始
カランカラカラ……
今まで静かだった空間にスプレー缶が転がり落ちる音だけが虚しく響く。唐突に空虚さが心を突き抜ける、と同時に自分の内臓がずっしりした重みを持つ。
次に耳にしたのは拙い呼吸だった。その呼吸は自分のものだと気付くには少々時間がかかったが、それをやめることは出来ない。枷をつけられ閉じることの出来ない口からは涎が伝う。
まるで飢えた獣だと思った。だが実際、口枷だけでなく、体中を這い回る縄で捕らえられたこの体を、血の気の多い獣と表現したとしても差し仕えはない。
「だれか…、だすけてっ…、ここからだして……っ」
精神だけでなく、喉もそろそろ限界を迎えていた。
この世界に僕はひとりだ。
「――――うわあっ!?」
ギシリというベッドが大きく軋む音と同時に勢いよく上体を起こす。金縛りが急に解けたように軽くなった体に違和感を覚え、グルグルと肩を回してみる。
ふうっとひと息吐く。現実と夢の境が未だあやふやだ。
まだ捕らわれているような。
今日は熱帯夜だった。汗でびしょ濡れになったTシャツが肌に張りついていた。扇風機も冷房もない自室は静寂ではあるが、とても居心地がいいとは言えなかった。
「悠生、またね」
1人の夜は7畳の居間だってやけに広い。
1人の夜はたった5、6時間の就寝時間だってやけに長い。