言った。



「また…来週ね?」



 その時俺は、『後藤さんのこの笑顔を次に見れるのは、来週なのか』と、そんな事を考えてしまった。

書きたいものが溢れてしまってこまり


Twitterやってます! よければひょよーお願いします!→@novel_ruca

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回の話はもうどストレートに心に刺さりました。付き合う前のああいう時期のハグってもう大好きでそれを書いてくださって感謝、、、、、、、か、、ん、、しゃ、、、、、、、、、(絶命)
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