他
「悠生、彼が今日からあなたのお兄さんになる薫くんよ。」
「よろし…、く……、おねがいします。」
こんなときどうすれば正解なのか、中学生の子供に分かるわけがない。とりあえずテンプレ通り。ゲームと同じ…、漫画と同じ…、アニメと同じ…。
親が離婚、そして再婚なんてまったく想像が付かないものだった。
だが兄までできた今、「想像が付かない」「受け入れられない」という言葉は全く浮かばない。
ただ「お母さんにこれ以上苦しい思いをしてほしくない」だけだ。
俺のお母さん、由愛は20歳のとき僕を産んだ。あまり周りから祝われるものではなかった。水商売を続けた結果…だったからだ。
一人っ子だったため、愛情は俺一人に、熱心に注がれた。不自由なことは何もなかった。
だが小学生になったあたりからおかしくなった。夜中によくお父さんの怒鳴り声とともに無機質な痛々しい音が届くようになったのだ。
この頃から変わってしまったのか、小学生になり様々なものが見えるようになった結果なのかどうかは分からない。
確かなのは、家族はこれからどうなるんだろう、という漠然とした恐怖が悠生の心に波となって押し寄せているという事実だけだった。
それでも母は毎日笑顔だった。朝起きると、おはようと真っ先に声掛ける父。その声に続いて、朝食の支度をしながら優しくおはようという母。辛さも悲しさも何も見えなかった。なんだ、ただの悪夢か。とさえ思えるほど。
再婚に早いも遅いもない。お母さんを早く満たして、幸せにしてくれれば誰だっていい。そのためならどんなことだって乗り越えられる。早く母の心の底からの笑顔を…!
「お、おにい……ちゃん…」
「大丈夫、そのうち慣れるよ。無理しないでね、悠生。」
「おにいちゃん」という、文字にすればたった六文字の言葉が僕を羞恥に追い込んでいる。恐らく、今までにないくらい真っ赤な顔なんだろうな。居心地が悪く、布団を頭まですっぽりとかぶる。
なにもかもが落ち着かない。新しい街の雰囲気も、一軒家も、周りにいる人も、僕を取り囲む空気全てが俺に馴染んでいない。
引っ越して1日目の夜はきっと、どこもこんなものだ。俺をよそ者として扱う。
でも僕はよくやっている方なんだ。
そっと布団から目だけを覗かせて外を覗う。寝転がる俺を傍らで静かに見下ろす兄、薫の顔は、俺よりずっと大人びた顔立ちだ。目尻のホクロのせいなのか?
窓から入る風が新しい石鹸の香りを連れてくる。どちらのにおいかは分からない。
新しく出来た繋がり。
「……正直、俺も戸惑ってる。」
「え?」
唐突の話に少し困惑しつつ、僕は薫の顔を見上げ、布団を端へ追いやる。
「再婚…にしても相手がとても若い。あの人が俺の母さんっていう実感がイマイチ湧かない。ああ、勘違いしないでね、別に嫌いってやけじゃないんだ。とてもいい人なのはよく分かってるんだ。だからこそ2人の馴れ初めがとても気になる。
あともう一つはね…、悠生と一緒。」
「…。」
「俺も一人っ子だったから、よく分からない。お兄ちゃんって何だろうって思ってる。」
「ほんとに…?」
「ああ。きっと、無理に本当の兄弟にならなくったっていい。きみは10年以上一人っ子だったんだ、いきなり弟らしく…とかわからないだろ?それと同じ。兄なんてどうすればいいのか分からないんだ。
でも関わりがないのは、なんか寂しいだろ?」
「うん…」
「だから…、俺はずっと君の他人でいい。」