特別な能力(ちから)
父の話を聞いていて、思い出した事がある。
子供の頃、夏休みには海の近くの母の実家へ遊びに行っていた。
近くと言っても、
海から歩いて20分位山の方へ入った所に、母の実家はあった。
荷物が多いときは、駅からタクシーに乗ることもある。
両親が共働きだったので、夏は必ずお盆にあわせて行くことになっていた。
祖母は、お盆の前の日からその間、夕方から夜にかけていなくなった。
それが一日だけだったのか、何日かだったのかは覚えていないのだが、
いつもいるはずの祖母の姿が見えないのは、とても違和感があった。
「お祖母ちゃんは?」
と大人に尋ねると、
「お寺さんに行った。」
との答えが返ってくる。
「一人で?」
「そう。」
外はもう真っ暗なのに。
お寺は、山を越えた辺りの中腹にあり、
祖母は真っ暗な山の中を一人で歩いて帰ってくる。
母の実家は、集落で一番山に近い場所に位置していたので、
祖母の帰り道に、家は一軒もない。
勿論街頭などなく、舗装された道もない。
周りを草や木で覆われた獣道のような道を、祖母は一人で歩いて帰ってくるのだ。
「帰り道、真っ暗でしょ?怖くない?」
という孫の問いに、
「怖くはないけどね。」
と言いながら、祖母が話してくれたこと。
私はその話の一つ一つを思い出していた。
祖母にはたぶん、何らかの能力というものがあって、
そのせいで、普通の人には見えないものが見えたし、
人間ならざるものに出遭っても、
何事もなく帰ってこられたのだろうとも思う。
しかし、娘である母は前回も書いたように、
全くの現実主義者で、何も見えないし何も感じない。
そして、目に見えないものは何も信じない。
その娘である私にもそういう能力はない。
祖母の話を聞きながら、私も見てみたいと思ったが、
その望みは叶えられることはないだろう。
いや、叶えられなくていい。
祖母がそういう能力をもっていたのだとしたら、
『かのさん』が迎えに来るのは道理と言えるだろう。
あのとき、
鬼籍の親戚一同、父の友人などもいたかもしれない、が、
父を迎えに来つつ、宴会をした後に、
何人かがそのまま残って、父の枕元に立った。
のだが、父がなかなか一緒に来そうに無いので、
一人、また一人とあきらめて帰っていき、
最後に『かのさん』と、男性(お祖父ちゃん?)が残った。
そして、『かのさん』は、「もういきましょうよ」の声に促され、
あきらめて二人で帰って行った、
と、いうことではなかったろうか。
『かのさん』を帰してしまった父は、数日後、命拾いをすることになる。