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お父さん  作者: 炎華
2/6

告知

「壊れちゃったって、どういうこと。」

私の問いに、淡々とした口調で母が話したこと。


「『黒い虫』がいる!」

父は突然そう言い始めた。

「黒い平らな蛇みたいな虫が、畳の隙間に入り込んで出たり入ったりしてる!

ほら!今も!」

母には何も見えない。

「お父さん。」

呼びかける母の声も聞こえないようだ。

父は30センチ物差しをどこからか持ってくると、畳の縁をバンバン叩く。

「ほら!そこっ!見えないのかよ!」

母には何も見えない。

異常な行動を繰り返す父の姿しか見えない。


母もそう思ったそうなのだが、私も父が呆けてしまったのかと思った。

やっとの思いで、口を開く。

「病院、行った?」

「行ったよ。行ったけど。」


父は今通っている内科ではなく、

何を思ったのか、昔、通っていた医院にかかったという。

「大したことないよ。」

と、なじみの医師に言われたそうだが、

万全を期して、ある大学病院への紹介状を書いてもらったそうだ。

その大学病院は、その地では有名だった。


母は、父と一緒に病院まで行くが、

最初は診察室の外で待機していたそうだ。

「子供じゃないからねぇ。」


一つ検査をする。

「来週また来てください。」

次の週、行く。

検査の結果も知らせず、治療も何一つ行われず、薬もでないまま、また一つ検査。

「また来週来てください。」

それが繰り返される。


その間に、父の状態はどんどん悪化していった。

母は見るに耐えなかったと言う。


まず、鼾がすごいという。

「普通の鼾と違う。雷みたいだよ。すごく苦しそうだし。

絶対喉がおかしいんだよ。」

父本人も苦しいらしい。

「先生にもそう言ってるんだけど。」

何の治療もなく悪化していくので、流石に、母が一緒に診察室に入った。

「お父さん、ちゃんと症状を説明できないんじゃないのかしらと思って。

一緒に入って症状を詳しく話してもね。」

「うーん それは耳鼻科の方かなぁ。」

としか医師は言わなかったそうだ。


「毎回先生が違うんだよ。」

「なんで?毎週同じ曜日の同じ時間だよね?」

「そうだよ。その日のその時間に来いって言われるもの。」

そんないい加減なのか?

申し送りも、ちゃんとされているのだろうか。

そんなに検査をして、何かわかったのか?

何も知らされないというのは、何もわからないからなのか?

治療もしないというのはどういうことなんだろう?

何もわからないから、治療の方針がたてられないということか?



そんなある日、父がトイレから怒りながら出てきたそうだ。

その訳を問うと、

「黒い虫がいた。」

と言う。またかと母は身構えたそうだ。

「黒い虫が『臭いですよ』って言いやがった!」

父は本気で怒っていたそうだ。

このときばかりは、さすがに吹き出したと母は言う。

元々父は、冗談を言って人を笑わすことが好きらしい。

正常じゃ無くなっても、そういうユーモアだけは残っているらしい。

それが嬉しくもあり、切なくもあり、

早くなんとかしてあげなくちゃと母は切実に思ったという。



何回目かの診察のとき、母は診察室の外で待っていた。

診察が終わって、診察室から出てきた父がぽつりと言った。

「俺、癌なんだって。医者がそう言った。」

母は心底驚いたそうだ。

母にも何もそんな話はなかったという。


診察の時、

「苦しくてしょうがないんです。なんとかなりませんか?」

と、父は医師に言ったそうだ。

若い医師はそのとき、何を思ったのか、機嫌が悪かったのかはわからないが、

父にこう言った。

「そんなのできるわけないでしょう!癌なんだから!」

それが癌の告知だった。

信じられなかった。

今は、そんな風に直接本人にするものなのか?

そんな言い方で。

患者の気持ちもおかまいなしに。



ここで、

あれから10年以上経った昨年、父が大腸癌と診断されたときのこと。

大腸の内視鏡検査をするにあたって父本人が書いた書類の中に、


『癌と診断されたときに、ご本人にお知らせしますか? はい・いいえ』


という項目があった。

父は、

『いいえ』

に、がっつり〇をつけていた。

騒ぎのあとで、

「書類にね、これこれこういう項目があったんだけど、お父さん覚えてる?」

と訊いたところ、

「えっ・・・知らない。」

ちゃんと読まないで、適当に〇をつけたことが明らかとなった瞬間だった。


検査の後日、結果を聞きに父だけが病院へ出向いた。

困ったのは担当の先生だった。

『告知しないで!』

と言われて告知するわけにもいかず、家族は誰もこず。

「大したことないですが、ちょっとご家族とお話しがしたいので、

奥様かお嬢さんの携帯の番号とかおわかりですか?」

母は携帯を持っていない。

そして、先生直々に私の携帯に電話がかかってきたのだった。


先生は、まず私に「大丈夫ですから」とおっしゃってから、癌の告知を始めた。

先生がとても父と私に気を遣ってくださっているのがわかる話し方だった。

だが、悪性リンパ腫でさんざん大変な目にあってきた家族としては、

『初期の』大腸癌など、なんてことはない。

それに、先生が「大丈夫だから」と言ってくださっている。

「お父さんには、僕がちゃんと説明しますから。」

とも言ってくださる。

本人にも家族にも、とても心強い言葉だった。


これが本当の告知ではないだろうか。

このときの担当の医師も若かった。

この違いはなんなんだろうか。



母は、こんな病院に通っていたら、父は殺されてしまうと思ったという。

今考えると、その医師のおかげで、病院を替えて父は助かったのだから、

ある意味、良かったのかもしれない。

しかし、病院を替えると言っても、どこへ行けばいいのかわからない。

お隣りの奥さんに父のことを話すと、

ご主人のかかりつけの病院があるのでそこで診てもらおうということになった。

「これは・・・すぐに手術をしないと。」

お隣りのご主人のかかりつけの病院を経て、

父はやっと、その後にとてもお世話になる癌研にたどりついたのだった。


父の気道は喉にできたもの、『腫瘤』というのだが、で、塞がれる寸前だった。

そこにいた全ての医師が、父の喉を覗きに来たそうだ。

こんなに大きくなってしまったのを見たのは、皆が初めてだったそうだ。

「あと2~3日来るのが遅れてたら、気道が完全に塞がれるところでしたよ。

どうしてもっと早く連れてこなかったの?」


あのまま、あの大学病院に通っていたら、父は確実に死んでいただろう。

あのときも、

「また来週来てください。」

と、言われていたそうだから。

そして、息が吸えなくなって、苦しんで、死んでいただろう。


検査検査の間に、手遅れで亡くなった方がどれくらいいらっしゃるのだろうか。

苦しかっただろうか。

痛かっただろうか。

恐ろしかっただろうか。

遺されたご家族は、病院を恨むのだろうか。

しょうがないと、あきらめるのだろうか。


私は、きっと恨むだろう。

父は幸い死ななかった。

だが、せめてもの復讐として名前は載せないが、

ここに、そういう大学病院が実際に存在していることを記して、

2ページ目を終わらせたいと思う。





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