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お父さん  作者: 炎華
3/6

かのさん

「お母さん。」


とても早い時間に二階の寝室に上がり、眠っているはずの父が母に呼びかけた。

父の眠りは浅い。

少し物音がしただけで目が覚める。

それはいつものことなのだが。

「ごめんね、起こしちゃった?」

いつもと違う何かを感じて、

また何かおかしな事を言い出すのではないかと、少し母は構えていたそうだ。

その問いには応えず、父が言ったこと。

「四畳半には行かない方がいいよ。」


実家の二階には二間あり、両室とも南側に面していた。

東側が四畳半、西側が六畳の、それぞれが和室で、

両親は六畳間に布団を敷いて、寝室として使っていた。


二間とも廊下から、

四畳半は襖、六畳間はドアを通ってそれぞれの部屋に入れるのだが、

六畳の部屋は私が使っているときに、ドアの前に本棚を置いてしまったので、

廊下からは直接入れず、四畳半を通って六畳間に入るようになっていた。

二つの部屋は襖で隔てているだけだったので、それが可能だった。


「四畳半には行かない方がいいよ。」

母が六畳間に入る襖を開けるとすぐに、父が言った。

「どうして?」

母が問うと、

「沢山の人が集まって宴会してるから。」

母は思わず後ろを振り返る。

今通って来たばかりの四畳半。

そして、今母が立っている場所が、

父が『大勢で宴会をしている』という場所の入口だった。


四畳半には、誰もいない。

何も聞こえない。

一つきりの背の低い洋箪笥。

上に乗ったうさぎのぬいぐるみや、木目込み人形の入ったケースが見える。

鏡の部分を布で覆った父の母の形見の鏡台。

畳まれて重ねてある洗濯物。

私が置いていった荷物の入った段ボール。

母が育てているサボテンや花の乗った小さなテーブル。

夜の闇に沈んではいるが、

窓から入ってくる外のぼんやりした灯りに照らされるのは、

いつもと変わりない四畳半の部屋。


「うんうん、まだやってるよ。」

父はちょっと耳をすましてから、そう言った。

母は怖くなって、慌てて四畳半と六畳間を繋ぐ襖を閉めた。

目には見えないし、耳にも聞こえないが、

本当に大勢で宴会をしているような気がしたそうだ。


後に、父にその時のことを訊くと、

「うん。

隣の部屋から、宴会をやってるような声が聞こえて、

大勢いる気配もしてたんだよ。

気持ち悪くて、布団被って寝てた。

あのときは頭がおかしかったって言われれば、そうなのかもしれないけど。」

父の『気持ち悪い』は、イコール『怖い』でもあるので、

たぶん父なりに怖かったのだろうと思う。


それだけで終われば良かったのだが。


それから数日経って、父がまた妙なことを言い出した。

「お母さん。

夜寝てると、女の声がするんだよ。」

母は最初、父が何を言い出したのかがよくわからなかったという。


両親は私とは全く違い、相当な現実主義者で、

特に母は、あまり冗談も通じない。

だが現在は、父がこの病気になったことによって、

多少『現実主義者』ではなくなったようだ。

父は、自分を認めてもらうためにウソをつくことはない。

父が何かを言い出したら、

それは勘違いか、本当にあったことなのだと母はよくわかっていた。


父があまりにも真剣に言うので、母は思わず訊いていた。

「声?女の人の?」

「うん。しきりに『いきましょう』って言うんだよ。気持ち悪い。」


ーいきましょうー


それの意味すること。

母は突然その意味を理解して、大きな声で父に言った。

「お父さん!絶対についていっちゃだめだよ!」

母が急に大きな声を出したので、驚いた顔で父は答えた。

「行かないよ。男の声が聞こえたから行かなかった。」


再び後日、父に聞いたことによると。


大勢が宴会をしていた日から、それは聞こえ始めたそうだ。

宴会している気配は、それ以降はなかった。

だが、父によると、

「宴会の後から、頭の上に何人か立ってる気配がしてた。」

『頭の上』というのは、『枕元』に、ということだ。

私がその部屋を使っていたときは南側を頭にして寝ていたが、

両親は西側を頭にしていた。

その気配の方向から、

「いきましょう。」

と、父に盛んに呼びかける声がずっとしていたそうだ。

母はこの間、何も聞こえず、何も感じなかったという。


父は、その声に応える気も、一緒にいく気もなかったようだ。

なんでいかなきゃいけないんだ、とも思っていたかもしれない。


それが数日続いたある日、とうとう男性の声が、

「かのさん、もういきましょうよ。」

と、言った。

それから、もう何も聞こえなくなったという。


「かのさん?かのさんって、おばあちゃんじゃん。

お祖母ちゃんが来てたの?」

「うん。『かのさん』って言ったよ。」

『かの』さんは、私の母の母、母方の祖母だ。

祖母はその何年か前に亡くなっていた。

それにしたって・・

「なんでさ、お母さんのお母さんがお父さんのお迎えにくるんだ?

普通、お父さんのお母さんがお迎えにくるもんじゃない?」

と言うと、母は笑って言った。

「お祖母ちゃん、面倒見がいいからね。

それに、お父さんが田舎に行くと、まささん、まささんって嬉しそうだったもの。」

父は、なぜか色々な人に好かれる。

人なつっこいせいかもしれない。

「『私が迎えに行ってくるわっ!任せて!』って、お祖母ちゃんが来たのかなぁ。」

そこで、ふと思ったことが。

そうなると、宴会していたのって、、亡くなった親戚一同だったってこと、なんだよね。

そして、もう一つ。

「お父さん。

『かのさん、もういきましょうよ。』って声がしても、

かのさん、まだあきらめずに枕元にいたかもしれないよ。」

と、私が言うと、父は自信たっぷりにこう答えた。

「いや。だって、布団の横を二人・・二人だったよな・・、

最初はもっといたようだったけど、

最後は二人が布団の横を通って、四畳半の方に行ったもん。

それから気配がなくなったし、何も聞こえなくなったから。

もういなくなったなって。」

私は心の中で言った。

「・・・マジで?」





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